新たなるもふもふ
「ええ、ちょっと待ってくれよ。シャムエル様が二匹いるぞ!」
叫んだ俺の視線の先にいたのは、こっちに背を向けて後脚で立つシャムエル様と、それと向かい合うようにしてこちらも後脚で立ち上がってる、シャムエル様と同じくらいの大きさの小さなリスもどきの姿だった。
俺の背後では、それを見たハスフェル達が小さく吹き出す音が聞こえたけど、何故かシャムエル様は振り返らない。
だけど、いつものもふもふ尻尾が三倍くらいの大きさに膨れ上がってるので、シャムエル様のテンションも上がってるのは間違いない。
しばらくそのまま双方の動きがなく睨み合いが続く。
追い詰められたリスもどきが逃げようと少しでも動くと、ほぼ同時にシャムエル様も動く為、廊下の端っこまで追い詰められたリスもどきにはもう逃げる場所が無い。
右に、左に、タイミングを図って動こうとしては追い詰められて止まるのを繰り返している。
「キュィ〜〜〜〜!」
シャムエル様と向き合ってる謎のリスもどきがとうとう我慢の限界に達したらしく、威嚇っぽい奇妙な声で鳴いた直後に、短い前脚をまるでバンザイするみたいに頭上に上げてちっこい口を開けた。しかも指先がパーになってる。おい、ちょっと可愛いぞ。それ。
開いた小さな口からは、やや出っ張った短い前歯が剥き出しになって見えている。
うん、これは明らかに威嚇してるね。こいつ、神様相手に何やってるんだか。
「ふおぉおおお〜〜〜!」
しかしそれを見たシャムエル様が、なんと同じように両手……じゃなくて両前脚を振り上げて、こちらもバンザイの体勢になる。更には、多分威嚇のつもりなのだろう、こちらもちょっと情けない鳴き声を上げた。
こっちに背を向けているので見えないけど、同じように口を開けていると見た。
あれはもう。間違いなく面白がってやってるよ。明日の朝の俺の分のタマゴサンドを賭けてもいい。
「キュキュッキィ〜〜〜〜!」
「ふぉおおおおおお〜〜〜〜〜〜!」
「キュキュッキキキキィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「ふぁおうおおおおぁおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「キュキキッキキュキュキュキィイイイイイイイイイイイ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!ハアハアハア」
「ふあぉうぁうおうおおおおうおおおおおうおおおぁうおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!ゼエハアハアハア」
何故か鳴き合う声がどんどん長くなっていき、どちらも最後には息切れしてハアハア言ってるよ。
大丈夫か、おい。
疲れたのか、頭上に上げていた両手……じゃなくて両前脚を下ろしたリスもどきとシャムエル様は、ハアハア言いつつも今度は尻尾で対決する事にしたらしい。
先攻はリスもどき。
膨れた尻尾を見せつけるかのようにドヤ顔で腰を捻って尻尾を前に振り回して持ってきて、そのまま足元に猫みたいにくるっと巻き込んで見せる。
負けじとシャムエル様も同じように振り回した後に足元に巻いて見せる。うん、尻尾のもふもふっぷりの勝負ならシャムエル様の勝利と見た。
そうだよな。シャムエル様のあの尻尾のもふもふさ加減は、俺の知る限りにおいても最高だもんな。
何だか面白くなってきて黙って見ていると、また両手をパーにして高く上げてバンザイしたリスもどきは、尻尾をまた振り回した後に、上下に見せつけるみたいに高く振り上げて落とした。
バンバンと何度も尻尾を床に叩きつけて大きな音を立てる。ああ、あれはまたしてもドヤ顔だぞ。
すると、それを見たシャムエル様も当然のように反撃する。
こちらも同じようにパーにした両手を高く上げた状態で、ものすごく膨れた尻尾をこれ見よがしに振り回した後、両手よりも遥か上まで高々と尻尾をぴーんと伸ばして自分の頭上高くまで掲げて見せ、ダンダンと床に何度も尻尾を叩きつけるようにして音を立てる。
一体何の勝負だ。これは?
しばしその状態で睨み合っていたが、負けを認めたのはリスもどきの方だった。
しょぼ〜ん。て感じに打ちひしがれたように床に両手をついて、尻尾もしおしおと細くなって恥ずかしそうに小さく丸くなる。
『ふん、私にもふもふ尻尾で勝とうなんて百年早いよ』
『参りました。いやあ、近年稀に見る素晴らしい勝負でしたね。私の完敗です。いやあお見事でした、素晴らしい尻尾をお持ちですね』
得意気なシャムエル様の念話の声が聞こえて、俺が吹き出しかけた時、妙に可愛らしい初めて聞く声が聞こえた俺達は揃って飛び上がったよ。しゃべったって事は、ただの動物じゃ無いってか?
当然だけど一人だけ全く状況が解っていないマーサさんは、いきなり俺達が驚いたもんだからそれを見て同じように驚いて飛び上がる。
「ねえ、一体何がどうしたってんだい。その手前側のリスさんは、ケンさんが樹海から連れて来たって言ってた子だよね。じゃあ、奥にいるそっくりなもう一匹は一体何なんだい?」
いや、それは俺達も知りたいですって……。
俺が内心でそう突っ込んだ時、振り返ったシャムエル様はわざわざ俺のところまで走って来て、ズボンをよじ登って上がって来た。
いつもみたいにどうして一瞬で移動しないのかと思ったけど、どうやらマーサさんがシャムエル様をガン見していたのに気付いて瞬間移動はやめたみたいだ。うん、賢明な判断だね。
「はいはい、いつものここだな」
小さくため息を吐いて笑った俺は、よじ登ろうと苦労しているシャムエル様を捕まえて肩に乗せてやる。
『で、あれは一体何な訳だ?』
念話でシャムエル様に尋ねる。当然だけどトークルームは全開だよ。
『ええとね。あれはパルウム・スキウルス。直訳すると……小さなリスって意味で、私がこの姿を作る時に参考にした種族だよ。要するに幻獣なんだ。しかも、どうやらあの子もタロンと同じで、こっちの世界に落っこちて帰れなくなっちゃった子みたいなんだ。ねえケン。お願いだからあの子も保護してやってくれる』
可愛らしくお願いされてしまい、もう俺は先ほどから笑いが止まらない。
またしても新たなるもふもふが仲間になるってか。しかもシャムエル様と勝負するくらいの立派な尻尾持ち! うん。断る理由はどこにも無いね。
「お前、俺のところへ来るか?」
進み出て、リスもどき改めパルウム・スキウルスに少し小さな声で話しかけてやる。
「ああ、ありがとうございます!」
これまた可愛らしい声でそう叫んだリスもどきは、ポーンと飛び跳ねて真っ直ぐに俺の胸の中へ飛び込んで来た。
「うおお、これまたもふもふじゃん」
シャムエル様よりは少し短めだけど、この子の尻尾もこれ以上無いくらいにもふもふのふわふわだよ。
笑った俺は、両手でリスもどきをそっと包み込んで新たなもふもふを満喫したのだった。
いつの間にかずいぶんと大所帯になって来たけど、良いんだ。可愛いから全部許す!
心の中で拳を握ってそう叫んだけど、俺は間違ってないよな。断言!