屋敷の内部を調べた結果……?
「ケンさん、一体何がいるんでしょうか? 先月空気の入れ替えのためにここへ来た時には気づきませんでしたが、もうここにいたんでしょうか?」
困ったようなマーサさんの質問に、俺の方が困ってしまう。
そんな事聞かれても、俺にもさっぱり分からないんだからさあ。
揃って顔を見合わせていたら、口を開いたのは真顔のハスフェルだった。
「マーサさん、鍵を貸してください。何がいるのかは分かりませんが、仮に何らかの危険な相手だったとしたら俺達が相手をします。貴女は一番最後に入ってください」
しかし、マーサさんはハスフェルの提案に首を振った。
「お気遣い感謝します。ですが、ここはまだ私の店が管理する物件です。お客様を先に危険に晒して、私が隠れる事なんてそんな卑怯な事は出来ませんよ。これでも冒険者の端くれです。どんな相手であれ、そうそう遅れを取りはしませんよ」
だから駄目ですって!
それは普通の人相手の場合でしょうが!
って言葉は、その場にいたマーサさん以外の全員の心の叫びだった。
しかし、俺達の心配をよそに、マーサさんは開きかけていた鍵を握って開けてしまった。
軋みもなくゆっくりと大きな扉が開く。
扉が開いた途端に、突然何かが襲いかかってくるような事は無く屋敷の中は静まりかえっている。
「ううん、さすがに暗い。これでは何がいても見えませんね」
苦笑いして持っていた収納袋からランタンを取り出すマーサさんを見て、俺達も大急ぎで全員が持っていたランタンを取り出した。
火の術を使えるオンハルトの爺さんが、一瞬で全員のランタンに火を入れてくれた。
扉を入ったところにある、いわゆる玄関ホール部分が灯に照らされてその姿を表す。
「うわあ、マジで大邸宅じゃんか、これ」
思わずそう呟くのも無理はなかろう。吹き抜けになっている高い天井、ここから見える二階部分は、廊下の端が手すりの付いたバルコニーみたいになってて、誰か入ってきたら上からすぐに確認出来るようになっている。
無駄に広い玄関ホールの正面右手側には、その二階の広い廊下へ上がるための緩やかにカーブを描く幅の広い階段があり、正面に顔を向ければ、奥へと続く広い廊下が見える。
要するに、一階も二階も真ん中部分に奥まで続く広い廊下があって、その左右に部屋がある仕様みたいだ。
「廊下の明かりをつけますので、待ってください」
マーサさんがそう言って、入ってすぐの廊下の壁にある操作盤のようなものに駆け寄った。
「あれ、何?」
思わず小さな声でハスフェルに尋ねる。
「ああ、貴族の大きな屋敷なんかでたまに見るな。要するに、部屋や廊下の明かりをつけたり消したりする為の操作盤だよ。だいたい玄関と、後は居間や寝室の近くにあるな。どこでも家中の明かりを操作出来るから便利だぞ。ただしジェムはかなり良い物を大量に使うがな」
ハスフェルの説明が合図だったかのように、廊下の壁に取り付けられていたランプに一斉に灯が灯された。
「おお、明るくなった」
廊下が明るくなったおかげで、広い視野が確保されたよ。これなら、何かが隠れていても早々ハスフェル達が遅れをとることはないだろう。俺は……頑張るよ。
「それで、問題の奴が何処にいるか分かるか?」
扉を入ったところで立ち止まっていたマックスの側へ行って聞いてみたが、やっぱり困ったような顔をして二階を見上げている。
「上の階にいるのは確かなんですが、どうにも気配が希薄でよく分からないんです。恐らくですが姿隠しの術を使っているのかと」
「それっていつもベリー達が使ってる、あれだよな?」
マックスだけでなく、揃って頷く従魔達を見て考える。これはどうやら、単なる動物が迷い込んだとかそんな簡単な事では無いみたいだ
だけど、シャムエル様は幽霊じゃないって言ってたし、となると……本当に何だ?
「ああそうだ。ねえマーサさん、今更ですけど、従魔達ってこのまま中に入れても良かったですか?」
肉球クッションで足跡を残さない猫族軍団ならいざ知らず、マックスもシリウスも大きな爪があるから床に傷をつけてしまいそうだ。それに、蹄のあるエラフィは絶対駄目な気がする。
「ああ、うっかりしていたよ。大きな従魔達には裏庭にある厩舎で待ってもらうつもりだったんだけどねえ……」
そう言いつつ、不安気に明かりのついた廊下を見る。
その気持ちは分かる。万一何か危険な奴がいた時の事を考えると、マックスとシリウスがいてくれると安心だものな。
だけど、万一悪人がいた場合、マックス達がいる方が危険な気がする。買うかもしれない家で、いきなりのスプラッタはやだよなあ。
『なあ、どうするべきだ? まじでなんかヤバいのがいたら、俺達だけで大丈夫か?』
念話でハスフェル達に呼びかける。一応トークルーム解放状態にしてるよ。
『ああ、さすがにこのまま従魔達を入れるのは不味かろう。従魔達には厩舎で待っていてもらっていいと思うぞ』
顔を見合わせて頷き合い、ギイとオンハルトの爺さんがマックス達を厩舎へ連れて行ってくれた。
俺とハスフェルは、マーサさんと一緒に廊下へ足を踏み入れた。
しかし、警戒しつつ部屋を一通り見て窓を開けて回ったのだが、何処にも何もいない。
拍子抜けするくらいに、本当に何もない。
ちなみに、部屋は何処もめちゃくちゃ広くて立派だし、超豪華な高級家具付き。
生まれも育ちの一般庶民の俺は、もう見ただけでビビりそうなレベルの家具が並んでて逆に不安になった。
この家を買って、ここで寛げるかなあ俺……。
結局、一階の部屋は全部見終わり、広い厨房も確認したけどここも問題無し。
この立派な厨房を見て本気でこの屋敷が欲しくなったよ。ここで料理出来たら最高じゃね?
厩舎から戻って来て合流したオンハルトの爺さんとギイは、一応家の周りも確認して来てくれたらしいんだけど、やっぱりそっちも問題無し。
結局、問題の二階部分を確認しに行くしかなくなってしまった。
「おお、何処へ行ってたんだ?」
いつの間にかいなくなってたシャムエル様が俺の肩の上に戻っていて、小さな声でそう話しかける。
『一階部分を戸棚の中まで全部確認したけど、特に問題無いね。それで、二階に確かに奇妙な気配を感じるんだけど、どうにもよく分からないんだ。もし姿隠しを使ってるのなら、ベリーやフランマ並みにかなり優秀な相手だよ』
念話で返ってきたその言葉に、俺だけじゃなくハスフェル達までが驚きに目を見開く。
『お前でも分からないのか?』
おお、ハスフェルの声が真剣になった。
『一応奇妙な気配は感じるから、何かいるのは間違いないよ。ここはベリーに鑑定してもらうのが一番良いと思うね。呼んだからちょっと待ってね』
俺達は顔を見合わせてマーサさんを振り返った。
「一階は大丈夫みたいですね。じゃあ問題の二階へ行ってみましょう」
揃ってため息を吐き、揃って二階への階段を上がって行った。
一応一番後ろからついて行ったんだけど、女性であるマーサさんを先頭に歩かせて自分は一番後ろなんて……。
ちょっと反省して顔を上げて前に出ようとした瞬間、俺の視界の隅を何かが動くのが見えてもの凄い勢いで振り返った。
ほぼ同時にハスフェル達三人も揃って振り返って身構える。
腰の剣に手を掛けてはいるが、まだ抜いてはいない。
「い、今……今何か動いたよな」
「ああ、確かに動いた。しかしかなり小さかったぞ」
戸惑うようなハスフェルの言葉に、明かりのついた廊下を見る。
「見つけた!」
その時、俺の肩に座っていたシャムエル様が、いきなりそう叫んで肩から飛び降りた。
「おい、何処行くんだよ、危ないって!」
叫んだが時すでに遅し。
いきなり走り出したシャムエル様は、そのまま廊下を突っ走って行ってしまった。
「おい待てって!」
当然走って追いかける俺。その後ろを追いかけて走ってくる三人とマーサさん。
廊下の奥の突き当たりまで走った俺達は、少し手前で立ち止まって呆気にとられる事になった。
「ええ、ちょっと待ってくれよ。シャムエル様が二匹いるぞ!」
叫んだ俺は間違ってない! 断言。