新たなる仲間
「おお、シャムエルではないか。何だ?どうしたのだお前、その可愛らしい姿は?」
ハスフェルと呼ばれたその人物は、剣を軽く振って鞘に収めると、振り返って俺を見るなりそう言って笑ったのだ。
ええ、シャムエル様が見えてるって事は……ただの冒険者じゃ無いみたいだ。
やっぱり、神様のお仲間か何かなのかな?
「そして、なぜ人間と一緒にいるのだ?」
一転して鋭い眼差しで俺を見る。
おお、射殺されそうな眼差しとか、触れたら切れそうな鋭い眼光って、ああ言うのを言うんだろうな。ちょっとまじで怖いんですけど。
無言で怯えていると、俺の右肩に座っていたシャムエル様が、またあの神様っぽい偉そうな声で、笑いながら俺を紹介してくれた。
「彼はケン。彼が来てくれたおかげでこの世界は救われたんだ。貴方ならこの意味が分かるよね」
すると、その言葉に驚いたようなハスフェル様は、さっきよりももっと真顔になって、まじまじと俺を見つめた。
あの、鋭い眼光で真顔で見つめられた時の居心地の悪さったら!
何とも言えない沈黙が続いたあと、我慢できなくなって俺は無言で目を逸らした。
はい、にらめっこの負け確定!
しかもこの世界がどうとかって件に関しては、俺には自分が何をしたのかの自覚が全く無いもんだから、話題にされる度に奇妙な居心地の悪さを感じていた。
「異世界人か」
確認するようにそう聞かれて、仕方なしに俺は小さく頷いた。
「心から感謝する。成る程、そういう事か」
納得したように頷いたハスフェル様は、改めて俺の肩に座っているシャムエル様を見つめた。
「で、お前さんは、どうしてまたそんな可愛い姿をしている訳だ?」
先程までの、見ただけで射殺されそうな鋭い眼光は無くて、聞き惚れそうな低音のその声は笑みを含んでいる。
「ほら、彼はふかふかしたのが好きらしいからさ。なかなか楽しいんだよ、これ」
「そうか、お前さんが楽しんでるんなら、大いに結構だ。俺が何か言うような筋合いじゃ無いな」
そう言って笑うと、さっきまでとは別人のようなとても優しい顔になった。そして、駆け寄って来たベリーと顔を寄せて、何やら嬉しそうに話を始めてしまった。
「なあ、シャムエル様。あれって一体何者なんだよ?」
ベリーも堂々と姿を見せているって事は、もう只者じゃ無い事は確定だけど、じゃあ一体誰なのか? この世界の事には全く詳しく無い俺には、想像もつかなかった。
「彼は、ハスフェルダイルキッシュ。君に分かる言い方をすれば……うん、闘神の化身かな?」
「ええと、つまり……闘いの神様の人間バージョン?」
「そう、この世界を作った時に、私だけでは色々大変だから、古くからの友人達に協力してもらったんだ。その時に、彼をここに置いてもらったの」
また、俺には分からん話になって来たぞ。
「ええと、今の話を要約すると、この世界を作る時に、シャムエル様が他の神様にも声をかけて色々と協力願った訳か。その際に、闘いの神様が彼をこの世界に寄越してくれた、と。あれ? じゃあ、彼よりまだ偉い神様がいるって事になるけど? いや、化身って事はご本人の現し身みたいなものなのか?」
「まあそうだね。現し身ってのが一番近いかな? だけど、彼自身がここに来ると、大きな戦いが起こりやすくなって、場合によってはせっかくの穏やかな世界をめちゃめちゃにされちゃうからね。そう言ったら、穏やかな彼を寄越してくれたんだ。彼はこの世界の警備担当って所かな」
闘神の神様の化身が警備担当って……どれだけ安全な世界だよ!
思わず脳内で突っ込んで、俺は顔をあげた。
「だったら、この前の俺が死にかけたあのバッタの大群なんて、彼に頼めば一撃だったんじゃ無いのか?」
無駄働きで死にかけたんなら悲しいな。なんて思って言ったんだが、しかし、シャムエル様は俺の言葉に驚いたように首を振った。
「今の彼は、人の身体を持っているからね。まあ、確かにとてつもなく強いけど、それもあくまでも今の彼は人としての範囲だよ。彼は風の魔法と回復の魔法を使うけど、それだって人としてだから限界はあるよ。ただし、君にお願いしたみたいに、彼を私の依り代として使えば、まあ……少なくともあのバッタの大群は、もっと簡単に駆逐出来ただろうね」
ごめんね、持久力の無い弱い依り代で。
あの時の事を思い出して遠い眼になっていると、ベリーと話していたハスフェル様が、突然ものすごい勢いで振り返った。
「おい、シャムエル。ブラウングラスホッパーの大群を駆逐したのは、やはりお前か! 一体どうやって手を出したんだ?」
ああ、また怖い顔になってる……。
「そうだよ。何しろ緊急事態だったからね。彼に協力してもらって駆逐したんだよ、君は呼んでも出て来てくれないし、もう大変だったんだからね」
その言葉に小さく頷いた彼は、改めて俺を見つめた。
「また助けられた訳か。本当にありがとう。しかしよく生きていたな、お前さん。やはり異世界人は違うんだな」
「いやあ、割とマジで死にかけたような気がしますが、まあなんとか皆のおかげで生きております」
誤魔化すように笑った俺は、改めて目の前の人物を見た。
年齢は、見た感じだと五十代くらいか? いや、あの貫禄を考えると、もっと上かもしれない。
背は180近い俺よりも確実に高い、恐らく2メートル近くあるぞ。それになんだよあの胸板! 分厚いなんてもんじゃ無いし、腕だって俺よりふた回りは確実に太い。足の筋肉も、縄みたいになってる……。
もうここまで違うと、負けて悔しいとか思わないね。うん、同じ男だけど素直に思うよ、カッケー! ってね。
密かに筋肉に見惚れる俺に気付かず、ハスフェル様はもう一度シャムエル様を見た。
「それで、お前さんはその可愛い姿で彼に同行している訳か」
「まあ、そんな所。いつもいる訳じゃ無いよ。お祈りの時はちゃんと見てますって」
「俺がブラウングラスホッパーの大繁殖に気付いてお前を呼んだのに、全く答えなかった奴の言う台詞かね」
「ええ? それを言うなら、君だって呼んでも答えてくれなかったじゃ無いか。私だけ責められるのって、違うと思うけどなあ。ねえケン! 君もそう思うよね!」
頼むから、神様同士の口喧嘩に俺を巻き込まないでくれ!
必死で聞こえない振りをして、俺はニニのもふもふの横っ腹に顔を埋めていた。
小さく笑って俺の肩からハスフェル様の肩に移ったシャムエル様は、しばらく彼と何やら真剣に話をしていた。
それから、話がまとまったようで、二人揃って大きく頷き合うと俺のところへ揃ってやって来た。
また不意に俺の右肩にシャムエル様が現れる。
「ねえケン。彼がチェスターの街まで一緒に旅をしてくれるって。彼に、道中鍛えてもらうといいよ」
その言葉に驚いて、彼を見る。
「迷惑でなければ、しばらくご一緒させてもらうよ。構わないか?」
「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします」
差し出された右手を握る。
うわあ、デカい手。何これ、グローブみたいだぞ。
しかし、タコが出来て硬くなったその手は、確かに剣を持つ人間の手だった。
俺も少しは硬くなっているけど、比べるのも失礼なレベルだよ。こんな所まで完璧に負けているのを見せられて、もう俺は笑うしか無かった。
なんだか、期間限定とは言え物凄く頼もしい旅の道連れが出来たみたいだよ。
うん、じゃあその間にこの世界の事を詳しく聞いたり、武器の扱い方を教えてもらう事にしよう。
何てったって、闘いの神様の化身だって言うんだからな。