マントを買う
「へえ、商人ギルドって考えてみたら初めて来たかも」
一応、従魔達は表に厩舎があるのでそっちで待っててくれと言われたので、オンハルトの爺さんが見張り役で残ってくれて、ハスフェルとギイと一緒に商人ギルドの中へ入った。
冒険者ギルドと違って、入り口を入ってすぐのところに切符売り場みたいな三つ並んだ受付窓口があって、そこで用件を言って対応してもらうみたいだ。
どこでも良いみたいだったので、一番手前の窓口を覗く。
「ええと、アルバンさんと約束しているんですけど……」
そう言って名乗ろうとしたら、俺の顔を見た受付にいたお兄さんは満面の笑みになった。
「はい、お伺いしております。すぐに参りますので、奥の部屋でお待ちください」
そう言って立ち上がって一礼すると、奥へ走って行ってしまった。多分、アルバンさんを呼びに行ったんだろう。
「おお、名乗ってないのに話が通じたぞ」
思わずそう言ってウケていると、ハスフェル達から呆れたように見られた。
「お前は未だに早駆け祭りの知名度を理解してないみたいだな。ハンプールの街の住民で、お前の顔や名前を知らないやつを探す方が難しいと思うぞ」
「ええ、そうかなあ」
俺の言葉に、二人は鼻で笑っただけだったよ。
「おう、待たせたな。じゃあ行くか」
言われた通りに奥にあった待合室みたいなところで待っていると、すぐにアルバンさんが出て来てくれて、そのまま外に出る。従魔達とオンハルトの爺さんも合流してそのまま店へ向かった。
「冬用の上着が欲しいって事だったが、普段遣いにするならこの店がおすすめだな。冒険者用の丈夫なマントや上着も数が揃ってるぞ」
連れて来てくれたのはかなり大きな店みたいで、ガラス……じゃなくて、多分何かの蝶の羽根で作った綺麗に透き通った大きく開いたショーウインドウには、さまざまな服に身を包んだマネキンみたいな木製の人形が、道行く人にアピールするみたいにポーズを取って並んでいた。
「へえ、すごい。メンズっていうよりユニセックスって感じかな」
小さくそう呟いてマネキンを見ていく。
「へえ、このマント良いじゃん」
何の革かはちょっと見ただけでは分からないけど、裏側が起毛みたいにモコモコになった大きめの裾の長いフード付きのマントに目が止まった。
薄茶色の色も、あまり自己主張がなくて俺好みだ。
「ああ、あれはワイバーンの革で作ったマントだな。裏側はターバラ特産の岩羊の毛皮が貼ってあるんだ。バイゼンは寒いから、あれくらいあった方がいいぞ。値段はそれなりだけどこの冬一番のお勧めだな」
「うん、良いですね」
気に入ったのがお勧めだと言われてちょっとテンションが上がる。
「ほら、中にも色違いがあるから入って見ると良い」
背中を叩かれて店に入る。
某ウニクロみたいな感じよりももうちょっと高級感はあるんだけど、いわゆるテーラードのお店ほどは格式張ってるわけじゃない
うん、俺に丁度良い店を紹介してくれる辺り、さすがアルバンさんって感じだ。
「ほら、マントはあっちに色々あるぞ」
またしてもアルバンさんに背中を叩かれて素直についていく。
実を言うと、こういう個人の服を売ってる店ってあまり来た事が無いからちょっと緊張する。
ましてや女性店員さんなんかに接客された日には……。
「いらっしゃいませ! あら、ギルドマスター。店長。ギルドマスターがお越しですよ〜!」
俺の横に立っていたアルバンさんに気付いた女性スタッフさんが、慌てたように店長を呼びに行く。
そりゃあまあ、いきなり商人ギルドのギルドマスターが店に来たらびっくりするよな。
苦笑いしながら慌てて走っていくスタッフさんの後ろ姿を見送り、俺は壁面のハンガーにぎっしり掛かっていたワイバーンのマントを見てみた。
飾ってあった薄茶色だけでなく、いろんな色があってなかなか綺麗だ。
「薄茶、薄緑、ピンク、黄色、水色、薄紫、オレンジもある。へえ縁取り付きもあるぞ」
色はどうやら七色展開らしく、それ以外に同じ色で白のもふもふの縁取りがついたのもあった。
こっちの方が着ていると暖かそうだけど、雨が降ったら困りそうだ。
「いらっしゃいませ、早駆け祭りの英雄にご来店いただけるとは光栄ですね」
多分五十代くらいの、ロマンスグレイのなかなかのイケメンの男性が進み出て来た。どうやらこの人が店長みたいだ。
「そちらは、ワイバーンの革を使用した冬用のマントになります。縁無しはそのまま雨コートとしてもお使いいただけますよ」
「あ、やっぱりこの縁取り付きは、雨は駄目ですよね」
この、柔らかなもふもふの縁取りもちょっと気になってたんだけどなあ。
「一応防水加工はされていますので、少しくらいの雨なら大丈夫ですよ。ただし、土砂降りの雨になると、流石に濡れてしまいますね。ですが、そのまま乾かしていただけば、問題なくお使いいただけますよ」
「あれ、そうなんだ」
「はい、その縁取り部分は赤狐の毛皮になりますね。手触りも良いですし、保温性もありますので暖かいですよ。マントの内側は、ターバラ特産の岩羊の毛皮を使っておりますので保温性は抜群です。寒い地方へ行かれるのなら、このマントは一番のお勧めですね」
さっきのアルバンさんと同じセールストークの店長さんは、そう言って薄紫のマントを手に取った。
「ケンさんは黒髪ですから、この色か緑あたりが良いと思いますね。よければ一度羽織ってみてください」
にっこり笑って渡してくれたのだが、ここで問題が発生した。
そう、俺の胸当てには左肩にファルコのための止まり木が取り付けられていて、普通にマントを羽織るとファルコが留まれなくなるのだ。
それに、肩当てよりも一段高くなっている止まり木があるおかげで、当然マントを羽織ると左側だけが上がって変になってしまうのだ。
「おお、これは困りましたね」
腕を組んで考え込んでしまう店長さん。
俺はもうこの時点で、冬用マントの購入を諦めていた。しかし……。
「ああ、では補正しましょう。ちょっと面倒ですが、肩の部分に穴を開けて止まり木を出してやれば良いですね。その後に下側部分に被せを作って重ねれば雨に降られても水が染みません」
いきなり手を打った店長さんは、そう呟いて一礼すると一旦奥へ下がり二人のスタッフさんと一緒に出て来て、俺にもう一度マントを羽織らせていきなり話し合いを始めた。
しかも、これがまた職人同志のあれである。
問題点を言い、解決法を言い、お互いに大声で言い合っては実際にメジャーを手にスケッチブックに絵を描いて真剣に語り合ってる……といえば聞こえは良いんだけど、正直言って間に挟まれた俺は怖いっす!
だって、真顔のおっさん三人が、俺を取り囲んでメジャーとスケッチブックを片手に侃侃諤諤と議論してるんだぞ。しかも、アルバンさんまでが途中から乱入してスケッチブックに何やら描き始めてるし。
俺はもう、首を竦めてひたすら大人しくして嵐が過ぎ去るのを待っていたのだった。
ううん、専門家って怖い。助けてシャムエル様〜!