怪談話と盛大なる思い込み再び
「いやあ、実際にはそんなの出ないんだけどね。こう呼ばれてるんだよ。幽霊屋敷ってね」
困ったようなマーサさんの言葉に、何故か突然の悲鳴をあげる草原エルフのリナさん。
その突然の悲鳴に驚いて、文字通り揃って飛び上がった俺達は机に突っ伏すリナさんを振り返った。
「ど、どうしたんですかリナさん」
「無理です! 絶対やめてください! ハンプールの幽霊屋敷と言えば、めっちゃ怖い噂を山程聞いてますから〜!」
顔を上げてそう叫んだリナさんは、もげそうなくらいの勢いでブンブンと必死になって首を振っている。
ヘタレのビビリだけど、俺が怖いのは生身の人間とか肉食恐竜とかであって、実はお化け屋敷とか怪談話は大好きだったりするよ。
だけど、残念ながらそっち方面には一切才能無かったみたいで、未だかつて幽霊を見た事も感じた事も無い。なので怪談話とか平気だから、逆に今の話を聞いて、異世界なら幽霊とかもいるのかと思ってちょっとテンション上がってたんだけどなあ……。
「ええ、そこまで怖がるほどなんですか?」
リナさんのあまりの怯えっぷりに、マーサさんは苦笑いして首を振ってる。
こっそりシャムエル様を見て、念話で質問する。
『なあ、一応確認するけど、幽霊って……』
『存在としては無いわけじゃないけど、少なくとも私の分かる範囲にはいないね。多分、ネズミとか小動物が隠れてるとか、ってオチだと思うんだけどねえ』
明らかに戸惑う様子のシャムエル様に、俺は笑って頷く。
ガチの幽霊だったらちょっとさすがに怖いけど、どうやら違うみたいだ。
こうなると俄然興味が湧いて来たぞ。
「ええと、リナさんが聞いた噂ってどんなのか教えてくれますか」
追加でもらった黒ビールを差し出しつつ、にんまりと笑って尋ねる。
「一番よく聞いたのは、建物の持ち主だった貴族の亡霊が、他人が建物内に入るのを嫌がって屋敷へ続く階段を落としたって話ですね。それでも無理に上がろうとすると土砂崩れが起こるって話や、突然石垣が崩れて下敷きになって死んだ人が何人もいるとかって話も聞いた事があります」
「ああ、それは去年の夏の嵐で石垣と階段の一部が倒壊した時の事だね。あの後、冒険者達が面白がって酒場でそんな話をしてたら、皆が勝手に言いふらし出して、どんどん尾ひれが付きまくって最初とはずいぶんと違う話になってるらしいよ。ちなみに、崩れた階段も石垣も補修工事はもう全部終わってるし、私も何度も屋敷まで上がってるけど土砂崩れに巻き込まれた事は無いし、石垣が崩れて死人が出たって話も聞いた事が無いねえ」
「あの屋敷の工事なら、全部ドワーフギルドが請け負っとるが、今まで死人が出た事なんて一度も無いぞ」
マーサさんの言葉に、アルバンさんが笑いながら断言してくれる。だよねえ、いくらなんでも死人が出るようないい加減な工事をドワーフ達がするわけないって。
「夜中に勝手に窓が開いて、一晩中不気味な音を立ててるって……」
「ああ、それは東側の窓の建て付けが悪くて川からの強い風に勝手に窓が開いてた時の話だね。街の人から音がうるさいから修理してくれって連絡が来て、慌てて修理したんだよ。念の為、他の窓もその時に確認してもらってるからもう大丈夫だよ。それ以降、窓が勝手に開いたって話は聞かないよ」
「深夜に、真っ暗な屋敷の中に急に明かりが灯ったり、光が移動したりするのが遠くから見えたって」
「ああ、それは街の子供達が夏の早駆け祭りの夜に、勝手に集まって肝試しをしてた時の話だねえ。その時、さっき言ってた東側の窓がちょうど開いてた時でさ、壊れかけてた門扉をよじ登った挙句に、その窓から勝手に屋敷に潜り込んで遊んでいたらしいんだ。あの時はもう大変だったんだよ。何人もの子供がいないって親達が騒ぎ出してさ。それで、屋敷に光を見たって人が何人も出て、まさか野盗でも住み着いたかと騒ぎになったんだよ。それで念の為に冒険者達に依頼して確認に行ってもらったんだ。見つかってこっ酷く叱られたらしくて、あれ以来二度とやらなくなったよ。まあ空き家を見たら潜り込みたくなる気持ちは分かるけど、何かあったら大変だからね。あの後、壊れかけてた門扉も全部修理して、それ以降は勝手に入られないように厳重に鍵をしてるよ」
最後はもう、笑いながらのマーサさんの言葉に、リナさんがまた机に突っ伏す。
「うおっと。黒ビールがこぼれたら大変だって」
勢い余って倒れそうになった黒ビールのジョッキを間一髪で掴んで少し離れたところに置いてやる。
「ああ、またやりました? 私!」
「そうだよ」
突っ伏したまま顔を覆って叫んだリナさんに、俺とハスフェルとギイとオンハルトの爺さんとクーヘンとマーサさんとアルバンさんの声が重なる。
エルさんとバッカスさん達は、こちらも机に突っ伏して大笑いしてるし。
「もうやだ〜!」
リナさんの叫び声に、全員揃ってその場は大爆笑になったのだった。
「はあ、笑いすぎて涙出てきた」
涙をぬぐいながらそう言った俺は、改めてマーサさんに向き直る。
「ちょっと興味があるんで、一度実際にその物件を見てみたいんですけど良いですか?」
「そりゃあ嬉しいね。もちろん喜んで案内するよ。ケンさんさえ良かったら、明日でも構わないよ」
「ああ、良いですね。じゃあそれでお願いします」
って事で、明日の予定が決まったところでデザートが運ばれてきて俺は果物だけもらった。
あれだけ食べてまだ甘い物を食えるお前らの胃袋が俺はマジで怖いよ。
「あ、そうだ。アルバンさんにちょっとお聞きしたいんですけど、冬用の上着とか売ってるお勧めの店ってどこかありますか。バイゼンで冬を越す予定なんですけど、冬装備を持ってないんですよね」
りんごを食べていたアルバンさんが俺の質問に振り返ってにんまり笑って頷いてくれた。
「もちろん、それなら明日の午前中なら空いてるから案内するぞ」
「それなら、見学は午後からにするかい。何か食べてから行けばいいだろうからさ」
「ああ、いいですね。もう少し朝市も見たかったのでじゃあ朝市での買い物が終わったら商人ギルドへ行きますよ」
「了解だ。じゃあその予定にしておこう」
「じゃあ、明日にでも青銀貨を用意しておくから、本契約の際は冒険者ギルドへ来ておくれ」
エルさんの言葉に頷き、改めてお願いしておく。
「じゃあ、今夜はここで解散かな?」
俺の言葉に、すっかり食べ終えていた一同は口々にご馳走様を言って立ち上がった。
予定通りに俺とハスフェルが半分ずつでレストランチケットを使って、スタッフさん達に見送られてホテルを後にした。
リナさんは、別の通りに宿を取ってるとの事だったのでその場で別れた。
帰り際に改めて食事のお礼と共にもう一回謝られてしまい、苦笑いしてもう気にしないでと言った俺だったよ。
クーヘンやマーサさん、アルバンさんとはホテルの前で別れ、バッカスさん達とは職人通りの前までご一緒する。
エルさんと冒険者ギルドの前で別れて、俺達はそのまま宿泊所へ戻った。
「ただいま〜」
待ち構えていた従魔達に順番に抱きつき、もふもふを堪能する。
「ああ、癒されるよ。やっぱりお前らがいないと駄目だな」
もふもふに埋もれて幸せを満喫していた俺は、明日の見学会を密かに楽しみにしていた。
いや、だけどまさか、またしてもあんな事があるなんてさあ……。