恋の予感と衝撃の事実
「はあ、もう食えない。うう、いつもながらあいつらに比べると少食な自分の胃袋が悔しいよ」
もう何度目かも分からない追加の料理を眺めながら、俺は小さくそう呟いて三杯目の白ビールを飲み干した。
「どうぞ」
控えていたスタッフさんが、当然のように俺の分だけ冷やしてくれていた白ビールを差し出してくれて、思わず受け取ってしまう。
そろそろ俺の腹が限界なんだけど、まあビールくらいは何とかなるだろう。
受け取った手前、そのまま置くのも何なのでぐいっと一口飲んでから大きく息を吐く。
ああ、冷えた白ビールはやっぱり美味い!
俺の隣に座っている草原エルフのリナさんだが、間違いなく俺の倍以上は余裕で飲み食いしているんだけど、全然顔色も変わってないし食欲も落ちていない。
やっぱりこの世界の人達って、食う量と飲む量がちょっと本気でおかしいと思うぞ。
リナさんとは最初のうちこそ会話もやや固くてぎこちなかったんだけど、これが意外な事に、あっという間に彼女はこの場に馴染んでしまった。
見かけは十代の美少女なんだけど、口調も男っぽくてサバサバしてるし、不思議とあまり女性と話してる感じがしなくて、気がついたらお互いタメ口で普通に話をしていたよ。
何だかちょっと、この出会いに運命を感じたのは……俺だけですか?
もしかして、ここから小さな恋が始まったりしたりするかもしれなかったりします?
……ちょっと脳内が混乱している模様です。落ち着け俺。
「ちなみに単なる好奇心なんだけど、今日は何を買いに来てたんだ? 武器コーナーの列に並んでたよな」
なんとなく会話が途切れたタイミングで、俺はちょっと気になってた事を聞いてみた。
「ああ、今日のところは予約だけ。希望通りに明後日の午後からで予約出来たから、店内の武器はまた今度ゆっくり見るよ。中剣の良いのがあれば一本買っても良いかもね」
新しい黒ビールを水みたいに飲みながら、リナさんがそう言って嬉しそうに笑う。
「いいんじゃないか。あそこの武器はどれも良いみたいだし。だけど予約をしたって事は武器の別注をするんだろう。中剣は既存のを買うつもりなら、注文では何を作るんだ?」
バッカスさん達は鍛冶屋だけど、弓とか矢も作るのかな? うん、分からないけど矢の先端部分の鏃は確実に作ってそうだな。
そんな事を頭の中で考えつつ、せっかく知り合えたんだから、彼女が旅の仲間になってくれたら良いのになあ。なんて、酔っ払った頭でぼんやりと考えていた。
「明日にはアルデアとアーケルが到着するからね。ようやく資金が貯まったんだから、良い剣を打ってもらわないと」
「アルデアとアーケルって? あ、もしかしてさっきちらっと言ってた冒険者仲間?」
初めて聞く名前にそう言って、俺はまた白ビールを飲む。
「いや、アルデアは私の夫でアーケルは私の息子だよ」
リナさんはそう言って黒ビールを飲み干して一人面白そうに笑ってるけど、俺は予想もしていなかった衝撃の告白に、飲んでいた白ビールを噴き出して気管に入ってしまい思いっきり咽せた。
「ゲフッ。ゲホンゲホンゲホン」
「いきなりどうしたの。大丈夫?」
驚いて一瞬仰け反ったあと、平然と笑って俺の背中をさすってくれる。
それを見たスタッフさんが、慌てたように口を拭く布を差し出してくれた。
半ば無意識にお礼を言って布を受け取り口元を拭う。少しこぼした机の上は、すぐにスタッフさんが綺麗にしてくれた。
さすがに今の発言は聞き流せなかったみたいで、ハスフェル達を始め全員が食べるのをやめて驚きの表情で揃ってこっちを見ていた。
「待ってリナさん! 今、今夫と息子って言った?」
「ああ、そうだよ。アーケルは一番下の息子だよ。夫も息子も冒険者なんだ。親の私が言うのも何だけど、二人とも腕の立つ上位冒険者だよ」
「へ、へえ……リナさん、夫と息子がいるんだ。しかも、一番下って事は……」
「ああ、息子が三人と娘が二人いるよ」
はい、更なる爆弾発言いただきました〜!
揃ってこっちを見ていたハスフェル達の表情も、もっと驚いた表情に変わる。これはこれで面白いかも。
「全員成人年齢だから、今はもう一緒には暮らしてないけどね。小さい頃は何だかんだあったけど、結局息子達は親に倣ったのか三人とも冒険者になったんだよね。皆、それぞれ頑張ってるみたいで嬉しいよ。初めのうちは心配ばかりして文句も言ったけど、自分の若い頃を思い出すみたいな気がして、見てるとなんだか恥ずかしくなるんだよね」
はい、見かけは十代の小柄な美少女リナさんですが、今の発言は確かに母親のそれです。しかもどうやら五人の子持ちの肝っ玉母さんだったみたいです。
俺はもう、驚きすぎて笑う事しか出来ない。
開きかけていた恋の予感は、残念ながら綺麗さっぱり消し飛んでどっかへ行ってしまいました。くすん。
「それで丁度、私が西アポンにいた時にばったり会ってね。久し振りだからハンプールで一緒に祭り見物でもしようって誘ってくれたんだよ。早駆け祭りは、若い頃に見たきりだったからね。だけど知り合い経由で紹介されて引き受けていた護衛の依頼が長引いたらしくてね。結局、王都インブルグで足止めされてしまって二人は早駆け祭りに間に合わなかったんだよね。おかげで私は一人寂しく久し振りの祭り見物をする羽目になったんだ。まあ楽しかったんだけど、誰かさんが参加してるのを知って、その……ね」
誤魔化すようにそう言われて、俺はもう一度吹き出すのを堪えきれなかった。
「じゃあ、早駆け祭りに俺が出ているのを見たのは初めてだったんだ」
新しく出してくれた白ビールを手にリナさんを振り返る。
「ああ、その前、春頃にレスタムの街にいた時に、私がスライムを連れているのを見たユースティル商会が従魔を売ってくれと声を掛けて来てね。断ったら散々悪態を吐かれてその場は終わったんだけど、ちょっと気になっていたんだ。それである時、たまたま酒場でその男が金持ちの男と商談しているところを見かけてこっそり聞き耳を立てていたら、今街で話題になっている魔獣使いと話がまとまってるって自慢げに言ってたんだ」
「うわあ、それってあの時の男だよな。俺、はっきり断ったのにそこまでしてたのかよ」
「その金持ちの男はリンクスを欲しがってた。もう聞いてるだけで腹が立って腹が立って、その場を離れて翌日には逃げるみたいにしてレスタムの街を出て行ったんだ。そのままチェスターでしばらく滞在して、そこからまあ、街道沿いにあちこち行ったりしていたんだよね」
「ああ、そうだったんだ。そのあと俺達はそいつとちょいとやり合ってね。気持ちよく仕返ししてやって、結果ユースティル商会は解体されたよ」
今度は彼女が驚く。
「だから、そもそも、そいつが言ってた俺が従魔を売るって話自体が作り話だった訳。分かった?」
「分かりました。本当に申し訳ありませんでした!」
苦笑いしながら謝るから、俺も笑って顔の前で手を振る。
「誤解が解けたんだから、もうそれはいいって。ほらまた新しいのが来たよ」
もう何杯目なのか数える気もない黒ビールを見て、リナさんはわかりやすい笑顔になり、受け取るなり嬉々として飲み始めた。
あの、見かけは美少女なのに上位冒険者の旦那がいて、さらには男女五人の子持ちの大食漢で酒豪の肝っ玉母さんだったなんて、完全に詐欺だよなあ……。
机の上で、コップに入れてやった白ビールをグビグビ飲んでるシャムエル様の尻尾をこっそりもふりつつ、俺はいろんなものが込められた諦めのため息を吐いて遠い目になるのだった。
今回の一件、無事に落着したんだけど、なんだか色々と解せぬ!