売られた喧嘩の俺流解決法
「うわあ、無視だ無視!」
俺は小さくそうつぶやいて、そのまま彼女を避けて進もうとした。
しかし……。
「大事な従魔はどうした。超一流の魔獣使い殿?」
俺にかけられたその言葉に通り過ぎようとした足が止まる。
声は可愛いのにこれだけ腹が立つ言い方って、ある種の才能じゃね。と思えるレベルだ。もう棘だらけなんてもんじゃない。ウニも真っ青棘まみれ。
同じ棘でも、これならうちのエリーの棘の方が百万倍可愛いぞ。
「何だ。マックスのファンかい、お嬢ちゃん。残念だったな。今日は宿で留守番なんだよ」
態とらしく横目で見て振り返りながら、できるだけ偉そうにそう言い返してやる。
売られた喧嘩は買うよ。
俺自身は人に喧嘩売る気は毛頭無いけど、一方的に売られた喧嘩なら喜んで買うよ。
ハスフェル達が俺の言葉に驚いて目を見開いてるのが分かったが、そっちは無視!
ってかお前ら、絶対面白がってるだろう。この状況を!
「へえ、そっちへ行けばホテルハンプールだ。連れて行けば金持ちの目に留まって大きな商談がまとまるかもしれないのに」
またしても棘だらけの彼女のその言葉に、俺は彼女を見ながら思いっきり大きなため息を吐いてやる。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、勝手な思い込みで人の事判断するのはやめてもらえるか。俺は、大事な従魔を売る気なんてかけらも無いよ。金には不自由してないし、従魔は譲った子達まで含めて全員今でも俺の大事な家族だよ」
目を見開く彼女のその顔を正面から見て、俺は敵意も腹立ちも急激に萎んでいくのが分かってまたため息を吐いた。
今度のため息は、本物のため息だ。
だって、この時の彼女は、今にも泣きだしそうな顔をしていたんだから。
「嘘をつくな!」
いきなりものすごい大声で力一杯断言されて、俺だけじゃなく、横で面白がって聞いていた全員が飛び上がったよ。
多分、全然無関係の通行人達も全員飛び上がってたと思う。
「今のどこら辺に、どう嘘があるって言うんだよ?」
「だって、だって私はユースティル商会の奴らが自慢げに言ってたのを聞いたんだ! 魔獣使いのケンが三毛のリンクスとハウンドを連れてくるからって! それ以外にも選び放題なくらいにたくさんの従魔があるから、何でも任せろって!」
半泣きになった彼女の叫びを聞いて俺はハスフェルを振り返る。
「なあ、今のなんとか商会って……」
「覚えてないか?レスタムの街で、お前に従魔を売れと一方的に迫り、最後はニニちゃんに縄を投げて捕らえようとしたあの馬鹿どものいた商会だな」
「いや、覚えてるよ。合ってるならいい」
もう一度これ以上ないくらいの大きなため息を吐いて、俺は今にも涙がこぼれそうになりながらも拳を握りしめてプルプル震えている彼女の袖を掴んで軽く引いた。
「詳しい話がしたいからとにかくこっちへ来い。これ以上見せ物になる気はないからな。そんな気はなかったけど、この町では俺達は有名人なんだからさ」
小さな声でそう言って、成り行き上彼女も一緒にホテルハンプールへ連れて行く事にした。
ちょっと正直言うと、今すぐ全部放り出して帰りたいんだけどさあ。だけど、あの泣く寸前の顔を見たら放ってはおけなかったんだよ。
自分に一方的に喧嘩を売って来た奴に同情してどうするんだって思うよ。我ながら、呆れるくらいのお人好しだとは思うけど。これはもう性分だから仕方ないよな。
仮にここは無視して彼女を放って行ったとしてても、絶対後で後悔するのが分かってるからもう良いんだよ。
解決できるなら早い方がいいって。
意外に素直について来る彼女を見て、俺は密かに安堵していた。
それこそ、モンスタークレイマーよろしく道路の真ん中で奇声をあげて暴れられたりしたらどうしようかと冷や冷やしていたんだが、今の彼女の様子は茫然自失って感じで逆にメンタルが大丈夫か心配になってきたよ。
「ちょっと悪いんだけど、食事の前に、広い会議室か何か借りられますか?」
「会議室ですか? お部屋でお休みになられるのでは無く?」
出迎えてくれた支配人が、俺が連れているエルフの彼女を見て不思議そうにそう尋ねる。
絶対何か勘違いしてるよ、この支配人さん。
「大至急、会議室でお願いします!」
真顔で断言すると、本当にすぐに全員が入れる広さの会議室を用意してくれたよ。
だって、迂闊に部屋を頼むと無駄に密室になるからさ。ここならギルドマスター達まで全員に一緒に話を聞かせられるもんな。
いきなり連れて行かれた部屋が、机と椅子が並んでるだけの何も無い会議室だったもんだから、ようやく顔を上げた彼女が驚いてる。
「良いからそこに座って!」
手を離してとにかく座らせてやる。
「あのな、この際だからはっきり言っておくけど、君の考え。全然違うからな」
「……何がどう違うって言うんだ。人をこんなところまで連れ込んでおいて」
「いや、人聞きの悪い事言うなよ。連れて来たのは人目を避けるためだよ。ここには、各ギルドマスター方や職員の方もいる。特にエルさんやアルバンさんには、証人になって貰うために一緒に来てもらったんだよ」
「証人?」
思いっきり不審そうな声でそう言われて、挙句にまたしても親の仇を見るかのごときガン睨み。
今の俺はもう、内心ではペシャンコになるくらいに凹みまくってます。
美女にこんな間近で睨みつけられるって、本当に何のプレイだよ。残念ながら俺にそんな趣味はないって。
「そうだよ。俺がどれだけ従魔達を可愛がってるかって事のね」
その言葉に、エルさんとアルバンさんが苦笑いしつつ大きく頷いてくれた。
「君が何を勘違いしているのか知らないけれど、ケンさんは私が知る限り、今までの魔獣使いの中でもとびきり優秀で、その上従魔達をこれ以上無いくらいに愛している魔獣使いだよ」
「確かにそうだな。彼は別の街でとある事件に巻き込まれて誘拐されたペットの猫とオオタカの為に、王都の公爵家に本気の殴り込みをかけるくらいには従魔の事を大事にしているぞ」
その言葉に、俺だけでなくハスフェル達が揃って吹き出す。
「ええ、お二人がどうしてそんな事知ってるんですか!」
驚いて俺がそう尋ねると、二人は揃ってにんまりと笑った。
「アーノルドから、詳しい顛末を全部聞いたよ。いやあ最高の展開だったよ。久しぶりに腹の底から笑わせてもらったね、しかも最後は大宴会だったそうじゃないか」
「ええ、終わってみれば笑い話でしたけどね。あの時は本当に大変だったんですから。いや、そうじゃなくて、だからどうしてそれをエルさん達がご存知なんですか?」
「俺達とアーノルドは、長年の友達同士なんだよ。ちなみに東西アポンで、定期的に周辺の街の各ギルドマスターが集まって交流会を開いてるんだよ」
「まあ、要するにただの飲み会だけどね」
エルさんのまぜっ返しに、彼女以外の全員が笑う。
「それに、彼は毎晩従魔達とくっつきあって団子になって寝てるぞ。野外でも従魔達が雨でも濡れないように、巨大なマックスやニニちゃんでも中に入れるくらいの大きさのテントを買ってるぞ。朝は、それこそ寝起きの悪いこいつの為に、従魔達が頼まれもしないのに総出でモーニングコールをしてるくらいには皆彼に懐いているよ」
「その後、従魔達と毎朝戯れてる姿は、ハーレム以外の何者でもないぞ」
「確かにあれは紛う事なきハーレムだな。全部種族は違うけど」
ハスフェルとギイの説明に続き、腕を組んだ真顔のオンハルトの爺さんの言葉に、またしても全員揃って吹き出す。
呆気に取られて話を聞いていた彼女は、突然真っ赤になった。
「じゃ、じゃあ、全部私の勘違いだって言うんですか!」
「そうだよ」
俺とハスフェルとギイとオンハルトの爺さんの言葉が見事に重なり、クーヘンやギルドマスター達がまたしても吹き出す。
机に突っ伏す彼女を見て、俺達は安堵のため息を吐いたのだった。
どうやら誤解は解けたみたいだ。




