思い込みの激しい彼女
俺がその時にそれを聞いて思い出したのは、最初のレスタムの街であった従魔を俺に売れって言ってきたあのナントカ商会って馬鹿どもだ。確かにニニを狙って襲って来た時に言ってた。リンクスは注文が入ってるんだって。
つまりは昔も今も、それだけ珍しい従魔には需要があるって事だよな。
無言になる俺を見て、ハスフェル達がまたため息を吐く。
「その当時、珍しかったり強そうな魔獣やジェムモンスターを飼う事が、貴族達の間で大流行りだったらしく、おかげで彼女はわずか数年で借金を全て返す事が出来たそうだ」
「おお、良かったじゃないか」
「しかし、その後彼女は心配になった。手放した従魔達が、本当に可愛がられているかどうかな」
その言葉に、この先の展開が予想されてしまった。
「もしかして、失ったって……」
「その通りだ。貴族達が手に入れたのは、単に流行りに乗って知り合いに自慢出来る見栄えのいい魔獣や従魔が欲しかっただけで、大切な存在が欲しかったわけではない。結局、そのほとんどの子達は数年の内に孤独や失意の中で死んでいったらしい。新しい主人だと言って譲られた人が、全く自分を顧みなくなればその従魔達がどうなるかは……お前なら分かるだろう?」
それは確かに、どれほど豪華な家に住もうと従魔達にしてみれば捨てられたのと同じ事だろう。そうなればもう、その従魔達に未来は無い。
「そ、そんな可哀想な……」
「だけど、その当時の貴族の連中はそうは考えなかったみたいだな。中には、最悪な事にその主人に狩りの獲物として扱われた例もあったらしい」
絶句する俺は無意識に側の誰かを撫でようとして、全員宿泊所に置いて来ていた事を思い出した。
それに気付いて、いつの間にかカットフルーツを完食していたシャムエル様に手を伸ばす。
「ごめん、ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから撫でさせてくれ……」
自分でも、呆れるくらいに情けない声でそう言うと、机の上で座って尻尾の手入れをしていたシャムエル様を両手でそっと包む。
珍しく大人しく撫でられてくれたシャムエル様の、小さいけれども柔らかくて暖かな手触りに涙が滲む。
「そんなの絶対に許せない。絶対に……そいつら従魔を何だと思ってるんだよ」
高ぶる感情のままに、しばらくシャムエル様のもふもふな尻尾に顔を埋めていたが、不意に我に返って考える。
「待ってくれ。それは彼女にとっても、従魔達にとってもものすごく不幸な事だし気の毒だったとは思うけど、それでどうして俺があんなに睨まれるわけだよ?」
すると、また三人が揃ってため息を吐く。
「つまり、お前が俺達に自分の従魔を譲っているのを見て、その当時の自分と重なったらしい。しかも、彼女も当然早駆け祭りを見ていたわけで、お前やクーヘンが従魔達を使って観客達の前でいろいろやったのを見て、大きな勘違いしているらしいんだよ」
「あれを見て、一体何をどう勘違いするって言うんだ?」
「つまり、お前があのスライム達を使って曲芸を見せたのは、王都の貴族達に従魔を高く売りつけるつもりの前振りなんだとね」
「それどころか、俺達が連れている従魔達は、全部売り物にするつもりのだとも考えているらしいんだ。要するに、俺の従魔はこんなに人に懐くぞ。と見せて回っているとな」
「それどころか、クーヘンやランドルに自分の紋章と似たのを作らせているのを見て、どうやら彼らの従魔達まで同じく売り物にするつもりだと……断定してるらしい」
ギイとオンハルトの爺さんまでもが、困ったように後を続ける。
ちょっと本気で気が遠くなってきたよ。
「要するに彼女の中では、お前は珍しい従魔を食い物にして大儲けを企んでる極悪人扱いらしいぞ」
三人の説明が理解されるまで、俺の頭の中で少し時間がかかったよ。
どう考えても、それは俺の理解の範疇を超える考え方だって。
「はあ、どこをどう取ったらそんな考え方になるんだよ! あの草原エルフ、思い込みが激しいにも程があるぞ!」
力一杯叫んだ俺を、三人が気の毒そうに見つめる。
「それであのガン睨みかよ。もう、本気でどこから言い返したら良いのか分からないんだけどなあ……」
腹は立ってるけど、どちらかというと呆れてるって感情の方が大きい。
言いがかりにしても、これは酷い。
「まあ、あくまでも勝手な個人の思い込みだから、直接お前に何か関わりがあるとは思わんがな。一応そういう事らしいから、あまり関わり合いにならないように気をつけろよ」
「思いっきり関わり合いになりたくないっす!」
拳を握りしめて断言するよ。
ちょっとだけエルフと聞いてテンション上がったけど、話を聞いて、もう絶対関わり合いになりたくないレベルになったよ。
もうこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いて、俺は机に突っ伏したよ。
だけどこれってどう考えても、今後絶対関わり合いになるフラグだよなあ……。
もうやだ。俺の平和な異世界生活かも〜ん!
もう何度目かも数える気にならない大きなため息を吐いた後、俺達は立ち上がってひとまず店に戻った。
一応応援に来てるんだから、いつまでも休憩室を占領してたら悪いもんな。
その後は、夕方近くまでもう一回休憩を挟みつつ俺達は途切れない行列を捌き続け、合間に減った品物を出すのを手伝ったりして過ごした。
終わってみれば、初日だけでも相当な数の武器や金物が売れたらしく、バッカスさん達は大喜びしていた。
それだけじゃなく、初心者の冒険者達から武器選びの相談も沢山受けたらしいし、上位冒険者達も何人もが別注相談の予約をしてくれたらしい。
まずは上々の滑り出して、俺達はそのまま、打ち上げを兼ねてホテルハンプールに、クーヘン達やギルドマスター達、それから応援に来てくれた各ギルドの人達も誘って皆で夕食を食べに向かった。
今回は念話での相談の結果、一番数を持ってる俺とハスフェルがレストランチケットを使う事にしたよ。
奢りだ、好きなだけ食ってくれ。
しかし、俺の不幸体質とフラグは健在だったらしく、ホテルハンプールに到着寸前に、角を曲がったところでばったり会っちゃったんだよな。
あの草原エルフに。
当然、道の真ん中に立ちはだかったまま、まるで虫けらを見るような目で俺を見る彼女。
そして、ハスフェル達は面白そうに俺を見てるだけだし、それ以外の全員も、彼女のあまりのガン睨みにドン引き状態で誰も口を挟もうとしない。
……これを俺にどうしろって?