彼女の事情って?
当然のように目の前に現れてお皿を振り回して踊っているシャムエル様には、いつものたまごサンドとBLTサンドのベーコンを丸ごと一枚渡してやり、それぞれしばらく無言で黙々と食べた。
いつもより早めに食べ終えてデザートのカットフルーツを取ってきた時に、ハスフェルとギイが揃って俺を見て苦笑いしながら口を開いた。
「なあ、例の彼女の件。どうしてあんな事になってたか分かったぞ」
「例の彼女って……親の敵みたいな目で俺を睨み続けてた、あの草原エルフ?」
思いっきり嫌そうにそう言うと、何やら言いたげに俺を見ながら揃って頷く。
「正直言うと、あまり関わりたくないんだけど、何か分かったんなら聞くよ。一体何が原因なんだ? 早駆け祭りの賭け券で大損でもしたか?」
どう考えてもそれくらいしか思い当たる節がない。俺以外の誰かに一点買いしてたとしたら、俺が一位になった時点で全部泡と消えるんだもんな。
「いや、俺達も最初はそれかと思ってたんだが、レプスのおかげで原因が分かったよ。聞くと、これが俺達にも関わる事なんで、出来れば彼女の誤解を解いておきたいんだがなあ」
ハスフェルの言葉にギイとオンハルトの爺さんまでが困ったように顔を見合わせて頷き合ってる。
「はあ、何だよそれ。誤解で俺はあんなにものすごい勢いで睨まれてたってのか? てか、その前に初めて聞く名前だけど、レプスって誰だよ?」
先に選んでもらおうとして、フルーツを氷のお皿ごとシャムエル様に見せていた俺は、顔を上げて初めて聞く名前に首を傾げる。
「あれ、お前にも話をしたって言ってたけど、違ったか?」
驚いたように逆に聞かれて考える。
「もしかして、たまに冒険者ギルドで見かけてた大柄な男性かな? さっき、俺に任せとけって言ってた人」
「ああ、多分そいつだと思うぞ。あいつはあんな見かけだが、人当たりが良くて誰とでも割とすぐ打ち解ける良い奴でな。どうやらあの草原エルフともこの短時間でそれなりに仲良くなったらしいぞ。それで、色々と聞き出してくれたところ、彼女がお前をあれだけ睨んでた理由が判明したんだ」
あの時の目力最強の睨んだ顔を思い出して、俺は大きなため息を吐く。
「で、一体何が原因なわけだ?」
思いっきり嫌そうな俺の言葉に、三人が揃ってこっちもため息を吐く。
「まず、あの彼女なんだが、テイマーらしい」
「へ? テイマー? 魔獣使いじゃなくて、テイマー?」
揃って頷く三人を見て、無言になる俺。
「それでな、彼女が今連れているのが、これまたスライム一匹だけらしい」
スライム一匹だけ連れたテイマーって、どこかで聞いたような話だなんて頭の中でのんびり考えていたら、どんどんとんでもない話になっていったんだよなあ、これが。
「いや、本当は魔獣使いらしいんだが、彼女は自分の紋章を従魔に刻んでいない」
真顔のハスフェルの言葉に首を傾げる。
「ええと、それって……どう言う意味だ?」
だって、そもそもスライム一匹だけでは魔獣使いにはなれない。
魔獣使いなら、従魔達と話が出来るようになるんだから喜んで紋章を刻むだろう。
ますます意味が分からなくて首を傾げる俺に、またハスフェルが大きなため息を吐く。
「まず、そもそも草原エルフにテイマーがいたのに驚きだよ。俺も長年この世界にいるが、エルフのテイマーは初めて聞く。もちろん魔獣使いも聞いた事がない」
一瞬黙ってその言葉の示す意味を考える。
「ええと……でもそれを言うなら、クーヘンだって人間じゃなくてクライン族だぞ」
「いや、クライン族は、過去に少ないがテイマーや魔獣使いになった奴はいたよ。まあ、郷の外に出るやつなんてほとんどいなかったから、あれだけ大々的に有名になったクライン族の魔獣使いはクーヘンが最初だとは思うけどな」
「へえ、そうなんだ。それは知らなかったよ。それで、そのテイマーの彼女がどうして俺を目の敵にするわけだ?」
嫌そうにそう言うと、また三人が困ったように顔を見合わせる。
「彼女は、自分でテイムした従魔達をほぼ全て失っているらしい」
その言葉の意味を考えて真っ青になる。
「失ったって……まさか従魔達は彼女を守って死んだとか?」
首を振る彼らを見てほっとしたのも束の間、彼らから聞かされた話は、予想もしていなかった最悪な話だった。
「彼女は元々王都インブルグに所属する魔獣使いの冒険者だったらしい。ただし、それは余裕で百年以上前の話だけどな」
「へえ……って、今サラッと流したけど、やっぱり彼女は見かけ通りの年齢じゃないわけだな?」
これも揃って頷く彼らを見て、また無言になる。
「ええ〜見た目通りの年齢だと思ってたから怒れなかったけど、めっちゃ年上じゃん。それなら初対面の人には大人な対応、お願いしたいんですけど!」
思わず愚痴る俺。間違ってないよな!
「それで、その王都にいた頃にとある事情で彼女はとんでもない金額の借金を背負ってしまい、金策の為に従魔をテイムしては商人を通じて何匹も貴族に売ったらしい」
俺の愚痴をスルーして話を続けるハスフェル。
うん、別に良いよ。ちょっと言いたかっただけだから気にしてないって。くすん。
若干思考が脱線しかけたが、不意に引っかかったハスフェルの言葉の意味を理解して顔をあげる。
「待って。今なんて言った。従魔を……売った?」
黙って頷く三人を見て、俺はもうこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いたのだった。