大盛況な開店初日!
「次の方は、御用はどちらで……」
「フン!」
順番に声掛けをしていた俺が列に並んでいた彼女にそう話しかけた瞬間、もう、そうとしか表現出来ない勢いで俺から顔を背けたその草原エルフの女性は、返事もせずに俺をガン無視したまま武器の列に小走りに走って行った。
「だあ、一体何だってんだよ」
あそこまでやられると、だんだん腹が立ってきた。
まあ普通は、最初に理由も分からずにガン飛ばされた時点でこうなってるんだろうけどさあ。
「魔獣使いの兄さんよ、一体何したんだい?」
何度かギルドで見かけた事がある大柄な冒険者が、苦笑いしながら俺の腕を突っついてくる。
「それは俺が一番聞きたい。言っとくけど初対面だぞ」
驚きに目を見張るその冒険者に、俺は思いっきり大きなため息を吐いて見せた。
「なんか知らんけど、さっきからずっとあんな調子で親の仇みたいにずっと睨みつけられてるんだよ。いったい俺が何したってんだよ」
「へえ、そりゃあまた災難だなあ。有名人は辛いねえ」
完全に面白がってる様子のその冒険者は、にんまりと笑って俺の背中を思いっきり叩いた。
「痛い! 待て待て! 今、絶対背骨が折れた音がしたぞ!」
仰反って悲鳴を上げた俺の肩を、男ががっしりと捕まえて肩を組んで顔を寄せてきた。
「まあ、お前さんにはしっかり稼がせてもらったからよう。ちょっとくらいは役立ってやるよ。任せとけ」
今度はゆっくりと背中を叩かれ、組んでいた肩を解放される。
「ええと……?」
「まあ、任せとけ。ほら、まだまだ行列が増えてるぞ」
何でもないように笑ってそう言ったその男は、当然のように武器の列に並びに行ってしまった。
「ええと……うん、忘れよう。今はこっちが先だ」
とりあえず全部まとめて、久しぶりに明後日の方向にぶん投げておく。
まあ、もしかしたら後で拾いに行くかしれないけどね。
気を取り直して順番に声を掛けて並び直してもらっていると、先頭がゆっくりと店の中に入り始めた。
「おお、もう開店時間なんだな」
そう呟いた時、街に時を告げる鐘の音が鳴り響いた。
俺的には午前10時の鐘の音だ。
しばらく案内を続けていると、追加で到着したギルドの応援の人が出て来てくれたので、行列の案内をお願いして交代して下がる。
休憩がてら少し覗いてみたが、店の中は大盛況のようだ。
メインの包丁コーナーの前では、何人もの人達が真剣に包丁を吟味している。どうやらどの人もかなり真剣に選んでいるみたいだし、その横では、年配の男性が選んだハサミを持って今まさに会計に向かうところだ。
行列が減らない原因の一つに、クーヘンの店と違って品数が多いために滞在時間が長くなってるってのがあるみたいだけど、これは仕方ないよな。
そして、武器コーナーは更に大盛況だ。
しかし、生活用品コーナーよりも場所は広いのに人が多いように感じるのは、単にむさ苦しい男性ばかりがぎっしりと詰まって見えるせいだろう。
あの中には正直言って入りたくない。断言。
店に応援に入るのは諦めて行列整理に戻り、その後もやって来る人に事情を説明してどちらに並ぶかの誘導を続けた。
しかし、時間が経つにつれて並ぶ人の数は更に多くなっていき、行列は途切れるどころか、太陽が頂点を通り過ぎる頃にはかなり離れた円形交差点まで行列は伸びてしまっていた。
「ううん、クーヘンの時みたいに、最初に時間制限を設ければよかったなあ」
ちょっと見通しが甘かったようで後悔したよ。
「ちょっと離れますね。食事の用意をしてきます」
行列整理を手伝ってくれているドワーフギルドの人に声を掛けて、俺は裏口へ回ってすっかり覚えた廊下を通って休憩室へ向かった。
休憩室の真ん中に置かれたバッカスさんお手製の大きな広い机の上には、クーヘンの時のように商人ギルドのアルバンさんの名前で差し入れの瓶入りのジュースが大量に置かれていた。その隣にあるのはどうやら大きなソーセージを挟んだシンプルホットドッグのようで、油紙に包まれたそれが大きな木箱いっぱいにぎっしりと並んでいる。
その隣にあるのは、冒険者ギルドのエルさんの名前の差し入れで、手で摘めるサイズの揚げ菓子のようなものが積み上がった木箱にぎっしりと並べられていた。
その隣にあるのは、クーヘンの名前のメモが書かれたカットフルーツで、よく見ると大きな木箱に並べられた小皿は氷で出来ていて、すぐに食べられるようにカットした果物を一人前ずつしっかり冷やすようになっていたのだ。
その木箱も三段重ねになっている。
氷が溶けてこないか心配になって見てみたが、不思議な事にお皿は溶ける気配がない。
「へえ面白い。そのお皿って、氷の術の応用で氷が溶けにくくしてあるね」
右肩にいつの間にか座っていた、シャムエル様の言葉に驚いて振り返る。
「へえ、そんな事が出来るんだ。じゃあ、今度俺もやってみよう。果物を冷やしておいて置けるのは絶対いいよな」
感心したようにそう呟き、適当にぐちゃぐちゃに積み上がっていたそれぞれの差し入れをきれいに並べ直してやる。
「ううん、ちょっと多過ぎたかも。まあいいや。大食漢揃いだし、余る事は無いよな」
苦笑いしつつ、用意したサンドイッチの詰め合わせの木箱を空いたスペースに並べた。
タマゴサンドを始め、ソースカツサンドやキャベツサンド、チキンカツサンドや鶏ハムサンド、BLTサンドやクラブハウスサンドもたっぷり用意してある。
一応、グラスランドブラウンブルの肉と、ハイランドチキンとグラスランドチキンを使ってるよ。
サイドメニューのフライドポテトとカットトマトの大皿も横に並べ、用意しておいたメモをその隣に置いておく。こうすれば誰からの差し入れか分かるからな。
後は、戸棚に入っている大量の取り皿を適当に取ってあちこちに並べておき、カトラリーも引き出しから取り出して並べてから店へ向かう。
何度も差し入れに通ったからここの休憩室に関しては、すっかり勝手知ったる人の家状態になったよ。
「お疲れさん。昼食の準備をして来たけど、交代で入れるか?」
レジに入っていたバッカスさんに声をかけてやる。
「ありがとうございます。今、その話をしていたところです。では順番に入ってもらいますね。ケンさんも先に食べてください」
ハスフェル達が下がって来たので、一緒に休憩室へ戻る。
「お疲れさん。大盛況だな」
「おう、思ってた以上の人でちょっと驚いたよ」
ハスフェルの言葉にギイとオンハルトの爺さんも笑っている。
「生活用品の方は、かなり売れてたみたいだけど、武器コーナーはどうだったんだ?」
適当に自分の分を取って来て椅子に座りながら、何を取ろうか悩んでいるハスフェルに尋ねる。
「ああ、メインの剣や槍は、低価格のものだけでなくかなりの高額なものも幾つも売れていたぞ。バッカスは、既存の剣は主に初心者向けだと言っていたが、どれもかなり良いものだよ。あれを最初に買える冒険者は幸せだろうな」
嬉しそうなハスフェルの言葉に、オンハルトの爺さんも笑顔で頷いている。
「それは良いな。最初に持つ剣が良いものだと、良いスタートが切れそうだ」
笑顔で頷く三人は、山盛りになったお皿を持って席についた。
それぞれ手を合わせて食べ始める。
一瞬、あの草原エルフの顔が浮かんだが、慌てて明後日の方向に蹴り出しておく。
うん、食べる時くらい嫌な事は忘れようよ、俺。