川から出て来て大騒ぎ
気持ちよく昼寝していた俺は、不意に身じろぎしたニニに起こされた。
「ああ、マックスが帰って来たのか?それなら起きてやらないと、ニニが動けないな」
そう思って、ぼんやりしていた俺は、いきなり唸りだしたニニに驚いて飛び起きた。
「どうした? ニニ」
俺が起き上がるのと同時に、ニニも起き上がり唸り声はさらに大きくなった。
横を見ると、セルパンとタロンも、巨大化したまま完全に戦闘態勢だ。
だけど、俺にはさっぱり何が何だか分からない。
なんだ? 何が起こってるんだ?
しかし、俺も警戒して腰の剣に手を掛けた。
以前、ヘラクレスオオカブトが出た時も、俺は姿を見るまで気が付かなかったんだ。こいつらがこれだけ警戒するって事は、明らかに何かがいるんだ。俺には気付けないだけで。
サクラとアクアも俺の左右に飛んで来た。
そのまま全員揃って川の方を見ているけど、俺の目には少なくとも何も異変は無いように見える。
いや待て、何かおかしいぞ?
妙な違和感を感じた俺は、もっと目を凝らして景色全体を見るようにした。
「飯食う前と、今とでは何が違うんだ?」
小さく呟いていたら、不意に水面がキラキラし始めた。明らかに不自然な輝き方だ。
「あ、分かった!」
思わず、そう呟く。
さっきと今との間違い探し、分かったよ。
確か、食事の前に見た時はいかにも小川って感じの、川幅1メートルも無いくらいの、小さな川だった筈だ。だけど、今は明らかに2メートル、いや3メートル近くある。そう言えば、手前の草地が少し狭くなったような気がする。
そこまで考えて、俺はその意味に気が付いた。
って事は、現在進行形で増水してるのかよ、この川!
それに気付いた俺は思わず大声で叫んだ。
「ニニ、セルパン、タロンも一旦下がるんだ!」
「どうしてよ。逃げるの?」
不満げなニニの言葉に俺は焦った。
「いや、増水してる川はマジで危険だって。近寄らないほうがいいよ」
いくら、ニニ達が強いとは言っても、自然の前では桁が違う。増水した川の威力は半端ないんだから。
とにかく戻れと必死で説得して、全員を一旦林の前まで下がらせた。
明らかに、この林の辺りは川から地面が上がっていてかなり高くなっているから、ここまで戻れば安全だろう。
周りに生えている草も、河原に生えている草とは違うからな。
「この川は、おそらくだけど、上流の何処かで雨が降っていて水かさがどんどん増しているんだよ、だから近寄らないほうがいいんだって」
不満そうな全員に、必死で教えてやり、増水した川の水が、いかに危険か教えてやった。
ここから見ていても、まだやはり、じわじわと水かさが増しているように見える。
不安になった俺は、右肩にシャムエル様がいないのに気が付いた。
「あれ? シャムエル様は何処だ? さっきまでいたのに」
一応前に出て、さっきいた草地を見てみたが、シャムエル様の姿は見当たらなかった。
「まあ、いきなり出たり消えたりするお方だからな。何か用事があったんだろう」
さすがに、創造主様の心配を俺がするのは傲慢だろう。
そう思って、ニニ達のところへ戻ろうとした時、いきなり何かに足をすくわれ、その足首を掴まれた。
「ご主人! 後ろ!」
ニニの叫び声と、セルパンが巨大なまま吹っ飛んでくるのは同時だった。
何かに足を払われて転んだ俺のすぐ横に、セルパンが音を立てて降って来てその巨大な尻尾を振った。
俺の足元で何かを叩く大きな音がして、俺の足を捕まえていた何かが離れる。
「ご主人、林へ走って逃げて!」
セルパンの大声に、とにかく俺は必死になって林まで走った。
ニニとタロンが、二匹並んでこっちに向かって走ってくる。すれ違いざまに川を振り返ると、既に草地の半分近くまで増水した川から、何かが上がってくるのが見えた。
巨大な真っ黒い塊は、完全に水から上がったところで一旦止まり、ゆっくりと巨大な顔を上げた。
「なんだあれ?イモリ? いや、サンショウウオか!」
それは、全長10メートルはあろうかという、巨大なオオサンショウウオだった、しかも、そいつはニニ達をみて、後ろ足で立ち上がったのだ。
口を開けようとしているのを見て、俺は叫んだ。
「気を付けろ。くるぞ!」
そいつは、まるでカメレオンのように、いきなり巨大な舌を伸ばしたのだ。
ニニが爪全開でその舌を払う。
血飛沫が飛び、巨大オオサンショウウオは嫌な軋むような悲鳴を上げた。
「うわあ、さっきの俺の足に絡まったのって、もしかしてあれかよ」
思いっきり気持ち悪くて、右足を見る。靴全体に、ねっとりとした唾みたいなのが絡み付いていた。
あとでサクラに頼んで綺麗にしてもらおう。
遠い目になった俺は、腰の剣に手を掛けたまま戦いを見守った。
サクラとアクアは、ニニ達の少し後ろで警戒に当たっているようだ。
その時、また川に変化が起きたのが見えた。
「ニニ、セルパン、タロン、戻れ! もっと出て来たぞ」
川から、巨大なオオサンショウウオ達が、ぞろぞろと出て来ているのが見えた。まずい、幾ら何でもあれはまずい。
三匹は、前を向いたまま、それぞれゆっくりと後ろに下がり始めた。
しかし、じわじわとオオサンショウウオ達が上がってくるので、全く距離が縮まらない。
「これって、やばいんじゃないのかよ」
どう考えても、多勢に無勢。しかもあいつらは伸びる舌なんていう武器がある。背中を向けて逃げたら、その瞬間に捕まって一巻の終わりだろう。
さっき、開いた口から三角の牙が並んでいるのが見えたから……肉食確定。
「オ、オオサンショウウオって、何食うんだっけ?」
そんな事を考えて現実逃避している間に、ニニ達は、俺のすぐ前まで下がって来た。
そして、当然だけどオオサンショウウオも間近まで迫っていた。
「逃げたほうがいいと思うよ」
いきなり声が聞こえて、俺は思わず飛び上がった。
「おお、それは分かってるんだけどさ。既に、ちょっとまずい事になってる気がするんだよ」
「みたいだね。上流でダークブラウンオオサンショウウオの大繁殖が起こってたから、見に行ったのにいなくなってたからさ。慌てて戻って来たんだよ。ちょっと遅かったみたいだね」
「せめて、行く前に起こして欲しかったよ」
覚悟を決めて、腰の剣を抜こうとしたが、シャムエル様に止められた。
「目くらましをしてあげるから、君は氷を出して群れに向かって投げられるだけ投げて。それで合図したらニニちゃんの背中にとにかく飛び乗って逃げるんだよ。落ちないでね」
そう言われて頷いた俺は、掌に氷の塊を出した。どんどんデカくする。直径50センチぐらいになったところで止められた。
「じゃあ、それを思いっきり放り投げてくれる。できるだけ高くね」
頷いた俺は、両手で氷を持って思いっきり、言われた通りに高く放り投げた。
次の瞬間、爆発のような音がして氷の塊が砕け散った。氷の破片がオオサンショウウオ達に降り注ぐ。
すると、嫌な声を上げて、オオサンショウウオ達が一斉に逃げ出したのだ。
「氷が弱点かよ!」
もう一度大急ぎで氷を作って放り投げる。上空で砕けた氷が落ちる間に、逃げて来たニニの背中に飛び乗った。
「苦しかったらごめんよ!」
そう叫んで、大きな首輪にしがみついた。
両足も曲げて、文字通り両手両脚を使ってニニにしがみついた。
「構わないからそのまま掴まっていてね!」
サクラとアクアが跳ねて、俺の腕と足にへばりつくように伸びてくれた。
一気に駆け出すニニの背中で振り返った俺は、背後からまだ諦めずに追いかけて来るオオサンショウウオを見て悲鳴を上げた。
「ついて来るんじゃねえよ!」
サクラに支えてもらって右手だけ離し、また氷を作って放り投げる。
「砕けろ! 砕けろ! 砕けろ!」
何度も何度も、氷を放り投げて叫んだ。
ようやく数が減って、安心しかけた時、いきなりものすごい巨大なオオサンショウウオが走って追い付いて来たのだ。ニニの全力より速いっておかしいだろう!
追いつかれそうになって、氷を放り投げたが、全く怯む気配が無い。
「追いつかれる!」
巨大とはいえ、もう追って来ているのはこいつだけだ。
戦う覚悟を決めて振り返った瞬間、俺達とオオサンショウウオの間に誰かが飛び込んで来た。
一瞬の閃光の後、オオサンショウウオは見事に真っ二つになって巨大なジェムになって転がった。落ちた瞬間地響きがしたよ。
うわあ、やっぱりあれもジェムモンスターだったのかよ。
音に驚き、走っていたニニが止まる。
改めて背後を見ると、地面に落ちた一抱えは確実にある巨大なジェムの横に、長い銀髪のやたらと体格の良い、明らかに冒険者であろう装備の男が、抜き身の剣を手にしたまま立っていたのだ。
「ハスフェル!助かったよ」
突然、俺の肩にいたシャムエル様がそう叫んだ。
ええ! あの、やたらと体格の良い、眼光鋭いお方って、創造主様のお知り合いっすか?
突然の展開についていけない俺を置いて、事態はまたしても、フラグ乱立の様相を呈し始めていた。