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またしても開店前の大騒ぎ

「あれが早駆け祭りの英雄?」

 めっちゃ不審そうにそう呟いた草原エルフの彼女は、それこそ親の仇を見つけたかの如くに俺のことをもの凄い表情で睨みつけてる。

 おおい、美人が台無しだと思うぞぉ……。



「お前……彼女に何をしたんだ?」

 俺を捕まえていたために同じく正面から彼女の怒りの顔を見てしまったギイが、完全にドン引き状態で俺に聞いてくる。

「いや、何をしたもなにも、初対面だっちゅうの!」

 俺の首を決めているギイの腕に縋った状態のままで、そう言ったきり俺も途方に暮れる。

 人からあんな表情を向けられた事なんて皆無の俺は、今完全にビビってます。



 この際、相手が俺よりも遥かに小柄な女性だとか、初めて見る草原エルフなんだとかは関係無い。

 正直言うと草原エルフとやらにちょっと興味はあったけど、これ以上関わるなと俺の中で警報が鳴りまくっている。

 だって、どう考えても碌でもない事にしかならないだろう。

 そもそも初対面のはずの俺に対して、あんな感情を向けて来られる理由が俺には全く心当たりがないからだ。

 睨み返すわけでもなく、戸惑うように自分を睨みつける彼女を見ていたら、不意にまたそっぽを向いてしまった。

「ふん、腰抜けが!」

 よく聞こえる耳のおかげで、聞きたく無かった彼女の独り言まで全部聞こえてしまう。忌々しげにそう呟かれて、俺は心底悲しくなってきたよ。

 人から理由もわからず嫌われるって……多分人生初体験だよ。



 ため息を吐いたギイが腕を緩めてくれたので、服を払った俺もため息を吐いてから改めて彼女を見てみる。

 列の前を向いたまま、もうこっちを見ようともしないようだが俺には分かる。あの個性的な大きな耳がピクピクと動いてこっちを向いてるのが。

 あれは、素知らぬ顔をしつつも思いっきりこっちの反応を伺ってる状態だ。

 言っちゃあなんだがその様子は、仕事が忙しくて早出と残業続きで、深夜のコンビニまでくらいしか散歩もろくにしてやれなかった頃の俺が家に帰った時、毎回玄関先で大歓迎してくれるマックスと違って、わざわざ側まで来るくせに、こっちに背中を向けてわかりやすく拗ねていた小さな頃のニニにそっくりだったのだ。

 ああもう、一体なんだって言うんだよ!



「まあ、気にするな。有名になるとあんな輩も湧いて出るさ」

 凹む俺を見てギイがよく分からない慰めをしてくれた後、とにかく俺達は行列の横を抜けて裏口へ回った。

「バッカスさん。なんだかすごい人になって来ましたけど大丈夫ですか?」

 ノックをしながらそう言ってやると、ものすごい勢いで扉が開いた。



 はい、ここで大事な教訓です。

 外開きの扉の近くに立ってはいけません。

 そして中の人は、外に人がいると分かっているのに勢いよく扉を開いてはいけません!



 見事に開いた扉に揃って吹っ飛ばされた俺とギイを、後ろにいたオンハルトの爺さんが吹き出しつつも両手でしっかり確保してくれた。

「す、すまん……」

 鼻を押さえて揃って呻く俺とギイを見て、バッカスさんが申し訳なさそうに謝ってくれたよ。




「良いところに来てくれたよ。正直言って、思った以上の人が並んでいてどうしようかって相談していたところなんだ」

 中に入った俺達だったが、店にいたジェイドさん達が揃って困ったように俺を振り返った。

「だよな。さすがにあれだけの人数が一気に入って来たら店が壊れちまう」

 ブライさんの言葉に、皆困った顔をするだけだ。

「ううん、クーヘンの店の時ほどは並んでないけど、さすがに一気に入られると困るな。どうやって……」

 腕を組んで考えていてふと気がついた。

 冒険者っぽい人と、街の人達がほぼ半々だった事に。それはつまり、求めている品物も二種類って事だ。

 店を見回して大きく頷く。

「よし、これで行こう!」



 手を打った俺を見て、全員の視線が集まる。

「誰か一人、悪いけど商人ギルドへ行ってクーヘンの店の行列を整理するのに使ってた紐付きのポールを借りて来てくれないか。店を二つに分けよう」

 俺の言葉に全員が驚いて目を見張る。

「つまりこう言う事だよ。今並んでいるお客さん達は、武器を求めて来ている主に冒険者の人と、街の生活道具を求めて来ている人の二種類がいる。幸いな事に、この店はクーヘンの店よりもかなり広い。だから武器コーナーと生活用品コーナーを分けて別々に入って貰えばいい。行列している人達に確認して、武器の列と生活用品の列に分けるんだよ。それなら俺達も応援に入ればある程度は大丈夫だろうからさ。バッカスさんは注文のカウンターに入って個別の注文を……」

「いや、今日は個別注文は予約だけにして日を改めて来てもらうつもりだ。さすがに開店初日のこの人出では、落ち着いて相談も出来んだろうからな」

「確かに。じゃあそっちは任せるよ。ええと、予約票みたいなのはあるのか?」

 ニンマリ笑って分厚い台帳を見せてくれたので、そっちは任せておく。



「持って来ました! それからドワーフギルドにも連絡をして来ました! すぐに応援の人を回してくれるそうです」

 アイゼンさんとシュタールさんが、束になった紐付きポールの入った収納袋を抱えて戻って来た。

「ご苦労様です! じゃあここからここまで、まずは張ってください」

 店を分割するようにポールが立てられる。

「成る程。確かにこうして見れば、綺麗に分割出来るな」

 ハスフェルが感心したように呟き、ギイと揃って俺を振り返った。

「で、俺達はどこに入ればいい?」

「ええと、会計は誰にして貰えばいい?」

「俺かブライがする予定だったんですけど、全員数字には強いです大丈夫ですよ。」

 頼もしいバッカスさんの言葉に頷く。

「じゃあ、まずは二人会計に入ってください。ええと、武器の事ならハスフェル達も分かるよな」

「任せろ。じゃあ俺とギイはこっちに入るよ」

 二人がそう言って既存の武器の前に行ってくれた。扱い方の説明や、手入れの仕方なんかも彼らならバッチリだろう。

「じゃあ俺はこっちに入るよ」

 そう言ってオンハルトの爺さんが生活用品の方へ行ってくれる。それを見てブライさんが後を追った。

「俺は何をすればいい?」

 出遅れたジェイドさんが、困ったように俺の側に来る。

「じゃあ俺と一緒に外に出て行列の整理をお願いします。武器コーナーと生活用品コーナーに分かれて並び直してもらわないとね」

 頷き合って、残りのポールを持って外に出ようとしたところで商人ギルドとドワーフギルドから応援の人達が来てくれた。

 一気に人手が多くなったので、何人かは店に入って品出しや整理をお願いして、残りは二手に分かれてもらって行列の整理の手伝いを願いする。



 バッカスさんにもひとまず一緒に出てもらって、まずは先に挨拶をしてもらう事にした。

「皆様、おはようございます!」

 開いた扉の前に立ったバッカスさんが大きな声でそう言うと、騒めいていた行列の人達が一斉にこっちを見た。

「職人工房のバッカスでございます。早朝より多くの方にお越し頂き誠にありがとうございます。只今より、列を並び直しさせていただきます。店の中は武器の類の展示販売のコーナーと、生活用品の金物を中心にした品揃えの二種類になっております。本日は混乱を避けるために店を分割してそれぞれ別にお入りいただくように致します。大変申し訳ありませんが列の並び直しにご協力をお願いいたします」

 そう言って深々と頭を下げる。

「へえ、そりゃあありがたいね。私は武器は見なくていいからね。用があるのは生活用品コーナーだよ」

「それを言うなら、俺は武器コーナーだなあ。俺が鍋や包丁を買っても絶対使わないって」

 近くに並んでいた恰幅の良い女性がそう言って笑い、隣に並んでいた大柄な冒険者もそう言って笑いながら頷いてくれた。

「ご理解いただきありがとうございます。ではこちらへどうぞ」

 笑顔でそう言って店を振り返ったバッカスさんが一瞬言葉に詰まる。

 そこには大きなプラカードを持ったギルドの職員さんが二人扉の左右に並んで立っていたのだ。いつの間にか入り口部分の真ん中にもポールが立てられている。

 この店の入り口は両扉になっていてかなり広いから、左右に別れて二列でも余裕で入ってもらえる。

 その二枚の即席プラカードには、流暢な文字でそれぞれ大きくこう書かれていた。



『生活用品に御用の方はこちらへお並びください』

『武器の御用命とご相談はこちらへお並びください』と。



 あまりの手際の良さに、提案した俺の方が絶句したよ。

 今のわずか数分ほどでこれを用意したって事だよな?

 ドワーフの対応力と技術力、半端ねえっす!



 実を言うと、この時の俺の頭の中からは、さっきの草原エルフの彼女の事なんて綺麗さっぱり忘れ去ってました。

 順番に手分けして声がけをして行列のし直しを案内していた時、彼女に声をかけようとしたらガン無視されてさらに凹んだのは内緒だよ。クスン。

 ……まじで俺、何やったからこんなに嫌われてるんだろう?

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― 新着の感想 ―
[一言] この草原エルフの女性は、何故会った事も無いケンに嫌な態度を取っているのか? 理由も分からないまま、嫌な態度を取られるって気分良くないデスヨネ。(# ゜Д゜) ケンの嫌な予感が当たるんでしょう…
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