エルフとは
「そうだよな、ドワーフがいるんだからエルフだっているよな。ってか、草原エルフって何?普通のエルフとは違うのか?」
内心のファンファーレを必死に押さえつけつつ、俺は出来るだけ平然とハスフェルに向かって質問した。
「普通のエルフ?」
しかし、逆に不思議そうにそう聞かれて俺の方が困る。
「ええと……」
なんと説明したら良いのか困っていると、ギイが不意に手を打った。そして直後に頭の中にチャットルームが開くのが分かった。
『ああそうか。もしかして、ケンのいた世界にはエルフはいなかった?』
『おう、少なくとも言葉を喋って社会を築いているのは、俺みたいな人間だけだったなあ。エルフもドワーフも、ついでに言うと、普通の動物や昆虫などの様々生き物なんかは、それこそものすごい種類がいたけど、魔獣もジェムモンスターもいないし、魔法も存在しない世界だよ。彼らが存在出来たのは、お話、つまり小説や演劇などの創作物の中だけだよ』
『何度聞いても不思議な世界だな』
『確かに。それなら草原エルフを知らなくても当然だな』
ハスフェル達の納得する呟きが聞こえて、ちょっと笑っちゃったよ。彼らにとっては、俺のいた世界が不思議な世界なわけか。
『まあ、その話はまた今度な。それで、この世界ではエルフといえば草原エルフの事を示すわけか?』
もしかしてと思って聞いて見ると予想通りの答えが返ってきた。
『ドワーフは種族としては一つだが、エルフは二種族いる』
ギイが代表して説明をしてくれる。
『一つが草原エルフ。あの子のように小柄で華奢なのが多いが、見かけに騙されて迂闊に手出しをすると酷い目に遭うぞ』
にんまりと笑ってそう言われて、俺は首を傾げる。
『もしかして強いのか?』
『はっきり言って強い。華奢に見えるが動きは素早いし、そこらの冒険者なんかよりも力も強い。水と風の術に関しては最高位の使い手だ。それから癒しの術や光の術を使える者も多いな。弓矢を使わせたら最高の狩人でもある。耳と目も良いので、冒険者になるものもたまにはいるな』
その説明に感心する。めちゃめちゃ有能じゃん。仲間になってくれないかなあ……。
『草原エルフが住んでいるのは、殆どが西の端の山の裾野にある西方草原地帯だ。幾つかの集落があって、そこで自給自足の暮らしをしている。人との往来もある程度はあるので、言ったように住処から出て冒険者になる者がたまにいる程度だ』
『へえ、なるほどねえ。確かに珍しいわけだ。それじゃあもう一つのエルフは?』
『もう一つは森林エルフ。こっちは通称ハイエルフとも呼ばれる種族で、ケンタウルスと同様ほぼ自分達のテリトリーから出てこないので、人の間ではほぼ伝説扱いだな。俺達以外で森林エルフに会った事がある奴なんて、この世界に数人いるかどうかってとこだな』
『へえ……いや待て。今、当然のようにサラッと言われたけど、やっぱりお前らは会ってるわけか』
『まあな。ケンタウルスと同じで世界の理を知る種族でもある。俺達も何度か世話になった事があるよ。気難しいところもあるが良い奴らだぞ。それにエルフ族は皆長命だからな』
最後の言葉に、彼らの孤独を見た気がしてなんだか申し訳なくなる。
『ちなみに、ベリーの故郷がある北方の山岳地帯の裾野に広がる古代樹の森があるんだが、そこが森林エルフのテリトリーだ。まあ、お前ならきっと喜んで会ってくれるだろうから、機会があったら訪ねてみるといい。人の街とは全く違うから驚くぞ』
『へえ、そうなんだ。じゃあ機会があれば行ってみるよ』
念話でそんな話をしつつ行列を眺めていると、またどんどん人が増え始めた。大丈夫か、おい。
さっきの草原エルフの彼女は、小さいが目立っていて行列の中にいても見失う事は無い。
よく見ると耳の造形が確かに少し違っていて、人間の耳よりも細長くて尖っているように見える。
耳の穴の周りの部分は、人の耳よりも全体に大きく広がるようになっているので、耳はよく聞こえそうだ。
彼女は、小さな銀細工の花のピアスを耳たぶの下側部分につけている。
柔らかな薄茶色の髪は、グレイのようにポニーテールにしていてすごく可愛い。
そこまで観察していたら、いきなりその彼女と目が合ってしまった。
まあ、あれだけガン見してたら気配に敏感だったらそりゃあ気付くか。
仕方がないので、にっこり笑って手を振ってみる。
一瞬驚いたように目を瞬かせた後、急にムッとしたように口を尖らせてソッポを向かれてしまった。
「あ、嫌われてやんの」
面白がるようなギイの呟きに、俺は黙って後ろから膝カックンをしてやったよ。
膝から崩れ落ちるギイを見て、ハスフェルとオンハルトの爺さんが揃って吹き出す。
なんだか馬鹿馬鹿しくなって俺も一緒になって笑った。
仕事でなら女性とも平気で会話出来るんだけど、それ以外のプライベートになると一気に何を話したらいいのかさえさっぱり分からなくなる。
彼女いない歴イコール年齢の俺は今、ちょっと涙目になってます……。
「いきなり何しやがる!」
突然復活したギイが、いきなり俺の首を横から捕まえて拳でこめかみをぐりぐりし始める。
「痛い痛い! ごめんってば。待ってくれって! ギブギブ!」
丸太みたいな腕を叩いて必死で負けをアピールする。
何人かの冒険者達が、そんな俺達に気づいて大笑いしてるし。
「早駆け祭りの英雄達のお出ましだぞ!」
「ええ、従魔達は一緒じゃないのかよ」
「俺マックスのファンで〜す!」
大喜びでそんな事を言って、手をこっちに向かって振って笑っている。
「おう、応援ありがとうな!」
半分開き直ってそう言って手を振り返してやると、彼らは大喜びしてたよ。
その時、その声が聞こえたらしい草原エルフの彼女が俺を振り返った。しかし、その表情は眉間に皺を寄せて睨みつけんばかり。なにその目ヂカラ、美人が台無しっすよ。
「あれが早駆け祭りの英雄?」
何その、めっちゃ不審そうな顔は。
俺、貴女に何かしましたっけ?