朝食とバッカスさんの店へ行く
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
ショリショリショリ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きる。今日は起きる……」
いつもの如く、モーニングコールチーム総出で起こされた俺は、何とかそう答えると大きな欠伸をして起き上がった。
「うわあ、ケンが一度で起きるなんて一体どうしたの? 今日は絶対雨が降るよ」
シャムエル様の驚く声が聞こえて、俺は二度目の欠伸をしかけてて思わず吹き出して咽せたよ。
「ちょっ、何かそれ酷え言い草じゃね? たまには俺だって起きるよ」
まあ、自分で言っても説得力無い気がするけど、何かのイベントがある日だけ起きられる辺り、我ながら遠足前の子供みたいでおかしくなってきた。
「ええ、私達がご主人を優し〜く起こしてあげたのに」
「そうよそうよ。私達のお仕事取らないでください」
お空部隊の抗議に、俺は笑って一匹ずつ捕まえておにぎりの刑に処してやった。
それから、タロンとフランマに始まり他の従魔達も順番に撫でたり揉んだりもふったりしてスキンシップを大いに楽しんだよ。
顔を洗いに水場へ行き、スライム達を水槽に放り込んでから、大喜びで飛んできた水浴びチームに両手で二段目の水槽の水をすくって思いっきりかけてやった。
びしょ濡れになった俺と周りを最後にスライム達に全部綺麗にしてもらってから、部屋に戻って手早く身支度を整える。
「確か、10時くらいの開店予定だって言ってたなあ」
剣を剣帯に取り付けたところでハスフェルから念話が入った。
『おはよう。もう起きてるか?』
「おう、おはようさん今朝はちゃんと起きたぞ」
つい口に出して応えてから、それに気付いて一人で笑ってるとギイとオンハルトの爺さんの笑い声が念話に混じった。
『よしよし。それじゃあ、今朝は久し振りに屋台で食うか』
『ああ、良いなあ、じゃあ行こう』
『それならそのままバッカスの店へ行くから、従魔達には留守番しててもらうか』
『そうだな。じゃあベリーに面倒見ててもらうよ』
『おう、じゃあ廊下で待ってるよ』
念話が途切れて顔を上げた俺は庭を振り返った。
勝手に庭への扉が開きゆらぎが部屋に入って来て、俺の目の前でベリーとフランマが姿を表す。
「そうですね。開店初日の人出がどの程度なのか分かりませんからね。従魔達は置いて行くべきですね」
「街の人達は残念がるだろうけどな」
顔を見合わせて笑い合う。
「もしも何かあれば、いつでも念話で呼んでくださいね」
「あはは、それは怖いからやめてくれって。もう騒動はこりごりだよ」
顔を見合わせてもう一度笑った後、果物を箱ごと色々と取り出して多めに渡しておき、鞄にアクアゴールドだけを入れて部屋を出て行った。
廊下でハスフェル達と合流して、そのまま近くの広場の屋台へ向かう。
シャムエル様にはタマゴサンド、自分用には白身魚のフライが丸ごと入ったフィッシュバーガーと串焼き肉を買い、マイカップにたっぷりとコーヒーを入れてもらう。
広場の端で、のんびり食べていたら時折俺に気付いて声をかけてくれる人がいたりして、愛想笑いを振り撒きつつ食事を終えた。だけど、マックスを連れていないと意外に誰も気が付かないんだって事が分かってちょっと面白かったよ。
それから、シャムエル様が食べたそうにしていたので、近くの屋台で売っていたクレープみたいなのを一つ買ってやった。クレープの間に、生クリームっぽいのとカスタード、更には小さく切った果物が色々巻き込んであるらしい。朝からボリュームタップリですなあ……。
俺はさすがに朝からこれは無理なので、普通のカットフルーツを買って横に置いてあった椅子に座ってのんびりとデザートまで楽しんだ。
「さて、それじゃあそろそろ一度バッカスさんの店の様子を見に行くか。一応差し入れのサンドイッチとサイドメニューの盛り合わせは用意してあるもんな」
残りの、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干してカップは鞄に放り込む。
アクアゴールドが鞄の中で上手にキャッチして一瞬で綺麗にして飲み込んでくれた。
ハスフェル達も食べ終わったみたいなので、そのまま歩いてバッカスさんの店へ向かった。
「おお。クーヘンの時程じゃないけど、行列が出来てるじゃんか!」
見ると、店の前にはすでに三十人近い人が並んでいて、まだまだ増えそうな感じだ。
半分は明らかに冒険者っぽい人で、残り半分は街の人達。冒険者はほぼ男性だが、街の人は男女は半々って感じだ。
その並んでいる冒険者の中に、一人だけ女性を発見した。
明らかに戦士スタイルなんだけど、ちょっと大丈夫かってくらいに小柄で華奢な体格。かなり若く見えるけど、さすがに十代って事は……ないと思いたい。
仮に女性であっても、東アポンのギルドマスターのディアマントさんくらいの体格があれば充分戦士として活躍出来るんだろうけど、並んでる彼女は俺から見てもかなり危なっかしそうだ。しかも、ソロっぽい……。前後に並んでる冒険者の人達も気になってるみたいだけど、チラチラと横目で見ては顔を見合わせて苦笑いしているだけで、特に声をかけたりからかっていじめたりする様子は無い。
腰に下げているのは、たぶん中剣って呼ばれる俺達が使ってるのに比べたらかなり短めの、初心者が主に使う剣だ。
長さがあまりないので鉄や鋼の剣でも重さもそれほどじゃないし、乱戦になっても取り回しがしやすいのが利点だ。しかし、刃渡りが短いって事はそれだけリーチも短くなる。それほど凶暴じゃない草食系や小型の昆虫のジェムモンスター程度なら相手に出来るが、大型の昆虫や犬科や猫科のジェムモンスタークラスになると、中剣ではちょっと普通は太刀打ち出来なくなる。
なので中剣は、ほぼ初心者の剣と言っても過言ではないらしい。
「おいおい、また毛色の変わった珍しいのが一人混じってるな」
苦笑いするハスフェルの呟きに、俺は思わず振り返る。
「あの小柄な女性か?」
「ああ、そうだよ。あれは俺も久し振りに見たな」
何やら含んだ言い方に首を傾げる。
「ええと、どういう意味だ? 人間に見えるけど、実はクライン族とか?」
小柄なクライン族の中では大柄な人なら、多分あれくらいになるんじゃないだろうか?
そう思って言ったら、行列を眺めていたハスフェルとギイが揃って振り返って首を振った。
「違う。あの小柄な女性は、草原エルフだよ」
エルフキター!
内心でガッツポーズをした俺の脳内では、高らかにファンファーレが鳴ってたんだけど……俺は間違ってないよな。