将来の話
『おいおい、何だか美味そうなもの食ってるじゃないか』
味見用の栗を食べ終えて追加を取り出したところで、頭の中に笑ったハスフェルから念話が届いた。
『おう、食べるならどうぞ。まだ一回しか焼いてないから少ししかないけどさ』
『せっかくだから味見に参加させてくれ』
『おおい、俺も参加させてくれよ』
笑ったハスフェルとギイの声が届き、念話が途切れる。
「残念。独り占めしようと思ったけどバレちゃったよ。じゃあ二回目も仕込んでおくか」
そろそろ出来上がりそうな茹で栗の様子を見ながら、厚手のフライパンをもう一つ取り出して焼き栗を仕込む。
「ご主人、虫入りはどうする?」
フライパンに蓋をしてから茹で栗の様子を見ようとした時、サクラが穴の空いた栗を見せながらそう聞いてきた。
驚いて振り返ると、お椀にいっぱい分くらい取り分けてある栗を触手で指している。
「おお、もしかして虫入りって分かるのか?」
「うん、分かるよ。だって、これはご主人が食べても美味しくないでしょう」
当然のようにそう言われて、ちょっと笑ったよ。
「ありがとうな。じゃあそれはお前らなら食える?」
「もちろんです!」
スライム達が一斉に伸び上がって返事をする。どうやら食べたかったらしい。
「あはは、ええと茹でなくても……大丈夫みたいだな。おう、じゃあ虫食いは全部進呈するから、遠慮なく食べちゃってくれるか」
「わあい! いっただきま〜す!」
まるでシャムエル様みたいにそう言うと、アクアゴールドに合体して穴の空いた栗を次々に飲み込み始めた。
「そっか、アクアゴールドになってたら、食べたものは公平に分配されるって言ってたな」
何やら嬉しそうなその様子を見ながら、笑ってまたフライパンを揺すった。
ハスフェルとギイが来たので、収納していた焼き立ての栗を出してやる。
「ええと、アクアゴールド。これ三時間くらいおいて冷ましてくれるか」
あっという間に虫食い栗を完食したアクアゴールドに、茹で終わった栗を鍋ごと渡して冷ますようにお願いしておき、俺も食い尽くされる前に自分の焼き栗を確保する。
ちなみにシャムエル様の目の前にもたっぷり置いてやったんだけど、すでに四個目に突入してたよ。
まさかのシャムエル様も栗好きだった模様。ううん、もう一回追加をお願いしてもいいかもしれない。
備蓄が無くなったら拗ねそうだよ。
「バイゼンでは、冬には広場に焼き栗の屋台が出てるぞ。もっと大粒で甘いから、ケンがバイゼンヘ行ったら大喜びしそうだな」
シャムエル様だけじゃなく俺も栗が好きだって話をしたら、焼き栗の皮を剥いていたハスフェルから聞き逃せない話を聞いた。
何でも、バイゼンの南東に広がる森林地帯の中には元々野生の栗の群生地があったらしく、今では人の手が入ってさらに増えて、森の一部は開拓されて見渡す限りの栗畑になっているらしい。
その、バイゼン産の大粒の栗は、王都でも大人気なんだってさ。
それにバイゼンから出る街道を南に下ったところにあるウォルスって街は、そのバイゼン産の栗を使った保存の効くお菓子を作る専門の職人さんが大勢いるらしい。毎年その殆どが王都へ出荷されてるんだって。
「何それ! 今すぐバイゼンヘ行きたい!」
目を輝かせる俺の叫びに二人が笑う。
「まあこの後は、当初の目的地のバイゼンヘようやく行けそうだからな。きっと面白いと思う事がたくさんあるだろうから楽しみにしているといい」
「おう、思いっきり期待してるよ。本当に気に入ったら。マジで予算は潤沢にあるから、以前シルヴァ達と言ってたみたいに、郊外に皆で住めるように大きな家を買ってもいいかもな。まあ、彼女達は早々は来られないみたいだけどさ」
「おや、俺達を呼んでくれるのか?」
「何だよ。嬉しい事を言ってくれるじゃないか」
笑った俺の言葉に、驚いたようにハスフェルとギイが揃って振り返る。
「だって、二人とも根無草なんだろう?」
顔を見合わせた二人は、苦笑いしつつ頷く。
「俺達の場合は、長期間同じ場所にいると地脈に影響を及ぼす可能性があるからな。だからそもそも定住するって発想自体が無いんだ」
「何だよそれ。ええと……確か地脈って、俺が来た事で回復したって言うアレだよな?」
六個目を手に取っていたシャムエル様が、振り返って頷きハスフェル達を見る。
「そうだよ。彼らの場合は普通の人の子とは保有している生命力が違い過ぎるんだ。そんな彼らが長期間に渡って同じ箇所に滞在すると、地脈の方が彼らに惹かれて集まってきちゃうんだよ。そうなると、当然地上に供給されるマナの力が増えて、そこにいる生き物達に影響を及ぼす可能性がある。もしもそんな事になったら最悪の場合、そこに樹海の再現! なんて事にもなり兼ねないからねえ」
あまりの予想外の話の展開に、のんびりと話されるその内容が頭に入って来ない。
「待て待て。それじゃあこんなに同じ街に泊まってたら駄目じゃんか! ええ、どうすりゃいいんだよ!」
パニックになる俺を見て、栗を置いたシャムエル様が一瞬で俺の右肩に現れる。
「大丈夫だから落ち着きなさい。この場合の長期間ってのは百年くらいって意味だって。二、三十年くらいまでなら問題無い無い」
「あ、そうなんだ」
納得して彼らを振り返る。
「そんなわけだから、俺達自身がわざわざ家を買うなんて事は考えなかったんだよ。だけどケンが俺達も泊まれるような大きな家を買ってくれると言うのなら、俺達も喜んで協賛するぞ」
「いやいや、おかげで予算は潤沢すぎるくらいにあるからそっちは大丈夫だって」
慌てて首を振りながらそう言い、また机に戻ってせっせと栗の皮を剥き始めたシャムエル様の尻尾を突っついた。
「じゃあ、それはバイゼンヘ行って実際にこの目で見てから考えるよ。実を言うと、ここにも家くらい買ってもいいかと思い始めてるんだよな。家ってか別荘みたいな感じでさ。早駆け祭りの時だけ戻ってきて住む、みたいな」
「ああ、良いんじゃないか。エルやアルバンはお前がここに家を買うと言ったら大喜びしそうだ」
「だけど留守にするのは心配だよなあ」
「それならマーサさんに正式に頼んで、留守の間の空き家の管理をして貰えばいい」
「何それ、そんな事してくれるんだ?」
驚く俺に、ハスフェルがにんまりと笑う。
「この街には、王都から早駆け祭りの時だけ泊まりに来る貴族達の別荘地があるんだ。屋敷に常時人を置いているような大貴族は別だが、それなりの身分の場合はそこまでの予算はつけられない。なので、彼女の経営している不動産屋の一つに屋敷の維持管理を依頼するわけだ」
「へえ、マーサさん凄い」
「何なら彼女に相談してみればいい。ここの別荘地なら治安も良い。確かにケンなら、この街に別荘の一つくらいは持っていても良いかもな」
そんな話を聞いていたら、何だか冗談抜きで欲しくなってきた。
「良いねえ良いねえ。それなら、家はそんなに広くなくて良いから、庭が大きな家がいいな。従魔達がゆっくり寛げるようにさ」
麦茶を飲んだ時、突然頭の中に懐かしい声が響いた。
『是非買いましょうよ〜! 私達も協賛するからさ!』
そして瞬時に目の前に積み上がる大量の金貨の入った袋の山。
驚きのあまり、飲んでいた麦茶を吹き出した俺は悪く無いと思う……。