買い物と秋の味覚!
「はあ、飲んだ翌日の朝に、何もしていないのに温かいお粥が用意されているなんて、幸せすぎます……」
四杯目の卵雑炊もどきを食べながら、バッカスさんが感極まったようにそう呟く。
「次からは自分でなんとかしてくださいよ」
えび団子入りお粥を食べていた俺が呆れたように笑ってそう言うと、顔を上げたバッカスさんがちょっと考えてキッチンのある方を向く。
「分かりました。ではケンさんを見習って、私も屋台で定期的に粥を買って来て食材用の時間遅延の収納袋へ入れておきます」
「ああ、いいなそれは。それならここで遠慮なく飲めそうじゃわい」
ジェイドさんの大声にドワーフ達が揃って笑う。
それって何かが根本的に間違ってる気がするけど、皆楽しそうだから別に良いって事にしておく。
「店の開店は明日からなんですよね。今日は何をするんですか?」
店にはもう、商品が所狭しと並べられている。
過去にバッカスさんが作って保管してあった武器各種や、ドワーフギルドを通じて仕入れた日用使いの刃物類と金具や釘などの金物類。
そして個別対応するカウンター奥の壁には、別注用武器の素材見本であり店の象徴として堂々と飾られた、巨大なヘラクレスオオカブトの大小の角。
あの飛び地で確保した素材は、どれも通常に出回る素材よりも遥かに大きく質も良いらしく、噂を聞きつけた上位冒険者達から既に複数の問い合わせが来ているらしい。
「そう言えば、この店の宣伝とかって何かしてるんですか?」
一つ残った海老団子を目を輝かせて空になったお椀を差し出すシャムエル様に渡しながら、俺はバッカスさんを振り返る。
クーヘンの時には、早駆け祭りに出た彼自身がある意味広告塔みたいなものだった。なので開店前から、早駆け祭りに出ていたクライン族が店を開けるんだって。って噂がかなり広まってたからあんな大騒ぎになったわけだ。
「ああ、その話はクーヘンから聞きましたよ。大変だったらしいですね。ですが、ここはそもそも武器屋兼金物屋ですからね。そこまでの大騒ぎにはなりませんよ」
確かにハサミや包丁なんかは日常生活に必須の道具ではあるが、消耗品とは言えそれほど頻繁に買い換えるようなものではない。包丁研ぎも受け付けるらしいけど、これも毎日店に持って来て頼むような物でもない。
確かに、オープン当初のクーヘンの店のような大行列が出来るとは考えられない。
「今日は、まだ出していなかった高額の武器を展示します。主にジェイド達が持って来てくれた武器なんですが、どれも素晴らしく良い出来なんですよ。低価格帯の剣やナイフ、槍などの武器を中心に、初心者の冒険者向けの展開にする予定でしたが、ジェイド達が来てくれた事で、上位冒険者の個別の無茶な注文にだって充分応えられる余裕が出来ましたからね。高額な武器の販売も頑張る事にしました」
目を輝かせるバッカスさんの言葉に、俺達は思わず揃って拍手をしたよ。
ちなみに、ドワーフ仲間のブライさんは皮細工もかなり出来るらしく、皆が作る剣やナイフに合わせて鞘を作ってくれるんだって。
剣帯なども簡単に作れるから、希望者には剣と併せて販売する予定らしい。
確かに、刃物には鞘も当然だけど必要になるからな。
オンハルトの爺さんによると、彼らが作った武器の数々はどれもかなり出来が良いらしく、目の肥えた上位冒険者であっても満足出来るとの事だった。
鍛治の神様がそう言うんなら、この店の将来は心配なさそうだね。
朝昼兼の食事の後は、バッカスさん達とオンハルトの爺さんは揃って店の準備に行ってしまったので、俺達は一旦宿泊所へ戻る事にした。
「レース前のホテルで作ったのと、それ以外にもちょくちょく作ったのがあるけど、追加の料理ももう少ししておきたいな。あと果物の追加を買わないと、そろそろ在庫が少なくなってきてるのがあるぞ」
サクラから果物の在庫を聞いてちょっと焦る。果物はベリーやフランマをはじめ、主食にしている子達がいるので絶対に切らすわけにはいかない。
って事で帰りに俺だけ皆と別れて市場へ寄って、果物を色々と買い漁った。
最初は遠慮しつつ確認してからまとめて買っていたんだけど、どの店も大喜びで売ってくれたよ。なんでも祭りが終わった後はどうしても人出が減っているらしく、特に冬を前にしたこの時期には、保存の効かない果物のまとめ買いは大歓迎らしい。
それから今回、見つけて嬉しかったのが期間限定で市場に出店していた栗の専門店だ。何種類もの栗を前にして、そりゃあもう俺のテンション上がりっぱなしだったね。
大喜びでありったけ買い込み、さらには追加で大量の別注をしてギルドの宿泊所への配達もお願いした。こういう短い時期にしか手に入らない季節のものはしっかり確保しないとな。
実は俺、焼き栗とか茹で栗って大好きなんだよ。
それに師匠のレシピを流し見した時に、栗の甘露煮のレシピを見た覚えがあるので是非ともチャレンジしてみたい。
買い物を終えて宿泊所へ戻った俺は、早速焼き栗を作ってみる事にした。主に自分が食べたかったからだ。夕食にはまた肉でも焼いてやるつもりだよ。
「ええと、要は爆発しないように栗に切り目を入れてフライパンで炒ればいいだけだからな」
切り目を入れるのはいつもの如く、一つやって見せただけでスライム達が一瞬でやってくれた。ちゃんと実を切らないようにお願いしたら完璧な仕上がりだったよ。
相変わらず、俺のスライム達が優秀すぎる。
切り目を入れた栗を厚手のフライパンにぎっしりと並べて、蓋をして中火にかける。
時々フライパンを軽く揺すったりしながら、全部で20分ぐらいかけてじっくりと火を通してやる。こうすれば甘みが増して美味しくなるんだよ。
アウトドアにハマっていた時に、スキレットと呼ばれる鋳物の一人用フライパンで栗は何度も焼いた事があるので、焼き栗の作り方はよく知ってる。
ちなみに、俺は世間の人達がこぞって行く真夏のキャンプよりも、秋のキャンプが一番好きだったね。
気温も快適だし、蚊や蠅などの嫌な虫も少ないし、途中で地元の道の駅や直売所へ行けば新鮮な季節の食材も豊富。秋のキャンプはお勧めだよ。
それに川の水の温度って、実は外気温よりも遅れて来るので秋の川の水温は意外に高い。なので、一人でのんびりと川に入ってフライフィッシングを楽しんだりもしたよ。
栗に火が通ったら、一度ひっくり返して反対側にも軽く焦げ目を入れたら焼き栗の出来上がりだ。
これは熱いうちに食べるのが絶対におすすめなので、味見用をいくつか取り出して残りは一旦収納しておく。
それから、別の鍋で茹で栗もたっぷり作っておく。これは、たっぷりの水を入れた鍋に栗を入れて塩を少々。40分程度かけてコトコト煮込めばいいだけだ。
茹で上がったら、そのまま水につけた状態で冷ませば、しっとり茹で栗の出来上がりだよ。簡単簡単。
ハスフェル達がどれくらい食べるかは分からないけど、栗は俺が食べたいから手に入るだけ買うよ。
机の上で目を輝かせて俺の作業を見ていたシャムエル様が、焼き栗が出来たのを見て小皿を手に踊り始めた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
最後はバック転のように、くるっと後ろ向きに空中で一回転して決めのポーズ!
「おお、お見事〜!」
笑って拍手をしてやり、焼きたての焼き栗を見せる。
「皮は剥いた方がいいか?」
「大丈夫だから、そのままください!」
キラッキラに目を輝かせながらそう言われて、笑って一番大きそうな栗を渡してやる。
「わあい、美味しそう!」
器用に手と口を使ってあっという間に皮を剥いてしまったシャムエル様は、目を細めてそれは嬉しそうに栗を齧り始めた。
「これは、そのまんまリスって感じだな」
いつもの肉食リスから急に普通のリスになったみたいに見えてきて、俺は笑いを堪えながら自分の栗の皮をせっせと剥いていたのだった。




