開店準備とヘラクレスオオカブトの剣
「……とまあそんな訳だから、クーヘンなら大丈夫だとは思うけど、一応心がけておいてくれるか」
白ビールを飲みながら俺は、クーヘンに捨てられた従魔達が辿る運命を知らせていなかった事を思い出してちょっと慌てた。
それでまあ酒を飲みながらだけど、さっきランドルさんに話したのと同じ事を一通り話して聞かせた。
最初のうちは機嫌良く半分酔っ払いながら聞いていたんだけど、すぐに真顔になって俺の話をしっかりと聞いてくれた。
「まさかそんな事になるとは……話してくださってありがとうございました、ケン。私もこの場で誓いましょう。この命尽きるまで、私がテイムした子達とはずっと一緒です。大事に、大事にします」
持っていたグラスを捧げるようにして持ち、真剣な口調でクーヘンはその場で宣言してくれた。
視線を感じて振り返ると、マーサさんまでが泣きそうな笑顔で持っていたグラスを捧げていた。
「ケンさん。もちろん私も大切にしますよ。今ではもう、あの子無しの生活なんて考えられませんからね」
「あの、俺も聞こえたので……」
バッカスさんも、持っていたグラスをそっと掲げた。
「あれ? バッカスさんは従魔は持ってないですよね?」
皆が真剣に俺の話を聞いてくれたことは嬉しいんだけど、バッカスさんまでがグラスを捧げてくれてちょっと戸惑う。
「ああ、バッカスには後で俺がスライムをテイムして、店の掃除用に一匹贈る約束をしているんですよ」
俺の戸惑いに気づいたランドルさんがそう教えてくれて納得したよ。あのピカピカになった店を見たら、そりゃあバッカスさんだって欲しくなるだろう。
「じゃあ、頑張ってテイムしてやらないとな」
顔を見合わせた俺達は、拳を突き合わせて笑い合った。
それから後は、色付きの子達をどこでテイムしたかって話で盛り上がったよ。
その時に俺が具体的な数は言わなかったけど、テイムしすぎて心臓が止まりかけた話をして二人を青ざめさせたのだった。
うん、あれはマジで怖かったので俺ももう絶対やりません!
その日はかなり遅くまでのんびりと飲んで過ごし、深夜を過ぎる少し前にようやくお開きになったのだけど、あれだけ飲んでいたにも関わらず、誰一人足元がおぼつかなくなる事も無く帰っていったよ。
俺は後半はかなりセーブして飲んでいたから大丈夫だったけど、間違いなくあのメンバーの中では俺が一番酒に弱いって事が判明したね。ヘイル君やスノーさんより弱いって……。
べ、別に泣いてないやい!
翌日から、バッカスさんは商人ギルドで行われる店を始める人向けの講習会へ出掛け。その間にジェイドさん達は手分けして、実は意外と売れる釘や針金などの消耗品の仕込みを始めたそうだ。
今回は俺達に手伝えそうな事は特には無さそうなので、やったのは食事を定期的に差し入れしたくらいだ。
後は、店の準備を手伝ってるランドルさんの従魔達を預かって従魔達の食事を兼ねた狩りに出かけたり、天気の悪い日は宿泊所でまた大量の料理を作ったりして過ごした。
ちなみに、ジェイドさん達は最初のうちはドワーフギルドが紹介している宿屋に泊まり、仕事の合間に交代で住む所を探したらしい。これもマーサさんが大活躍してくれて、無事に彼らにも店の近くにそれぞれ住むところが決まったそうだ。
バッカスさんの店はクーヘンの店よりは小さいが、住居部分には空いていた部屋が幾つかあったので、一つは当初の予定通りにランドルさん用にして、それ以外に泊まり込みでの作業の際のジェイドさん達用の共同部屋も急遽用意されたらしい。
何でも、それこそヘラクレスオオカブトの剣などの大物の武器作りの際には、数日かけて炉の火を落とさずにずっと作業を行ったりする事もあるそうなので、泊まり込みは必須。なのでそのための仮眠用の部屋らしいよ。
そしてもちろん、バッカスさん達もあの飛び地でヘラクレスオオカブトを始めとした、あの貴重なジェムモンスター達の素材を複数確保している。
これは二人の間で相談した結果、素材で武器の材料になる物は、ランドルさんが個人的に手元に持っておきたい分以外は全てバッカスさんに譲り、ランドルさんは換金しやすいジェムを主に貰ったらしい。
収納袋から次々に出てくる、飛び地で確保した貴重な素材の数々を目の前にした時のジェイドさん達の狂喜乱舞っぷりを横で見ていて、俺はちょっとバイゼンヘ行くのが本気で楽しみになったよ。
「あれ、ちょっと待てよ……」
その話を聞いて、俺はふと思った。
別に、ここでヘラクレスオオカブトの剣を作ってもらっても良いんじゃね?って。
レスタムの街で知り合った革工房の職人のフォルトさんの親友で、武器職人のフュンフさんだっけ。バイゼンでその人を探すつもりだったけど、その人物が今もバイゼンにいるかどうかも分からないもんな。別に急ぐ旅でなし。せっかくだったら知り合いに作ってもらいたい。
そう考えて、俺はオンハルトの爺さんの腕を引っ張って端っこに移動する。
今いるここは、明後日が開店予定のバッカスさんの店の奥にあるスタッフの控え室だ。
「なあ、せっかくだからヘラクレスオオカブトの剣をここで作ってもらってもいいかと思うんだけど、どう思う?」
俺には武器作りなんてさっぱり分からないから、ここは専門家の意見を聞くのが一番だろう。
しかし、内緒話のつもりだったけど、ヘラクレスオオカブトって言葉に反応したバッカスさんをはじめとしたドワーフ軍団が、俺の目の前に文字通りすっ飛んで来た。
「待て待て。今聞き逃せぬ言葉が聞こえたぞ。ケンさんはヘラクレスオオカブトの剣を作る予定なんですか!」
「近い近い! 落ち着いてくださいって」
むさ苦しいドワーフ一同にこれ以上近寄れないくらいまで迫ってこられて、俺は某スケート選手の○ナバウアーのように仰反る。
「ええ、そのつもりなんですけど……元々、この後にバイゼンヘ行くつもりだったので、そこで防具と一緒にまとめて注文するつもりだったんですけれどね。せっかくだから……」
「ちなみにお聞きしますが。職人の当てはあるんですか?」
バッカスさんに真顔でそう聞かれて、何とか体を起こした俺は苦笑いして頷く。
「以前、レスタムの街で知り合った革職人の親友の方にお願いするつもりだったんですけど、俺は直接その方を知ってるわけではないです。一応、アルバンさんからもギルドの紹介状をいただいているので、まあもしその方がおられなくても何とかなるだろうとは思ってたんですけど、せっかく知り合ったのもご縁だし……」
「ちなみに、その方の名前は?」
真顔のバッカスさんの質問に、不思議に思いつつ答える。
「ええと、確かフュンフさんって方だと聞きましたよ。腕の良い武器職人だって」
「剣匠のフュンフ殿に伝手があるのか!」
すぐ側で聞いていたジェイドさんの叫ぶような声に、ドワーフ達だけでなくランドルさんまでが揃って目を見開く。
「それは、それは失礼を致しました。さすがは超一流の魔獣使いですな。我ら如きに頼むのではなく、それはどうぞバイゼンで剣匠フュンフ殿にご依頼ください。きっと良き剣を打ってくれましょう」
「ええと、知らなかったけど、有名な方なんですか?」
その質問に揃って、この人何言ってんだ? みたいな目をされた。どうやら、業界では知らぬものが無いくらいの超有名人だったらしい。
だって、この世界の職人の情報なんて、異世界人の俺には欠片も無いって。
呆れたようなドワーフ一同の視線の集中砲火を浴びてしまい、とりあえず誤魔化すように笑った俺だったよ。




