旅の食事と昼寝タイム
街道の端を、一列になって少し速足で駆けて行く俺達を、周りの人々は皆明らかに避けている。中には、悲鳴をあげる人までいたよ。さすがにマックス達に慣れてくれていたのは、街の商売人などのごく一部の人だけだった模様。
久し振りの、あからさまなリアクションの数々に、だんだん俺は悲しくなってきた。
「これって、俺達は街道を行かない方が良いかもな。ってか、ギルドマスターにでも聞けばよかったな。チェスターの街までって、どれくらいかかるのかとかさ」
思わずそう呟いた俺は、右肩に当然のように座っているシャムエル様を見た。
「なあ、ちょっと質問なんだけどチェスターの街までってどれくらい掛かるんだ? いやその前に、そう言えばこの世界って、距離の単位は?」
「距離の単位? ああ、リュートとリルだね」
「単位は二つなのか?」
「そうだよ。1リュートは、ケンに分かるように言ったら丁度1メートルだね。で、1000リュートが1リルだよ」
「成る程、1リルは1キロな訳だ。あれ? じゃあ1リュート以下は?」
「半分……後は適当、かな?」
「つまり、50センチが丁度半リュート。で、それ以上やそれ以下は、適当ってか?」
「服を作る人や、大工などの職人達なんかは、それぞれの業界で通じる独自の単位を持ってるね。それ以外って、そこまで細かい単位は必要無いんだよ」
製図が必要な人は独自の単位を使ってるんだとしたら、まあ、確かにそれ以外は適当でも何とかなるのかもな。
若干納得出来ない部分もあったが、逆に重さの方が気になった。
「重さは?」
「あ、そっちはかなり細かいよ。1ベルツが1グラムで、千ベルツが1ブルク、一キロだね」
「小麦粉の袋に、こっちの文字で1Bって書いてあったのは、1ブルクって意味だったのか」
「知ってると思ってた。ごめんね。確かに説明してなかったね」
シャムエル様の、この適当さにももう慣れたよ。うん別に困ってないから良いです。
「で、話は戻るけど、チェスターの街までって、どれくらいあるんだ?」
シャムエル様にもらったあの地図、何度か見ていて思ったのが、長さの縮尺図が無かったんだよ。
世界地図なら、百キロがどれ位とかって、距離を書いた目安の直線が地図の端に書いてあるんだが、あの地図にはそれが無かった。だから、この世界がどれくらいの大きさなのかがさっぱりわからない。
チェスターの街まで一日で行けるんなら、案外この世界は狭そうだし、一ヶ月以上も掛かるようなら、世界はそれなりに広い事になる。
「マックスを全力で走らせ続けたら、相当世界は狭くなると思うけど。馬を基準にして、チェスターまで40日ぐらいだね」
「馬って、1日どれくらい移動出来るもんなんだ?」
「大体、1日で50から60リルくらいって言われてるね。軍や商人が走らせる早馬なんかは、疲れた頃に新しい馬に乗り換えて走るからもっと早いけど、まあ普通の人は大体それぐらいだよ」
「それなら、歩きなら大体20から30キロってとこか。まあ大体そんなもんだろう。ってなると、かなり広いな、この世界」
納得した俺は、さっきからずっと俺達から異様に距離を取っている徒歩の通行人や、馬に乗って、黙ったまま異様にこちらを気にしている冒険者達に、だんだん腹が立ってきた。
可愛いんだぞ、こいつらは!
「なあ、ちょっと街道から出るぞ。そんなに遠いんなら、街道沿いをのんびりと移動しながら、狩りでもしている方がまだマシだよ」
マックスにそう声を掛けて街路樹の隙間から、一気に外に飛び出した。すぐ後を離れずにニニが続く。
どうやらマックス達も鬱屈していたようで、放たれた矢のように一気に走り出した。
しばらく好きに走らせてやり、かなりの距離を移動して見掛けた、綺麗な小川の横にある林の近くで止まってもらった。
「じゃあ、お前らは順番に狩りに行ってこいよ。俺はここらあたりで昼飯にするからさ」
まず、マックスが俺を下ろして嬉しそうに走り去った。ファルコも一声鳴いて飛び去っていった。
ニニは川の横の日の当たるなだらかな草地で、気持ち良さそうに転がっているし、その隣では、タロンとセルパンも元の大きさに戻って、同じく気持ち良さそうに揃って伸びているのを見て、俺は小さく吹き出した。
「女の子組は、皆仲良く甲羅干し中だな」
「男子もいますよ」
その声に振り返ると、ニニの横でベリーも転がってた。しかもいつの間にか魔法を解いて姿を現しているし。大丈夫なのか?
日向ぼっこする皆は放っておいて、俺は林の近くの日陰でサクラに机と椅子を出してもらい、昼飯の準備をする。
コーヒーは、久し振りにパーコレーターで淹れる事にした。しっかりと沸かして濃いめのコーヒーを用意して、ミルクをたっぷりと入れてオーレにしてみた。
ちぎった野菜と食パン、マヨネーズ。それからチーズ入りトンカツを一枚取り出して、手早くカツサンドを作った。
チーズカツサンドを半分に切って、フライドポテトも少し取り出して横に添えれば、簡単豪華ランチの完成だ。
うん、メインを準備しておくと、旅の途中の食事はこんな風に楽出来るよな。
座って手を合わせて、大きな口を開けてまずカツサンドを食べる。食べる、食べる。自分で作って言うのも何だが、めっちゃ美味しい。
うん、チーズ入りトンカツで作るカツサンド、絶品だ。
半分食べたところで、机の上で、嬉しそうに手を伸ばすシャムエル様と目が合った。
「あ、じ、み! あ、じ、み!」
はいはい、じゃあちょっとだけお裾分けだな。
ナイフで、真ん中のチーズがたっぷり入ったところを少しだけ切り取って渡してやった。
両手で受け取り、嬉しそうに齧り始めた。
「パンと一緒だと、より美味しいね」
目を細めて食べるシャムエル様は、本当に幸せそうで、見ている俺まで和んじまったよ。
あっという間に完食した俺は、残りのオーレを飲みつつ、よく晴れた空を眺めた。
「そういえば、ここへ来てからまだ一度も雨って降っていないな。まあ、旅をしてればそのうち当たるだろうけどさ」
大きく欠伸をした俺は、最後のオーレを飲み干してから、手早く後片付けをして、全部まとめていつもの如くサクラに飲み込んでもらった。
「俺もちょっとだけ昼寝な」
丸くなるニニの腹に潜り込む。気付いたニニが、足を伸ばしてくれたので、以前のように足に乗って腹の上に凭れるようにして横になった。
俺の腹の横にアクアとサクラが飛び乗って来て、なんとなく二匹とも少し全体に伸びた感じになった。リラックスしたんだろう……多分。
サクラを撫でてやり大きく伸びをした俺は、もふもふの腹毛に顔を埋めて木々のざわめきを聞きながら目を閉じた。
別に急ぐ旅で無し。
のんびり行くと決めたんだから、サラリーマンなら出来ない、時間を決めない食後の昼寝も良いんじゃ無いかと思っただけなんだって。
まさか、あんな事になるなんて思わなかったんだよ。
だって、今いるここって、街道からはるかに離れた森を抜けた先にある山の麓なんだぞ。
周りに人の気配は一切無いってシャムエル様は断言してたし、ニニ達も平気で寝てるから、俺も油断した事は確かだよ。
マックス達が帰って来れば、ニニの腹の上で寝ている俺は、嫌でも目を覚ますわけだし。
だけど、まさかな……。
あんなのがいきなり現れるなんて、絶対反則だと思う。
うん、俺は悪く無いよ……多分。