鍛冶屋の歌
「ふむ。どうやら心配していた工房の人手不足の問題は解消されたようじゃな。ナイフや包丁程度なら一人でも打てなくは無いが、大物の剣は一人では絶対に無理だ。最低でも二人、出来れば三人以上で作業をするのが理想だからな。それにそれ以外にも人手はいる。店舗と工房を兼ねるのならば、最低でも五人は必要だと思っていたら、まさか、きっちりその人数になるとはなあ」
鍛治の事など全く知らない俺は、しみじみと呟いたオンハルトの爺さんのその言葉に納得して頷いた。
「そう言われてみれば聞いた事がある。頓珍漢って言葉の由来は、鍛治仕事で三人のうち下手くそが一人入ってると、鉄を打つ時のタイミングが合わずにトン、チン、カ〜ンって感じに合わなくて音が乱れる状態の事だって。だから三人が理想なのか」
「ああ、それは俺も聞いた事があるな」
ハスフェルの笑った声に、抱き合って笑いながらまだ泣いている彼らを見た。
「どうやら、ここでの初仕事に参加出来なくなりそうだな」
オンハルトの爺さんを突っついて小さな声でそう言ってやると、笑って頷いた後、慌てたように炉を振り返った。
「おい、バッカス! 炉に入れた鉄がそのままだぞ。大丈夫か!」
さっきのジェイドさんに負けないくらいのオンハルトの爺さんの大声に、全員の泣き声が見事なまでにピタリと止まる。
「何をやっとるか! おい、すぐに状態を見ろ!」
ジェイドさんの叫ぶ大声と、すっ飛んで戻ってきたバッカスさんが、あのペンチみたいなのを炉から引き抜くのはほぼ同時だった。
「よし! ちょうど良い色になった!」
これまた大声で叫び返し、炉の前に置いてあった、変わった形の大きな鉄の台の上にそれを置いた。
それを見た四人が、いきなり持っていた鞄から大小のハンマーを次々と取り出して、その鞄を放り投げるのを見て俺達はもっと下がった。
どう見てもあの大きさのハンマーや金槌が入るサイズではないので、どうやらあの鞄も収納袋になっているみたいだ。
そして、四人はバッカスさんが真っ赤になった鉄を乗せた台の周りに集まった。
それを見て満足そうに笑ったオンハルトの爺さんが、ふいごを持って炉の横に座って、また炉にゆっくりと風を送り始めた。
バッカスさんが、取り出していた真っ赤な鉄をもう一度炉に突っ込む。そして集まったジェイドさん達を見る。
「この炉での初めての作品になります。これは片刃の握りナイフにします。鋼はこれを」
真剣な声でそう言ったバッカスさんは、傍の机に置いてあった別の小さな金属の板を見せた。
全員が真剣な顔で一度だけ揃って返事をした。
「おうさ!」
顔を見合わせて頷き合った一同は、なんの打ち合わせもなしにいきなり作業を始めた。
しかし、彼らはまるでお互いのすることが全部分かっているかのように、見事に息の合った動きでバッカスさんが取り出した真っ赤な鉄の塊を持っていたハンマーで交互に叩き始めた。
なんともリズミカルで綺麗な金属音が部屋に響き、ハンマーを打ち下ろす度に真っ赤な火花が飛ぶ。
顔を見合わせて笑い合った俺達は、ドワーフ達が放り出した鞄を拾い集めて作業場所から少し離れた場所に置き、とにかく黙ってその作業を見守る事にしたのだった。
「えいさやえいさ。朝から晩まで叩けや叩け」
「えいさやえいさ。俺たちゃ他には何にも出来ん」
「鍛冶屋の大将、頑固なおやじ」
「鉄より硬いは、その剛腕」
「鋼の体ぞ、病も知らず」
見事に息を合わせて交互にハンマーを打ち込みながら、彼らはいきなり歌い始めた。
かなり低いが、全員がとても良い声だ。
ふいごを持ったオンハルトの爺さんも、それを聞いて嬉しそうな笑顔になって一緒に歌い始める。
「えいさやえいさ。真っ赤な鉄こそ我が生き甲斐」
「はよ打てはよ打て、よそ見をするな」
「えいさやえいさ。鋼を入れて」
「えいさやえいさ。炉に入れ燃やせ」
「形を整え、ほらまた打つぞ」
「えいさやえいさ。朝から晩まで叩けや叩け」
「えいさやえいさ。これぞ我らの生きる道」
「風を起こせよ。大きなふいご」
「飛び散る火花と、走るは湯玉」
「熱した炉の中、真っ赤な炭よ」
「見てくれ火の神、鍛治の神」
「これぞ我らの、生きる道」
「これぞ我らの、生きる道」
打つ手を止めたバッカスさんが、オンハルトの爺さんが準備していた鋼を受け取って真っ赤な鉄に重ねて器用に手早く折り畳んで挟み込んだ。
もちろん、全て道具を使っての作業だ。
途中、何度も炉の中に入れて熱し直しながら、何度も片手で持った金槌で形を整えていく。
そしてまた全員で、歌いながら叩き始める。
俺はもう、息をするのも忘れて彼らのする事をひたすら見つめていた。
そして俺の肩の上の定位置では、シャムエル様も一緒になって真剣に彼らの作業を見つめていたのだった。
しばらくして、彼らが打つ手を止め、出来上がったそれを横に置いてあった木桶の中に突っ込んだ。
中には水が入っていたらしく、もの凄い音と共に湯気が一気に舞い上がった。
「ふむ、見事であったな。良き仲間達だ」
嬉しそうなオンハルトの爺さんが満足気にそう呟き、一仕事終えた炉の前に右の手をかざした。
「良き火を守れ。良き鉄を打て。鍛治の神の名においてここに祝福を与える」
厳かな声でそう言い、かざした手をゆっくりと炉を撫でるように上下させた。
いつの間にか、手を止めていたバッカスさん達が俯いて炉に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。大事に致します。我が生涯をかけて、火を守り鉄を打ちましょうぞ」
真剣な顔のバッカスさんが、宣言するかのようにオンハルトの爺さんに向かってそう言い、また全員揃って今度はオンハルトの爺さんに向かって頭を下げた。
「良き仲間を得られましたな。其方のこれからに幸いあれ」
その言葉に全員が笑顔になり、作業場は拍手に包まれたのだった。