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バッカスさんとドワーフ達

「ふむ、いい感じになったな」

「そうですね、いい感じに火が回りました。ありがとうございます。ちょっと何か打ってみたいくらいです」

 嬉しそうなオンハルトの爺さんの言葉に、バッカスさんも嬉しそうに笑ってそう言って炉を覗き込んだ。

「材料はあるのか?」

 そう言いながら、横に置かれていたハンマーを見た。

「まずはナイフを作ろうと思っていたんですが、手伝いをお願い出来ますか!」

 目を輝かせるバッカスさんに、オンハルトの爺さんも満面の笑みになる。

「もちろんだ。ではやるとしよう」

 嬉しそうに笑顔で頷き合った後、バッカスさんは床に置かれていた道具の入った木箱を取って来て、最初に俺が見て怪我をしそうだと思ったあの大きな丸太も、器用に斜めにして転がしながら運んで来た。



「おお、どれもよく使い込まれた道具達だな。其方の仕事道具か」

 木箱の中を覗き込んで、感心したように取り出した道具を見ながらそう言ったオンハルトの爺さんの言葉に、壁にも道具を取り出して引っ掛けていっていたバッカスさんは、照れたように笑って小さく頷いた。

「実を言うと、殆どが亡くなった父が自分の工房で使っていた道具なんですよ。もちろん、私も使っていましたけれどね。知り合いに騙されて大きな借金を残して亡くなった父の工房は、返済金の一部にするために泣く泣く閉鎖しました。何とか運び出せたこれらの道具は、事情を話してドワーフギルドで預かってもらっていたんです。借金を返済して、いつか私が工房を立ち上げるからと言ってね。あの飛び地のおかげで、店を持つだけの資金の目処が立ったんですから、あの強固な茨の茂みを切り開いてくださった皆様にも、心から感謝しますよ」

 それを聞いていた俺達も笑顔になる。

 本当に酷い目にあった飛び地だったけど、あそこでのジェムや素材がこうやってバッカスさんの新たな店の資金の一部になってるんだって聞いたら、あの苦労もなんだか報われるような気がしたよ。




「では、二人では少々手が足りん気もするが、まあナイフ程度ならば作れるだろうさ」

 取り出した鉄の塊を選びながらオンハルトの爺さんがそう言った時、鍵を閉めてあった店の扉を大きく叩く音が聞こえて俺達は飛び上がった。

「ああ、誰か来たみたいですね。ちょっと見てきます」

 振り返ったランドルさんが、そう言って手を挙げて店へ走って行った。

 それを聞いたバッカスさんとオンハルトの爺さんは、取り出した金属の板を大きなペンチみたいなので掴んで、真っ赤になっている炉の中に突っ込んだ。

「あ、テレビとかで見た事あるっぽい。確か、あれを真っ赤になるまで熱してハンマーで叩くんだよな。で、形を作って行くんだっけ」

「テレ……なんだそれ?」

 俺の呟きが聞こえたらしいギイに、心底不思議そうにそう聞かれて俺は困ってしまった。

 この世界の人にテレビの概念を理解してもらうのは至難の業だろう。

「ええと、わかりやすく言えば、俺の世界にあった……遠くにあるものを見る道具、かな」

 バッカスさんには聞こえないように小さな声でそう言った時、何やらランドルさんと複数の人達が言い争うような大声が聞こえて来て、また俺達は飛び上がる。

 待て待て、もう揉め事はごめんだぞ。

 ここは鞄に唯一入ってるスライムにデカくなってもらって威嚇するか? と、俺が馬鹿な事を考えていると、いきなり扉が開いて見知らぬドワーフが飛び込んで来た。



 ただ飛び上がって振り返っただけの俺と、腰の短剣を一瞬で抜いて構えたハスフェルとギイ。

 緊急時の咄嗟の対応に俺とハスフェル達の危機感の違いが出ていて、相変わらず危機感ゼロの自分にちょっと泣きたくなったよ。

 そして、いつもの剣ではなく短剣を抜いた二人を見て俺は腰の剣を抜きかけて諦めた。

 俺はこの長い剣しか持っていないので、こんな狭い部屋では危なくて絶対抜けないよ。壁か天井に突き刺さるか、仲間を突き刺すかのどれかしか出来なさそうだ。

 オンハルトの爺さんは、炉に突っ込んだペンチを握ったままだったバッカスさんを背後に庇いながら、置いてあった大きなハンマーを構えていた。



「バッカス! 水臭いにも程があるぞ! 工房を開くなら絶対に俺達にも知らせてくれると言ったくせに!」



 自分に向かって警戒心全開で短剣を構えるハスフェル達に構いもせず、駆け込んで来たドワーフは拳を握りしめて部屋中に響き渡るような大声でそう怒鳴ったのだ。

「そうですよ。俺達がこの時をどれだけの思いで待っていたか!」

「それを知らないあんたじゃないだろうが!」

「そうですよ! この時のために流しの雇われ職人として暮らしていた俺達を忘れないでください!」

 続いて飛び込んできた三人のドワーフ達も、同じように拳を握りしめてそう叫んだのだ。

「ジェイド! アイゼン! シュタールにブライも! ええ、どうやってここを知ったんだよ!」

 バッカスさんの言葉に少なくとも彼らが強盗では無い事が判明したので、ハスフェル達は黙って剣を収めた。

「ドワーフギルドから知らせをもらったからに決まっているだろうが! 俺達は、王都にある工房で雇われ職人として働いていたんだよ。突然、ドワーフギルドのギルドマスターから揃って呼び出されて何事かと話を聞きに行けば、バッカスがハンプールに店を買って開店準備に入っているんだが、どうしてお前らは行かないんだって言われて、本気で飛び上がったんだからな!」



 ジェイドと呼ばれた一番最初に駆け込んで来たドワーフの大声に、バッカスさんの目から一気に涙が溢れる。

「まさか、本当に待っていてくれたなんて……奴の言うままに親父の工房を手放し、わずかな金しか渡してやれなかった俺の事なんて……もうきっと、顔も見たく無いほどの情けない奴だと思われていると思っていたのに……」

「そんなわけあるか! 俺達は別れる時に約束しただろうが! いつまででも待ってるから、絶対に工房を立ち上げたら呼んでくれとな」

 また大声でそう叫ぶジェイドさん。

 ううん、ちょっとまじで耳が痛くなるレベルのすごい声量だ。



 それを聞いて、泣き笑いの顔になったバッカスさんは、いきなり声をあげてジェイドさんにしがみつき、そのまま辺りを憚らず大声で泣き始めた。

 そして受け止めたジェイドさんだけでなく、一緒に駆け込んで来た三人も同じように大声で泣きながらがっしりと抱き合った。

 その後ろでは、ようやく状況を理解したランドルさんも顔を覆ってしゃがみ込んだ。



 呆気に取られて事の成り行きを見ていた俺達は、黙って後ろに下がりとにかく彼らが落ち着くのを黙って待つことにしたのだった。

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