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炉に火を入れる

「へえ、鍛冶場ってこんな風になってるんだ。初めて見たかも」

 完全に野次馬気分の俺は、バッカスさんについて入った部屋をキョロキョロと見回して一人で密かにはしゃいでいた。



 その部屋は、店とは違って足元は土間みたいになっていた。しかも敷いてあるのは木の床板じゃなくて、多分土を固めた床に平たい石を埋め込んである、まっ平らな石畳みたいな感じだ。だけどここも綺麗に掃除がされているので、汚い感じは一切無い。

 その床に置かれているのは、変わった形の金属製の塊の台みたいなものと、直径40センチは優にある縦向きに置かれた大きな丸太。その丸太は上部の縁の部分に大きな釘が幾つも打ち付けてあってフックみたいになってる。あれ、うっかり引っ掛けたら血まみれになりそうだけど、何をするものなんだろう?

 壁面には新しい板が打ち付けられていて、ここもいくつもの打ち付けられた大小の金具が並んでいる。多分、道具を引っ掛けておく為の場所なんだろう。あれは工場とかで見たことがあるっぽい。

 そして、床に置かれた木箱の中には、大小のハンマーやペンチなどの見た事も無いような不思議な形の様々な道具がぎっしりと入っていた。だけど、どれも使い込まれていて職人の道具って感じがする。これは男子的には、ちょっと見てるだけでもテンション上がるレベルだよ。



 鍛冶場ってRPGやラノベではよく出て来る場所だけど、あまり具体的な描写は無い事が多いもんな。

 興味本位でここへ来たけど、まだ火が入っていない炉を見て思った。

 うん、ここは確かに神聖な場所だ。

 何て言ったらこの気持ちを上手く言い表せるのか分からないけど、ここは確かに誰かが本当に真剣に物を作っていた神聖な場所だって事がひしひしと感じられて、浮かれ気分でついてきた俺は反省して背筋を伸ばした。

 見学させてもらえるとしても、これは中途半端な気持ちで見てはいけないだろう。

 多分、今いる顔ぶれの中では間違いなく俺が一番無知で部外者。だって、当のバッカスさん達以外は良く考えたら全員神様だもんな。



 ちょっと遠慮して後ろに下がった俺が見ていると、オンハルトの爺さんは壁面に作り付けられた暖炉みたいなところへ向かった。

 一瞬、あれ何だ? と考えて、脳内で自分に突っ込んだ。

 どう考えても、あれが件の炉なのだろう。

「ほう、なかなか良い炉ではないか」

 中を覗き込んだ後、オンハルトの爺さんは顔を上げて嬉しそうに笑った。

「では、一度火入れをするか」

 そう言って、自分の剣帯を外して剣ごと一瞬で収納する。

 頷いたバッカスさんが、先程の道具の入った木箱からこれまた不思議な道具を取り出してきた。



「何あれ?」

 小さな声で側にいたハスフェルに質問する。



「何って……お前、もしかして鍛冶場を見るのは初めてか?」

 ものすごく驚いた顔をされてしまい、なんだか恥ずかしくなって誤魔化すように笑ってうんうんと頷く。

「オンハルト。ケンが鍛冶場を見るのが初めてらしいぞ。もう少し前で見せてやっても良いか」

 いきなり大声でそう言われて、焦る俺を尻目にオンハルトの爺さんとバッカスさんは揃って驚いたように振り返った。

「ええ、そうなんですか? どんな僻地の村でも鍛冶屋はあるでしょうに」

 バッカスさんの言葉に、もう一度誤魔化すように笑っておく。

「ちなみにこれは、ふいご。炉に風を送って火力を調整するための道具ですよ」

 そう言って、持ち手らしき部分を両手で掴んで動かしてくれた。すると先の尖った部分から勢いよく風が出てきた。

「ああ、成る程。風を起こす道具なんだ。すごくよく分かりました」

 小さく拍手しながらそう言うと、何故だか笑った皆から頭を撫でられたよ。

 そして最前列に連れてこられた。ううん、ここからならよく見えるぞ。

 深呼吸をした俺は、黙って彼らがする事を見つめていた。






「では始めようかの」

 そう言って笑ったオンハルトの爺さんは、両手を重ね合わせるようにしてその手の中に火の魔法で小さな火球を作り出した。

「では、いただきます」

 真剣な顔のバッカスさんが、太い蝋燭を取り出してそこに火を移した。

 それを、蓋付きのランタンの中に大事そうにしまう。その小さな火は、金属製の厳ついランタンの中で、静かに優しくて明るい光を放っている。

 ランタンは、炉の横にある大きなフックに掛けられた。



 次にバッカスさんが取り出したのは、いつも俺が使っているくらいの小さめの片手鍋だ。

 ただし、俺の使ってるのとは大きく違っていて、鍋の底に幾つも大穴が空いている。あれでは中に水は入れられない。

 何をするのか興味津々で見ていると、バッカスさんは足元の木箱から細かく割った炭を取り出してその小鍋の中に入れて行った。そしてその炭の間に乾燥したワカメみたいな、これまた不思議なものを詰め込んでいく。

「あれは何をしてるんだ?」

 何をしているのかさっぱり分からなくて、小さな声でまたハスフェルに質問する。

「今から最初の火を起こすんだよ。さっきオンハルトが点けた蝋燭の火は、あのまま火種としてこの鍛冶場で使い続けるんだ。常にあの蝋燭から新しい火をもらい、炉に火を入れて使うのさ」

「ああ、あれって火種にするわけか」

 感心したように頷いていると、振り返ったギイが炉の横に置いてあるバケツみたいな箱を指さした。

「今日は、一番最初の火入れだから、あんな風に一から炭を暖めて火をつけるんだけどな。明日以降は、最後に火を落とした時に幾つか火のついた炭を取っておき、翌日はまたそれを使って炭を温めていくんだよ、あの中は細かい灰が入っていて、炭を埋めておくんだ」

 その説明に納得して頷く。



 以前も今も、スイッチ1つで簡単に火がつく生活しか知らない俺にはこれは未知の世界だよ。

 元々俺がやっていたアウトドア生活は、道具は全部メーカーが工夫を重ねて使いやすくしてくれた道具達だった。簡易コンロとガスボンベがあればどこでも簡単に火がつけられたんだものな。

 だけどここではそんな事は出来ない。

 バッカスさんはどうやら魔法は使えないみたいだから、火をつけようと思ったら……まさか火打ち石とかなのか? だけどここにはジェムって便利な道具があるはずなのに?



 だけど、いつも俺が使ってるみたいなジェムを使ったライターのような道具は、少なくとも見あたる範囲にはない。

「もちろん普段の火は、ジェムを使った道具で点けますよ。ですが、炉を開く際の最初の火は、加護持ちの方から頂くか、あるいは無の状態から自力で熾すのが良いとされているんです。良き火種をいただきましたから、大事に使わせていただきます」

 振り返った嬉しそうなバッカスさんの言葉に、俺は思わず拍手をしたよ。



 そして、先程の炭と乾燥わかめみたいなのを入れた片手鍋を手にしたバッカスさんは、別の小さな蝋燭を取り出してさっきのランタンの蝋燭から火を分けて取り出した。

「では、点けます」

 真剣な顔でそう言い、片手鍋に蝋燭を近づける。

 すると、さっきの乾燥わかめみたいな塊が一気に燃え出したのだ。そしてそのまま消える事なく燃え上がっている。

 バッカスさんが、真剣な顔で鍋を揺すって火を広げる。横ではオンハルトの爺さんが、ふいごを使って少し離れたところから鍋の底に風を送り出した。

「おお、火が大きくなった!」

 思わずそう言ってしまうくらいに、火が一気に大きくなる。

 鍋の底から時々火の粉が落ちるが、下は石の床なので誰も気にしない。なるほど、木の床じゃ無いのはこう言う意味か。

 密かに感心していると、あっという間に鍋の中の炭は真っ赤に燃え始めた。

 そのままバッカスさんは炉へ向かうと、金属製のトングのようなもので火のついた炭を炉の中に入れ始めた。

 見ると、炉の中にはすでにいくつもの炭が入っていた。

 また今度は炉に向かって風を送り始める。

「ああ、火がついて来た!」

 みるみるうちに、入っていた炭に火が移り始める。

 重なり合った部分が赤くなるのを見て、残りの火のついた炭を入れていった。

 その後二人は、二台のふいごを使ってどんどん火を大きくしていく。



 次第に真っ赤になっていく炉の中を、俺だけじゃなくハスフェルとギイも、シャムエル様までが身を乗り出すようにして真剣な顔で覗き込んでいたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 遅まきながら明けましておめでとうございます。 ふいごで魔女宅を思い出したのは私だけじゃないはず!
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