開店準備とスライム達の事
「おお、綺麗になってる!」
バッカスさんの案内で、店の中に入った俺は思わずそう叫んだ。
前回、街を出る前に立ち寄った時には、店舗部分はあちこち布がかかっていたし、床はまだ埃だらけだった。それに店の真ん中には沢山の木箱や意味不明の木材が山積みになっていたのだが、それらは全て片付けられていて、代わりにクーヘンの店にもあるような上部がガラスケースになった商品棚がいくつも並べられていた。
店に入った正面の突き当たり奥はカウンターになっているので、そこがお会計兼修理や研ぎの受付って感じかな。それから壁側には元々あったのだろう作り付けの大きな棚になっていて、上半分は扉の無い可動式の棚に、そして下半分は傘立てみたいな小型の金属製の縦長の箱が幾つも並んでいた。多分だけど、ここに武器を並べるんだろう。ううん、異世界の武器屋っぽい。
しかし、前回からたった二日しか経っていないのに、驚くくらいにすっかり綺麗になっている。足元のフローリングっぽい飴茶色の木の床も、ワックスをかけたみたい艶々のピッカピカだ。これはちょっと感動するレベルのビフォーアフターだね。
しかし残念ながらまだ商品棚にも壁の棚にも商品らしき物は全く並んでいない。まあ当然と言えば当然だけど、あの壁際に剣とか槍とかが並んでたら超テンション上がりそうだ。
「そっちのガラスケースには、ドワーフギルドを通じて仕入れる予定のハサミや包丁などの一般向けの品物を展示する予定です。在庫は下の棚に。こっちの壁の作り付けの棚には、冒険者向けの低価格の武器や道具を置く予定です。それから、このカウンターでは注文品や高額商品の商談。研ぎ、修理などの依頼を受けます。カウンターの後ろの壁面上部には、クーヘンの店の価格表を参考にした、取り扱う商品の価格表を表示する予定です。武器や道具の種類ごとの価格表をギルドに頼んで作ってもらっているところです」
嬉しそうなバッカスさんの説明に、俺達はいちいち頷いては感心していた。
おお、俺がクーヘンの店で作ってもらって大好評だった、ファストフード店でよく見る壁面のメニューボードがここでも採用されてる。しかもそれをギルドが直接扱ってるんだ。ううん、さすがは商人。目敏いねえ。
俺は密かに感心していると、奥からランドルさんが顔を出した。
「ああ、声がすると思ったら。お帰りなさい。いかがですか。かなり綺麗になったでしょう」
得意気なその言葉に、俺たちは揃って拍手をした。
「たった二日でここまで綺麗になるとか、凄いですね。もしかして、二人揃って掃除が得意なんですか?」
俺の質問に、バッカスさんとランドルさんが同時に吹き出す。
「まさか、冒険者である俺達にそんな特技があったら、俺が驚きますよ」
「あれ? じゃあこのピッカピカの床は誰が磨いたんですか?」
するとランドルさんは得意気に笑って、胸元から透明のスライムのキャンディと一緒にオレンジ色のスライムを取り出して見せてくれた。
「あれ? ランドルさん。いつの間にオレンジのスライムをテイムしたんですか?」
確かオレンジのスライムはこの辺りでは見つからなくて、すぐにテイム出来なかった子じゃなかったっけ?
俺が不思議そうにそう尋ねると。笑ったランドルさんが種明かしをしてくれた。
「ケンさん、これはドロップなんですよ。クーヘンが掃除にはスライムが最高だからと、キャンディにもドロップがやり方を教えてくれると言って貸してくれたんです。最初は半信半疑だったんですが、いやあ、驚きましたね。埃だらけだった床や戸棚があっという間にピカピカになったんですから」
「ああ、確かにクーヘンの紋章がついてるな。成る程。埃や汚れだってスライムにとっては消化吸収してしまえるものなわけか」
納得した俺はそう呟き、絶対ドヤ顔になってるであろうドロップを手を伸ばして撫でてやる。
野生のスライムなら、床の木ごと溶かしてしまうだろうけど、テイムされて知能が上がっているドロップなら、ちゃんと食べちゃ駄目なものと食べて良いものが区別出来るわけか。
しかも、ドロップがキャンディに掃除の仕方を教えたわけか。凄いぞドロップ。
内心で感心しながら、二匹仲良く並んだスライム達を見る。
「ドロップは、いつもご主人のお店のお掃除も担当してるんだよ〜!」
伸び上がったドロップの得意げなその言葉に、笑った俺は両手でドロップを思いきりモミモミしてやった。
「そっか、ドロップもクーヘンの事が大好きだもんな。ご主人の役に立てて良かったな」
「うん、もっと頑張っていろいろ覚えるんだよ〜!」
「おう、頑張れよ、でも無理は駄目だからな。あ、俺のスライム達が言ってたけど、火は危険だぞ。絶対近寄っちゃあ駄目だからな」
子供に言い聞かせるみたいにそう言ってやると、二匹揃ってビヨンと伸び上がって元に戻った。
「もちろん知ってるよ〜! 火は怖いから絶対近寄らないよ。ご主人にもちゃんと言ってあるよ」
「キャンディも、ご主人にちゃんと言ったよ〜!」
ランドルさんを見ると、笑って頷いていた。
「そっか、それなら安心だな。いやあ、しかしなんて言うか……健気で可愛いなあ」
思わずそう言ってもう一度二匹を撫でてやる。
「本当ですよね。やっぱりスライムって可愛いですよね。バッカスの店が落ち着いたら、私は言っていたスライム集めの旅に出ますよ。クーヘンからも頼まれているので、近場で集められない色は、私が捕まえて来て彼に渡す予定になってるんです」
楽しそうなその言葉に俺も笑って頷く。
「頑張ってな。念の為もう一度言っておくけど、一日のテイム数には絶対に気を付ける事!」
「もちろんです。これからは従魔はいますがソロになりますからね。何かあっては大変ですから、テイムするなら一日多くても五匹か六匹くらいまでにしようと思っています」
まあそれくらいなら、普通の人でも余裕で大丈夫だって事か。確か上限が十匹くらいだったはずだからな。
真剣なその言葉に安心したよ。何事も真面目に取り組むランドルさんなら心配は無さそうだ。
俺の腕に現れたシャムエル様がうんうんと頷いているのを見て、俺は笑ってランドルさんとハイタッチをした。
「ああ、そうそう。商人ギルドのアルバンさんが、表彰式の時に貴方がやったスライムトランポリンをまたやって欲しいって言ってましたよ」
スライム達を懐に戻しながら、ランドルさんが思い出したように慌ててそう言ってくれた。多分、アルバンさんから伝言を頼まれていたんだろう。
「ああ、表彰式の時に確かそんな事言ってたな。了解。後で商人ギルドに顔出して、詳しい話を聞いておくよ」
「ええ、お願いします。きっとあれは子供達だけでなく、大人だって大喜びすると思いますからね」
ランドルさんの言葉に、俺も笑って頷く。あの司会者もめっちゃやりたそうにしてたもんなあ。
それから、バッカスさんは一旦店の扉の鍵を閉めて、今回の目的の炉がある奥の部屋へ向かった。
オンハルトの爺さんだけでなく、当然俺達全員がついて行く。
さあ、今から炉に祝福を贈るんだって。どんな事をするのか楽しみだよ。