街へ帰ろう!
「ふう、ご馳走様。それで今日はどうするんだ?」
サンドイッチを食べ終え、残ったコーヒーを飲みながら振り返ると、ハスフェルとオンハルトの爺さんは顔を見合わせて相談を始めた。
「じゃあ一旦ハンプールへ戻るか。恐らくだがもう炉の掃除は終わっていよう。火入れの際に祝福を贈ってやらねばな」
嬉しそうなその言葉に、俺は思わずオンハルトの爺さんを見た。
「鍛冶と装飾の神様直々の祝福って、すっげえ効果ありそう」
からかい半分だったんだけど、その言葉にオンハルトの爺さんは真顔になった。
「残念だが今の俺は人の身体だから、出来るのはある程度までの祝福だよ。まあ、普通の加護持ちの人よりは多少は強い祝福を贈れるだろうが、それでも神として直々に授けるのとは違うさ」
「へえ、そんなもんなんだ」
神様の祝福に強い弱いがあるのか。へえ、さすがは異世界だねえ。なんとなく不思議に思いつつ感心していたら、笑った三人が立ち上がった。
「じゃあ片付けて撤収するか。かなり遠くまで来てるから、のんびり帰ってたらハンプールに到着するのは夜になるぞ」
「ええ、マジ? ここってそんなに遠いの?」
驚く俺に、三人が笑う。
「まあ誰でも気軽に来られる距離では無いな」
慌てて周りを見渡すが、残念ながらここがどの辺りなのかなんて俺にはさっぱり分からないよ。
「じゃあ、とっとと片付けて戻ろう」
俺も立ち上がってまずは机を折り畳む事にした。
とは言っても、撤収するのに俺がする事なんてほぼ無い。
とにかく優秀なスライム達が、今ではテントの設営から撤収まで全部やってくれるんだからな。
しかし何もしないのもなんだか申し訳ないので、簡易祭壇がまだそのままだったのを見た俺は、とりあえず被せてあった敷布代わりの布を畳んだ。
「そう言えば、これも最初にあり合わせの布を使ったきりこのままになってるけど、何かもっと綺麗な布とかに変えた方が良いのかね?」
ハンプールに戻ったら、冬用の上着かコートを買おうと思ってるので、その時に何かあるか探してみよう。
そう思いながら畳んだ布をサクラに渡し、机を畳んでこれも渡す。
振り返れば、もうあっという間に撤収作業は完了だ。
「よし、じゃあハンプールに戻るとするか」
マックスに飛び乗った俺がそう言うと、同じくそれぞれの従魔に飛び乗った三人も笑って返事をくれた。
そのまま揃って弾かれたように一気に走り出す。
声を上げて笑った俺は、体を少し前のめりにして手綱を握った。
「跳びますよ、掴まってください!」
マックスの声と同時に勢いよく跳ね飛んだ衝撃に悲鳴を上げた俺は、必死になって更に手綱にしがみついた。しかし、着地の衝撃でそのまま前に吹っ飛びそうになりもう一度本気の悲鳴をあげる。
「どっへ〜〜〜〜〜〜〜〜!」
本気で命の危機を感じたが、瞬時に広がったスライム達によって一瞬で固定されて、事なきを得た。
ありがとうスライム達。もう俺、君達無しの生活なんて考えられないよ。
段差になった大きな岩を飛び越えたマックスに続き、ぴたりと離れる事なくハスフェルの乗ったシリウス、ギイの乗ったデネブ、そして最後にオンハルトの爺さんが乗ったエラフィが同じく跳ね飛んで次々と見事に着地した。
ちなみに悲鳴を上げたのは俺だけだった模様……なんか悔しい。
「なんだかさっき、奇妙な鳴き声が聞こえたんだが、新種のジェムモンスターでも出たか?」
笑ったハスフェルにそう言われて、俺は素知らぬ顔で周りを見回した。
「そうか? 俺は気がつかなかったなあ」
「じゃあ気のせいかもしれんな。では行くとしよう」
小さく吹き出したハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも笑っている。
うう、運動神経抜群のお前らと一緒にするな〜〜〜!
ちょっと涙目になりつつ、そのあとは特に問題もなくひたすら走り続けた。
マックス達の足は少しも衰える事なく、そのまま太陽が頂点を過ぎるまで走り続けたところで大きな森を抜け、来た時に駆けっこの目標にした赤い葉っぱの木に到着した。
「さすがにあれだけの速さで走ると、ここまであっという間だったな」
隣に止まったハスフェルが赤い葉っぱの木を見上げて笑っている。
「じゃあここで昼にするか。作り置きで良いよな?」
そう言ってマックスから降りようとすると、慌てて止められた。
「今降りるのはやめておけ。この辺りは足場が悪いから、下手に降りると足を穴に取られて動けなくなるぞ。もう少し先に安全な岩場があるからそこで昼にしよう」
そう言って別の場所を指さすので、頷いて慌てて座り直す。
こう言う事は、この世界を詳しく知る彼の言葉に従っておけば間違い無い。
「へえ、見た感じ普通の草地に見えるのにな」
大人しく従ったものの、若干納得出来なくてそう呟いて地面を見下ろす。
マックスの背の上から見る限りそれほど足場が悪いようには感じないし、マックスだけじゃなく他の従魔達も軽々と走っている。だけどまあこいつらの運動能力は桁違いだからな。
などとのんびり考えていると、いきなり真下の草の隙間に真っ黒な穴が見えて悲鳴を上げそうになった。しかしマックスは、まるで見えているかのように軽々とその穴を飛び越えてそのまま走っていく。
落ち着いて見ていみると、この辺りの地面は確かに真っ黒な穴があちこちにあるのが分かって俺は震えた。あの穴、足がそのまま全部入るサイズだけど、どれくらいの深さがあるんだろう……。
「お前のありがたさを思い知ったよ。いつも俺を乗せてくれてありがとうな」
小さくため息を吐いた俺は、手を伸ばしてマックスのもふもふな首周りを撫でてやり、嬉しそうに一声吠えたマックスをもう一度撫でてから顔を上げて前を向いた。
それから、最近のお気に入りの場所であるマックスの頭に座ってこっちを振り返っているシャムエル様の尻尾をそっと突っついてやった。
「尻尾は駄目です!」
そう言って尻尾を取り返したシャムエル様は、器用に揺れる頭に座ったまま尻尾のお手入れを始めた。
「良いじゃん別に減るもんでなし」
「大事な毛が減ったら困るから、駄目なの!」
何故かドヤ顔でそう言われて、笑った俺はふかふかなシャムエル様の背中を思い切り撫でてやった。