最後の買い出しと新たな旅立ち
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
はいはい、起きます、起きます……。
ぺしぺしぺしぺし!
ふみふみふみふみ!
いきなり強くなった両頬へのダブル攻撃に、俺は慌てて飛び起きた。
「あ、おはようございます。お腹空いたよ。ご主人」
俺の枕元で、座っていた真っ白なタロンが、嬉しそうに目を細めてそう言った。
反対側では、なぜだかドヤ顔のシャムエル様が笑いながら俺を見ている。
「ああ、おはよう。待ってな。すぐに出すから」
足元に寄ってきたサクラに頼んで、タロン用の食器と昨日のシチューを作った時に切り分けておいた、ハイランドチキンの肉を出してやる。
可愛い声でにゃーと鳴いてから、勢いよく食べ始めた。
「タロンも普通の猫みたいに、にゃーと鳴けるんだな」
丸くなってる背中を撫でてやると、器用に食べながら喉を鳴らしている。
「こうしてみると、全く普通の猫だな」
小さな頭を撫でてから、俺も顔を洗いに行った。
顔を洗ってサクラに綺麗にしてもらってから、二匹を順番に水の中に放り込んでやる。皆が水を飲んでいるのを見ながら、俺は自分の身支度を整えた。
結局、色々あって半月近く過ごした部屋を改めて眺める。
「庭って、あんまり出なかったけど、こうして見ると綺麗だな」
広い庭は、緑の芝生が一面に敷き詰められていて、背の高い広葉樹が一本、シンボルツリーのように植わっている。その周りに庭全体を取り囲むように低木の植え込みがあって、三方向には背の高いレンガの塀で区切られていて、外からは中が見えないようになっている。
芝生に揺らめきが見えたので、また、ベリーが日向ぼっこをしているらしい。
忘れ物がないか、一通り見て回り、ベリーに声を掛けて皆で部屋を出て行った。
隣のギルドの建物に顔を出すと、慌てたようにギルドマスターが出て来た。
「おう、おはようさん。もう出るのか?」
「ええと、頼んでいた肉はまだ出来ていませんよね?」
「今三匹目を解体中だよ。昼までには終わると思うんだが、構わないか?」
「ええ、朝市に行って来ますんで、また後で顔を出します。買い取り金額の清算も、その時に一緒にお願いします」
だいたい予想通りの答えだったので、俺はそう言って、宿の鍵を返してからギルドの建物を後にした。
あれ、そう言えば今日はあんまり注目されなかったな。
そんな事を他人事みたいに思いながら、俺達は広場へ向かった。
広場で野菜のたっぷり入った鶏肉のサンドイッチを買い、いつものコーヒー屋でマイカップにコーヒーを淹れてもらう。
「あとでくるから、またこれにいっぱいまで淹れておいてくれますか」
ピッチャー一つ分飲んでしまったので、満杯まで淹れておいてもらう。
「了解だ。じゃあ後で引き取りに来てくれよな」
新しいコーヒーをセットしながらそういう店主に手を上げて、広場の端に寄って、まずは自分の朝飯だ。
「この鶏肉と野菜のサンド美味い。うん、これも後でたくさん買っておこう」
意識して野菜も食わないとね。
食べ終わった俺は、残りのコーヒーを持ったまま、さっきサンドイッチを買った店へ行き、鶏肉と野菜のサンドイッチと、薫製肉と野菜のサンドイッチをありったけ買い込んだ。
買い占めちゃって申し訳なかったんだけど、残るよりはずっと良いからと、満面の笑みでぎっしり詰まった箱ごと渡してくれた。
それから、目についたものをいくつか買いながら見ていたが、やっぱり砂糖を売っている店は無い。
屋台じゃなくて、食品通りの店ならあるかもしれない。鶏肉を買うついでに、どこかの店で聞いてみよう。
昨日、思いついたら食べたくなったんだよ。
熱々のトーストに、バターを塗ってグラニュー糖を振りかけるだけのシュガートースト!
実は、子供の頃に母さんが作ってくれた簡単おやつなんだけど、今でも結構好きなんだよな。時々、無性に食べたくなる時がある。
食パンとバターはあるから、是非ともここで砂糖を確保したいのだ!
って事で、広場から曲がって別の通りへ入り、まずはタロンの為の鶏肉を買う。
「モモとムネだったら、胸肉の方が良いよな?」
こっそりタロンに確認すると、頷いて声のないニャーをされた。なにその破壊力は。
ニニの背中に乗ったタロンを、手を伸ばして撫でてやりながら、鶏肉を売っている店で、胸肉をまとめて購入した。
ここでも、薄く削った木の箱に包んで入れてくれたので、そのまま受け取って鞄に放り込んだ。
それから、以前買ったパン屋にも寄って、追加で大量買い。
資金は大量にあるんだから、お世話になった皆様に還元しないとね。
前回と同じく、またしても木箱ごとお買い上げだ。空いている木箱にも詰めてもらったよ。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど、砂糖ってどこで売ってるか分かりますか?欲しいんですけど、売ってる店が見つからなくて」
最後の箱を鞄に押し込みながらそう尋ねると、店主なのだという大柄な男性が顔を上げた。
「ああ、砂糖ならうちでも売っていますよ。どれが良いですか?」
砂糖を見せてもらいに店に戻ると、店の奥から綺麗なグラニュー糖と茶色い砂糖を持ってきた。
茶色い方は、黒砂糖と言うよりも三温糖ぐらいの感じだ。
一つの包みが一キロぐらいだったので、ちょっと考えて三袋ずつ両方買っておくことにした。
それから出来上がっていたコーヒーを受け取る頃には、もうかなりの時間が経っていた。
屋台のある広場に戻り、串焼きを買って齧りながら、のんびりとギルドの建物へ戻った。
「ベリーは、食わなくても大丈夫なのか?」
朝も食べていなかったし、もう昼なんだから、腹が減ってるんじゃないんだろうか?心配になって聞いてみたが、一日一度腹一杯食べれば十分らしい。
なにそれ、めっちゃ燃費良いじゃん。
俺なんて、一日三食だぞ。きっと、ベリーにはよく食う奴だと思われてたんだろうな。
「人間とは身体の作りが違いますからね。食べ物や回数が違うのも当然でしょう?」
当たり前の事を言われて、妙に納得したよ。うん、確かにそうだな。
この世界は、どうやら俺がいた世界と違って人の姿をしているのは人間だけではないようだ。だからなのか、違う、という事に対して、皆驚くぐらいに寛容で馴染むのが早い。
俺達だって、もう全員揃って街を歩いてても驚く人は少ない。子供なんて、笑って手を振ってくれたりしてるよ。
「さて、戻って買い取り金とハイランドチキンの肉を受け取ったら、いよいよ出発だな」
マックスの首元を叩いてやり、食べ終わった串を屑かごに放り込んでギルドの建物へ向かった。
「おう、出来てるぞ。こっちへ来てくれ」
ギルドマスターの声に、いつもの部屋へ一緒に向かう。
また、大量に置かれた巾着を見て、苦笑いする俺だった。
「買い取り金額だが、ブラウンビッグラットは、ジェム一つにつき金貨二枚。ブラウンキラーマンティスだが、こちらのジェムには金貨五枚、そして鎌だが、こちらは全て左右揃っていたので、一つ金貨一枚と銀貨五枚を付けさせてもらったぞ。そしてハイランドチキンの羽と嘴だが、一組につき金貨一枚だよ。ほら、確認してくれ」
「そこは信用してます」
笑って受け取った巾着を鞄に詰め込み、包んだハイランドチキンの鶏肉も空いた箱に入れてもらって鞄に押し込んだ。
「それじゃあ、これでお別れだな。お前さんに幸多からんことを」
笑って手を差し出され、握り返しながら、ちょっと考えて例のセリフを言った。
「絆の共にあらん事を」
それを聞いて目を瞬かせたギルドマスターは、嬉しそうに笑った。
「絆の共にあらん事を」
手を離し一礼して、俺は皆を連れてギルドの建物を出て行った。
ゆっくり歩いて城門まで行き、出たところでマックスの背中に飛び乗る。
少し早足で、すぐに街道から出て横の草原を一気に駆けて行った。
新しい街まで、どれくらいかかるか分からないけど、次はどんな街で、どんな人がいるのか。
俺は、自分でもおかしくなるくらいにワクワクしながら、マックスを走らせていたのだった。