憂さ晴らしって?
新年明けましておめでとうございます。
本日より更新を再開させていただきます。
今年も、どうぞよろしくお付き合いくださいm(_ _)m
「ふう、ごちそうさまでした! いやあ、ケンが作ってくれるスイーツはどれも本当に最高だね」
生クリームとアイスクリームとカラメルソース、そしてマフィンの欠片まみれになって大変な事になってるシャムエル様が、顔をせっせと綺麗にしながらご機嫌でそんな事を言っている。
「はい、お粗末様。それよりも俺は、本気でシャムエルさまの腹の中がどうなってるのか心配だよ」
唯一、クリームまみれになっていないもふもふな尻尾を突っついてやると、わざとらしく跳ねて逃げた尻尾は、しかしそのまま戻ってきて俺の手をパタパタと叩いて見せた。
「スペシャルプリンアラモードのお返しに、ちょっとだけサービスタイム!」
そう言って笑ったシャムエル様の尻尾は、触ろうとすると逃げるが、じっとしているとパタパタと俺の手を叩いてくれる。
笑った俺は手を差し出したまま尻尾の横でじっとしていて、叩かれるたびに捕まえようとしては逃げられる尻尾との動けない追いかけっこを楽しんでいた。
「よし、綺麗になった! 次は大事な尻尾〜!」
顔と体をすっかり綺麗にしたシャムエル様は、嬉しそうにそう言うと座り直して改めて尻尾のお手入れを始めた。残念だけど、こうなってはもう尻尾は触らせてもらえない。
苦笑いした俺は、食べ終えて置いてあったお皿をスライム達に綺麗にしてもらって、収納しようとしてふと気がついた、これって確かシャムエル様が出してきたお皿だよな?
「なあ、シャムエル様。このお皿って俺が預かってて良いのか?」
綺麗になったプリンアラモードが入っていたお皿を見せながら言うと、尻尾のお手入れの手を止めたシャムエル様が少し考えてまた尻尾のお手入れを始めた。
「うん、それはサクラからもらったものだから返すね」
「おいおい、勝手に取った皿だったのかよ。じゃあ持ってていいんだな」
苦笑いした俺は、全部まとめてサクラに渡した。
一瞬で飲み込んだサクラが机から降りて他の子達のところへ転がっていった。
笑ってスライム達を順番に撫でてやった俺は、ひとまず机の上を綺麗にしてすっかり寛いでいるハスフェル達を振り返った。彼らの前には、いつの間にかウイスキーのボトルとグラスが並んでいる。
笑って取り出したお皿に透明な氷を作って渡してやると、嬉しそうに笑って俺の分も水割りを作ってくれた。彼らはそのままロックで飲むらしい。
「スイーツまで作れる凄腕の料理人に乾杯!」
笑った三人からの言葉に、俺も笑ってグラスを上げた。
「いつも残さず食ってくれる愉快な仲間達に乾杯!」
「待って待って! 私の分も! 私の分も〜〜〜!」
いつの間にか尻尾のお手入れを終えていたシャムエル様が、空のショットグラスを手にして俺の目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねて横っ飛びステップを踏んでいる。
「はいはい、これで良いか?」
俺の水割りを見せると、氷とボトルを指さしてまたステップを踏む。
「シャムエル様もロックですか、はいはい」
小さなショットグラスに丁度入るように氷を小さく砕き、ハスフェルが渡してくれたボトルからゆっくりと零さないようにグラスに注ぐ。
「おう、ギリギリ。はいどうぞ。零さないように気をつけてな」
思ったよりも一気に出て、もうちょっとで零すところだったよ。危ない危ない。
「では、スイーツも作れる最高の料理人のケンにかんぱ〜い!」
シャムエル様の言葉に、もう一度全員で笑って乾杯する。
「ちょっと待った。俺は別に料理人じゃ無いぞ」
乾杯したあとで気が付き突っ込むと、何故か全員から笑ってまた乾杯されたよ。
まあ確かに、最近は剣を振り回すよりも料理をしてる時間の方が多い気がするけどね。
笑った俺も、水割りをのんびりと楽しませてもらった。
しばらくはそれぞれにのんびりとお酒を楽しんでいたんだが、ふと気がついてハスフェルの腕を突っついた。
「それでお前らは、憂さ晴らしって言ってたけど、今日は何処で何をして来たんだ?」
その質問に、三人が同時に酒を噴き出して咽せる。
「何だよ。言えないような所に行ってたわけかあ?」
笑いながら咽せて咳き込むハスフェルの横っ腹を突っついてやる。
「お前! そこは止めろ!」
悲鳴と共に、仰け反ったハスフェルが椅子から転がり落ちてギイとオンハルトの爺さんが笑い出した。
「ああ! ハスフェルの弱点発見! そうかそうか。ハスフェルはここが弱点だったんだな?」
にんまりと笑った俺に、勢いよく起き上がってきたハスフェルが飛びかかった。
「じゃあお前はどこだよ!」
そのまま後ろから覆い被さるみたいにして捕まった俺に、ニンマリと笑ったハスフェルが俺の脇腹をくすぐる。
「無理無理〜!勘弁してくださ〜い!」
情けない悲鳴を上げて暴れる俺を見て、三人揃って大笑いしていた。
ようやく解放されて改めて座り直した俺は、残りの水割りを飲みながら三人を見る。
「それでお前らは、結局何処で何をして来たんだ?」
すると、三人は顔を見合わせて困ったように笑った後、何やら不思議な物を取り出して机の上に乗せた。ちょっとしたお皿よりも大きいくらいのそれは、半透明で渦を巻くように細かい線が根本の中心部分から等間隔に広がっている、
「あれ、何だこれ? 何かの素材だよな。鱗っぽいけど……初めて見るけど、何のジェムモンスターの素材なんだ?」
「アサルトドラゴンの鱗だよ」
簡単に言われて、思わず机の上のそれを手に取ってマジマジと見つめる。
鱗の大きさがこれって事は、体の大きさって……。
「ええと、それもジェムモンスター?」
揃って頷かれて俺は無言で天を仰ぐ。
「何処にいたのか、聞いていい?」
恐る恐る尋ねると、苦笑いしたギイがこれまた机に乗り切らないくらいの巨大なジェムを取り出して見せてくれた。
ほんのりと赤っぽい色がついたそのジェムは、恐竜のジェムよりも巨大だ。
「アサルトドラゴンのジェムだよ。他にワイバーンのジェムと素材もある。どうもこの所、妙な気配がしていてな。良い機会だからと大鷲達に頼んで調べてもらった結果、本来なら出現場所でありテリトリーである北の山から一切出てこないはずの竜達の一部が、里近くにまで降りてきているらしい事が分かった。それで調べに向かったらはぐれのアサルトドラゴンと鉢合わせしてな。しかもいきなり襲いかかってきたものだからやむを得ず退治した。竜はどの種族も出現する数が少ないので、無駄な狩りはしたくは無いんだが、襲って来られてはどうしようもない」
「ええと、竜って言葉は通じないわけ?」
なんとなく竜ってRPGで言葉が通じるイメージがあったんだけど、どうやらそうじゃないらしい。
「幻獣界から来る竜は、言葉も通じるし無駄な争いは好まんよ。だが、この世界にいるジェムモンスターの竜は、言葉も通じないし、頭もそれほど良くはない。そもそも出現場所は決まっていて人の世界近くに来る事は滅多にないはずなんだ」
思わずシャムエル様を振り返ると、困ったように座って話を聞いているだけだ。
「ううん、特に何かその辺りに変化を起こしてはいないんだけどなあ。もしかしたら、地脈が整っていつも以上の数の竜が出現して住む所が無くなってるのかも」
「放っておいても良いのか?」
「大繁殖って程じゃあないんだよね?」
「そこまででは無いな。一応、分かる範囲のはぐれは始末して来た」
「だったら別に良いと思うよ。それもまた自然の一部だからね」
空になったグラスを置いたシャムエル様は、そう言ってまた尻尾の手入れを始めた。
「まあ、それなら良いんじゃね? また珍しいジェムと素材が手に入って、バイゼンヘ行ったら大喜びされそうだな」
そう言った俺の言葉に、ハスフェル達も笑って残りの酒を飲み干した。
この時の理由を深く考えなかった事を、後になって俺達は死ぬほど後悔する事になるのだけれど、その時の俺達はそんな事知る由もなく、その場はそれでお開きになったのだった。