クッキーを焼く!
「よしよし、こっちは完璧なのが出来たぞ」
オーブンから取り出した完璧な蒸し具合のプリンを見て満足そうにそう呟く。
そして振り返ると、期待に満ち満ちた目でお皿を持って俺を見つめるシャムエル様と目が合う。
「こっちは数が少ないから、味見は駄目だぞ」
「ええ〜待ってろって言うから我慢してたのに〜〜〜!」
ちっこい足をダンダンと踏み鳴らして文句を言うシャムエル様。
「大丈夫だって、この後これでスペシャルプリンアラモードを作ってやるからさ」
「よっしゃ〜! スペシャル来た〜!」
そう叫んでアイススケーターみたいにものすごい早さでその場で回転したシャムエル様は、見事にぴたりと止まって俺をキラッキラの目で見つめた。
「待ってる待ってる! だからスペシャルなデザートをお願い!」
「お、おう。了解っす。期待して待っててください」
シャムエル様の期待が重い! 重すぎる!
でもまあ、期待を爆上げしたのは自分なので、諦めて期待に応えられるように頑張るとするか。
苦笑いして取り出した蒸しプリンをひとまずスライム達に冷ましてもらい、一旦冷蔵庫にしまう。
「じゃあ、さっき作ったクッキーも焼いてしまうか。それからスペシャルなデザートを盛り付けだな。ああ、生クリームがもう無いから、泡立てないとな。それからココアも作らないと」
机に出したままになっていたココアの瓶を見て手順を考える。
「とにかく、先にクッキーを焼いてしまおう。ええとスライスすれば良いんだよな」
気分を変えるようにそう呟き、収納してあったアイスボックスクッキーを取り出す。
「これはスライスして焼けば良いのか。じゃあこんな感じで全部切ってくれるか」
ナイフで何枚か切って見せて、あとはスライム達に任せておく。
側にいたイプシロンとエータが、即座に棒状になって凍っているアイスボックスクッキーを取り込んでモニョモニョと動き始める。
「オーブンは、まとめて焼くなら両方使えば早いな」
指定の温度で余熱をかけておき、オーブン用のトレーを取り出して並べる。
「切れたよご主人。どこに出せば良いですか?」
「おう、ここに並べてくれるか。ちょっと隙間を開けて並べるんだぞ」
師匠のレシピに書いてある通りに、隙間を開けて並べてもらう。
「おお、ちょっと歪んだけど、ちゃんと渦巻きと市松模様になってるじゃんか。へえ面白い」
並んだ綺麗にスライスされたクッキーを見て、自分で作っておいて言うのもなんだがちょっとマジで感動したよ。
お菓子作り、ハマりそうで危険です。
「じゃあ焼いていくぞ。ええとゼータとデルタがやってくれるのか。じゃあ15分くらいらしいから一回と半分だ。一回落ちたら教えてくれるか」
トレーをオーブンに入れながら、速攻で砂時計を確保したゼータとデルタにお願いする。一応、焼いてる途中経過も見ないとな。開けたら黒焦げだったりすると立ち直れない。
「やってみて分かったけど、お菓子作りの方が料理より失敗する危険が高いんだなあ」
ココアを入れるための片手鍋を取り出しながらそう呟く。
「まあ、俺に出来るお菓子なんてたかが知れてるけどな」
ケーキ屋さんで売っていたような、あんな豪華な生クリームを飾りつけたデコレーションケーキなんて俺に求めてはいけない。俺は俺が出来そうなお菓子を作ろう。うん、もしも難しいのを作るなら、師匠が側にいる時だな。
頭の中で、今度アポンへ行ったら、師匠にお願いしてデコレーションケーキの作り方を習ってもいいかも。なんて、密かに考える俺だった。
そして我に返る。
俺、何を目指してるんだろう……?
振り返ると、机の上に整列して次の指示を待ってるスライム達。砂時計と睨めっこをしているゼータとデルタ。
少し離れた森で、それぞれに食事をしつつも俺の事を気にかけてくれているセーブルや草食チーム。お空部隊達。皆、大切な仲間だ。
岩場には、日向ぼっこをしつつ寛いでいるベリーとフランマもいる。見ているのに気付いて、ベリーが笑って手を振ってくれる。フランマは見事に空中一回転をして見せてくれた。
笑って手を振り返しつつ、なんだかどんどん落ち込んでいく自分を自覚していた。
ベリーを生まれ故郷の場所へ連れて行くなんて約束したのに、全然迷走しまくってる。
申し訳なくなって口を開きかけた時、まるで全部解っているのだと言わんばかりにベリーが笑って首を振った。
「良いんですよ。貴方は貴方の思うままに進んでください。私も楽しませてもらっていますからね。急いで里に戻る必要はありませんから、どうか気にしないでください」
そう言ってくれて、不意に心が軽くなった。
そうだった。
俺は最初に、この世界で目を覚ましてシャムエル様に会い、この世界を楽しく旅して見てまわりたいと思ったんだ。だったら今の状況はまさにそれだよな。思っていた以上にたくさんの大切な仲間達にも出会えた。
うん、何も悩む必要は無い。ちょっと予定より仲間が増えて、食事の支度が増えただけだって。これはきっとぼっちで旅するよりも幸せな事だよな。
そう考えて、不用意な不安になりかけた自分を無理矢理納得させた。
解決出来ない事でうじうじ悩むなんて、俺らしくないって。
不意に手を止めた俺を、シャムエル様が心配そうに覗き込んでくる。
「何? どうかした?」
「いや、何でもないよ」
誤魔化すようにそう言い、ひとまず片手鍋を置いてオーブンを覗きに行った。
「もうすぐ一回目の砂が全部落ちるよ」
ゼータとデルタの得意気な声に笑って撫でてやり、残りの時間はオーブンを覗き込んで過ごした。
二回に分けて、用意したクッキーを全部焼いたよ。焼き加減もバッチリ。これは大成功と言って良いだろう。
お皿に山盛りにされたクッキーの山を見て、一仕事終えた達成感にちょっとドヤ顔になる俺だったよ。




