失敗作もまた良し??
「ご主人、そろそろ砂が落ちるよ」
蒸し器の時間を計ってくれていたゼータの声に、振り返った俺は急いで蒸し器に駆け寄った。
「どれどれ、どんな具合かな?」
しかし、蓋を開けようとしたんだが、煮えたぎって物凄い蒸気を吹き出している蒸し器に何だか嫌な予感がする。
「ううん、ちょっと火が強すぎたかな?」
少し風があったので、大丈夫かとやや強めの火にしたのがまずかったらしい。
とにかく火を止めて、恐る恐る蒸し器の蓋を開けるとものすごい勢いの真っ白な蒸気が目の前を覆い尽くす。
「ぶわ〜! すごい蒸気。大丈夫かよこれ」
咄嗟に顔を覆って叫びながら思い出したのは、以前バイトしていた定食屋の店長が作っていた定番の茶碗蒸し失敗事件だ。
どうやら火加減を間違ったらしくて、大変な事になったんだっけ。
普段はトロトロのふわふわの絶品茶碗蒸しの卵液部分が、スプーンですくってみたらとにかく穴だらけ。
単に見かけが悪いだけなのかと思ってたら、食べた時の食感がいつもと全然違ってて衝撃だった。舌触りがボソボソだったんだよ。
あの状態をすが入る、って言うらしく、蒸し料理の失敗の最たるものらしい。
あの時は急遽別メニューで対応したけど、店長の凹みっぷりにバイト組は本気で心配になったくらいだったっけ。
懐かしい記憶に若干遠い目になりつつ、トングを使ってプリン型を一つ取り出してみる。
「ううん。もう出来てるっぽいけど、この泡が気になる。とにかく、味見を兼ねて一つ取り出してみるか」
一つだけ取り出したプリンを側にいたサクラに渡して冷ましてもらう。さすがにこのままでは熱くて触れないって。
「はいどうぞ。これくらいで良い?」
しばらくモニョモニョと動いていたが、常温に冷えたのを取り出して渡してくれる。
「おう、ありがとうな。さて、どうなったかな?」
小さめのお皿を用意して、プリンとカップの周りを軽くスプーンで押さえて外し、お皿で蓋をして一気にひっくり返す。
「さて、どうなったかな?」
ちょっとドキドキしながらプリン型を外す……。
「うわあ、やっちまった!」
思わずそう叫んでしまった。
予想通り、プリンは細かい穴ぼこだらけ。まるで外国のアニメに出てくるチーズみたいになってる。
「ああ、蒸し器の分全部これかよ」
初めての大失敗に、その場でしゃがみ込んで地面に膝と手をついて項垂れる。
ホントに絵文字の orz みたいになったよ。
ああ、大ショック……。
「ねえ、一体どうしたの? すっごく良い匂いがするから、早く食べたいんだけどなあ〜!」
そう言って、いつの間に取り出したお皿を振り回しながら、ご機嫌でステップを踏むシャムエル様。
その無邪気な視線が痛いです。
「ごめん、ちょっと立ち直る時間をくれ」
これ以上無いくらいの大きなため息を吐いて何とか立ち上がる。自分が食べたかっただけに、ここまで見事にすが入ってしまうと、ちょっと本気で凹む。
あの時の店長の気持ちがめっちゃよく分かった。店長、邪険にしてごめんよ。
割と本気で凹んでいたんだが、お皿を振り回すシャムエル様を放置は出来ない。諦めて椅子に座り穴だらけのプリンを見る。
「あのさ、これ失敗作なんだよ」
「ええ、何処が?」
思いっきり驚き、踊るのをやめてマジマジとプリンを見つめる。
近づき過ぎて鼻先がプリンにめり込みそうだ。
「ここ、小さな穴がいっぱいあるだろう?」
「空いてるね。こう言うお菓子じゃないの?」
「違う違う。普通ならこんな穴はない。もっと均一で滑らかになるはずなんだけどさあ。ああ、やっちまった」
考えたら悲しくなってきたので、とにかくスプーンを取り出してシャムエル様の差し出すお皿に半分以上を乗せてやる。
「舌触りがあまり良く無いけど、まあ味は一緒だと思いたい。食べてみてくれよ」
「これが失敗なの? すっごく美味しそうだよ? では遠慮なく、いっただっきま〜す!」
不思議そうに首を傾げつつそう言ったシャムエル様は、嬉しそうにいただきますの掛け声と共にプリンに突っ込んでいった。
相変わらず豪快だねえ。
もう一度ため息を吐いた俺も、自分の残り半分弱を一口すくってみる。
「カラメルソースは大変だったけど上手く出来たのになあ」
見かけはバッチリの蒸しプリンだが、穴に入った垂れてきて点々になってるカラメルソースが悲しい。
でもまあ、食べ物には違いない。そう思ってとにかく口に入れてみた。
……沈黙。もぐもぐ、もぐもぐ、ごっくん。
「あれ、案外大丈夫じゃん。まあ確かにちょっと硬いしざらざらだけど……これはこれで、あり……かな?」
茶碗蒸しの時ほどの衝撃は無い。まあ確かにちょっと硬すぎな気もするが、元々硬めのプリンにするつもりだったから、これはこれでありって事にしておこう!
ちょっと立ち直って、安心して残りを食べる。
オーブンで蒸し焼きにしている分は、今のところ大丈夫そうだ。
お供えとハスフェル達にはあっちを食べさせて、失敗作は俺とスライム達で食べても良いかも。
などと考えていると、あっという間にプリンを完食したシャムエル様がものすごい勢いで俺の指を掴んで上下に振り回した。
「どこが失敗なんだよ。すっごくすっごく美味しいです! 全然失敗なんかじゃないよ!」
力説してくれたシャムエル様に、俺は笑ってそっともふもふな尻尾を突っついた。
「そっか、ありがとうな。でも、こっちも食べてから感想を聞きたいなあ」
オーブンを指差しながらにんまりと笑ってそう言ってやると、ものすごい勢いで何度も頷いた後、一瞬で新しいお皿を取り出して差し出してきた。
「でもこれは出来上がるまでもう少しかかるみたいだから、もうちょっと待ってくれよな」
「待ちます! 待ちます! もういくらでも待ちます〜〜〜!」
何やら不思議な横っ飛びステップを踏みながら、シャムエル様は待ちの体勢に入ったみたいだ。
「じゃあこっちは、冷ましておいてくれるか」
蒸し器から取り出したプリンを集まってきたスライム達に適当に分けて渡し、お菓子用に空けた冷蔵庫を出しておく。中にはベイクドチーズケーキが入ってるだけだ。
冷ましたプリンは、小皿で蓋をしてから冷蔵庫へ入れておく。
「ご主人、こっちもそろそろ時間で〜す」
イプシロンの声に、慌ててオーブンを覗き込み、手早く取り出してみる。
「ううん、もうちょっとって感じだな」
軽く揺らしてみると、真ん中がまだゆるゆるなのが分かる。
「じゃあと10分くらい蒸してみるか。だけど、半分砂が落ちたら教えてくれるか」
もう一度オーブンに戻して蓋をする。
返事をしたイプシロンが砂時計をひっくり返すのを見て、俺は椅子を持ってきてオーブンの横に座った。もう失敗は許されないからな。
5分間、オーブンと睨めっこをした結果。こちらは完璧な状態の蒸しプリンが完成した。
ちょっとドヤ顔になる俺の目の前で、新しい皿を持ったシャムエル様がまたものすごい勢いでステップを踏み始めたのだった。