プリン作りとエータの失敗?
「プリンのレシピっと」
出来上がったカラメルソースを置いた俺は、しおりを挟んだページを開いた。
「へえ、意外に簡単じゃん。たまごとミルク、生クリームに砂糖、バニラビーンズ。おお、また出たぞバニラビーンズ」
目に留まったのは、以前アイスクリームを作った時の謎アイテム、バニラビーンズ。
だけど大丈夫だ。
もう今の俺は、バニラビーンズの何たるかを知ってるぞ。えっへん。
あ……シャムエル様の、何やってるんだ、お前?って視線が痛い。
って事で誤魔化すように咳払いをして、バニラビーンズを取り出す。これは、以前使った残りのうちの三分の一本分を使う事にする。
「何々、まずはカラメルソースを作る。うん、これはもう作った」
レシピを確認しながら進める。
「プリンカップの底にカラメルソースを流し入れておく。ああ、成る程。こうしておけば、プリンの頭にカラメルソースが付くわけか」
納得して、用意してあったプリンカップにカラメルソースを流し込んでいく。
「卵をボウルに割り入れて泡立てないように混ぜる。これは案外難しいぞ」
卵をアクアに割ってもらい、箸でとにかく混ぜる。
「ここに砂糖も入れてさらに混ぜる。アルファ。これ泡立てないように綺麗に混ぜてくれるか。砂糖が溶けるまでだ」
「了解です!」
張り切ってそう言うと、ボウルごと一旦飲み込んでモゴモゴし始める。
「よろしくな。それでその間にミルクと生クリームを合わせてバニラビーンズを入れて温める。煮立たせずに人肌程度に温めるだけでいい。人肌って……」
なんだか無駄に赤面する。いや、別に深い意味は無いぞ。うん。気のせいだ。
中火って書いてあったので、とにかくその通りにコンロに火をつけて鍋をかける。
「要は、ちょっと温まったら良いって事だよな?」
しばらく考えて、ちょっとだけ鍋に指を突っ込んで温かい程度で火を止めておく。
大丈夫だ、スライムの洗浄は完璧なはずだ。
「それで、バニラビーンズを取り出して中身を取り出して混ぜておけばよし、っと。それで、これを混ぜた卵液と混ぜるんだな」
バニラビーンズが混ざって、黒い粒々が入った生クリームとミルクの混合液を、アルファが混ぜてくれた卵と混ぜ合わせる。
「ああ、もうこの卵液自体が美味そうじゃん」
出来上がったプリンの素を、一度金属のザルで濾してからカラメルソースが入ったプリンカップにお玉を使って注いでいく。
「フライパンで蒸す方法と、オーブンを使って蒸す方法と、蒸し器で蒸す方法があるのか。せっかくだから、母さんがやってた蒸し器で蒸すやり方でいくぞ」
大きな蒸し器を取り出し、下の段の鍋にたっぷりの水を入れてコンロに火をつけて鍋を乗せる。
「上段にプリンを並べてっと。うおお、どうしよう。全部入らないぞ」
ここで問題発生。
張り切ってたくさん作ったら、まさかの蒸し器にプリン型が入りきらない事態発生。
「ううん、蒸し器は一つしか買ってないぞ」
困って師匠のレシピを見ながら考える。
「おお、蒸し器が無ければフライパンやオーブンでも出来るって書いてあるぞ。よし、じゃあオーブンで作ってみるか。だけど、オーブンでどうやって蒸すんだ?」
はてなマークを連発しつつ師匠のレシピを読むと、どうやら深めのトレーにお湯を張り、そこにプリン型を並べてオーブンで焼けば蒸し焼きになるらしい。
「へえ、面白い。じゃあ残りはオーブンで蒸し焼きにしてみるか」
指定の低温でまずは予熱をする。
その間に片手鍋に水を入れて火にかけ、お湯を沸かしておく。
そうこうしてる間に、蒸し器のお湯が沸いたので、プリン型を並べた上段をお湯の入った鍋の上に乗せて布巾を被せて蓋をする。
「ゼータ。砂時計一回分頼むよ」
一応10分くらい蒸すと書いてあるので、まずはその通りにしてみる。
オーブン用のお湯も沸いたので、深めのトレーにお湯を入れてプリン型を並べる。
「で、これをオーブンに入れる。時間は目安だが30分から40分。へえ、こっちは時間がかかるんだ」
イプシロンにまずは30分計ってもらう。
振り返ると、やっぱり使った道具はもう綺麗さっぱりピカピカになって並んでいた。
ありがたやありがたや。
休憩しようとしたその時、ベイクドチーズケーキの時間経過をお願いしていたエータが、突然悲鳴のような声を上げた。
座りかけていた俺は、飛び上がって慌ててエータの側に駆け寄る。
「どうした! 何があった!」
まさか火でもついたかと慌てたが、見ると机の上にいたエータがまるで溶けたみたいぺしゃんこになってる。
しかも、そのままプルプルと震え出した。
「おいおい、一体どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」
まさか何かの病気だろうか? それとも働かせ過ぎ? それとも時間経過する事でスライムに何か問題が発生したとか?
頭の中でパニックになりながらも、手を伸ばしてぺしゃんこになったエータを何とかいつもの丸い形に戻してやろうと必死になって真ん中に寄せ集める。
しかし、手を離すとまたぺしゃんこに逆戻りする。
「おい、一体どうしたってんだ? どこか痛いのか? それとも何か問題があるか?」
もう一度手の中に集めてやりながら必死になって話しかける。
肉球模様はそのままだから、溶けて死んだって事は無いと……思って良いんだよな?
半泣きになりながら覗き込むと、肉球模様がこっちを向いた。
「ご主人。ごめんなさい」
もの凄くしょんぼりした小さな声でいきなり謝って、また更にぺしゃんこになる。
「謝らなくって良いって、なあ、一体どうしたってんだ?」
「あのね……」
「うん、怒らないから言ってごらん」
小さい子に話しかけるみたいに、出来るだけ優しくそう言ってやる。
「あのね、チーズケーキがね……」
「時間経過のやつか。あれがどうかしたのか?」
「なんだか急に萎んで、潰れてぺちゃんこになっちゃったの、どうしよう。ごめんなさ〜〜い」
子供だったら泣き出してるような声でそう言うと、また溶けてぺちゃんこになる。もう水がこぼれたみたいになってる。まじで大丈夫か?
呆気にとられながらも考える。
「エータ、良いから時間経過が済んだベイクドチーズケーキを出してくれるか?」
「でも、潰れちゃったよ?」
プルプル震えながらそう訴える。
「良いから。ほら、とにかくここに出してくれるか」
そっと机を叩くと、恐る恐るって感じに丸く戻って一晩経過したベイクドチーズケーキを取り出してくれる。
それを見て納得した。
確かに、預けた時はものすごく膨らんでて盛り上がってた。だけど今は膨らんでた部分が全部潰れて真ん中部分が大きく凹んでいる。
だけど、ベイクドチーズケーキってこんな形だよな。
「エータ。ご苦労様。大丈夫だよ。これで良いんだって」
「だって、潰れてるよ!」
俺が駄目なのに慰めてると思ったらしく、震えがさらに大きくなる、多分首を振ってるつもりなんだろう。
「大丈夫だって、ベイクドチーズケーキはこんな風に、冷えたら凹んでぺちゃんこになるんだって。凹んだこの真ん中の部分が、ぎっしり濃厚で美味しいんだぞ」
その言葉に、心配そうに横で見ていたシャムエル様の目が輝く。
「じゃあこれは失敗じゃなくて、これで正解なの?」
「おう、これで正解だよ。じゃあこのまま冷蔵庫で冷やせば完成だ」
そう言って、ひとまず冷蔵庫に入れておく。
「良かった〜せっかくご主人が作ったケーキを潰しちゃったかと思った〜!」
元に戻ったエータが、恥ずかしそうに伸びたり縮んだりしながらそう言ってまた震える。
「だいじょうぶだよ。だけど失敗しても全然怒らないからそんなの心配しなくていいぞ」
笑って元に戻ったエータを撫でてやる。
「ええ、まだ食べないの?」
口を尖らせるシャムエル様に、笑った俺は首を振った。
「だからまだ駄目。全部出来上がったら、またスペシャルバージョンで盛り付けてやるから待っててください!」
「うう、分かったよ。待ってます!」
悔しそうにそう言って後ろを向くシャムエル様の尻尾を俺はこっそり突いてやった。
そして、まさにこの時。プリンを蒸している蒸し器が沸騰しまくってて、中のプリンが大変な事になってるのにその時の俺は全然気がついていなかったのだった。