焼き菓子とカラメルソース作り
「へえ、卵白を使ったレシピがあるじゃん」
お菓子の欄を流し読みしていた俺は、ある項目で手が止まった。
「卵白消費メニューって項目があるよ」
師匠、気配りが過ぎます。五体投地で感謝したい気分だ。
「ラングドシャ。猫の舌と呼ばれるカリカリのお菓子。ああ、あれか。丸くて周りがちょっと茶色のクッキーだな。某お菓子メーカーの箱で見覚えがある気がする。今回は無理だけどこれも候補に入れておこう」
しおり代わりのメモを挟んで次のページをめくる。
「マカロン……これは聞き覚えがあるぞ。ブームなのか知らないけど、ケーキ屋にラッピングしたのが山積みにしてあって、去年のバレンタインの義理チョコのお返しに事務所の女性達にあげたあれだ。へえ、あれって卵白で作るんだ」
ぶつぶつと独り言を呟きつつ、マカロンのレシピを読んでみる。
「どうぞって言われて試食したけど、食感が餅みたいなのに表面がカリカリでなんかよく分からなかった。正直俺はあんまり好みじゃなかったんだけど、女性達は大喜びしてたな。それに結構高かった覚えが……でも、って事はシルヴァ達も喜ぶだろう。俺に作れるかどうかは知らないけど、レシピは簡単そうだからこれも一応候補だな」
ここにもメモを挟み、次のページをめくろうとしたらゼータの声が聞こえた。
「ご主人、もうすぐ五回目の砂が全部落ちるよ」
「おう、了解、ちょっと見てみるよ」
一旦レシピを置いて、ベイクドチーズケーキの焼き具合を見てみる。
「おお、めっちゃ膨らんでる。いい感じじゃんか」
感心したようにそう呟き、一応五回目の砂が全部落ちるのを待ってからオーブンから取り出した。
「レシピによると、このまま冷めたら冷蔵庫で一晩冷やしたほうが美味いらしい。ええと、じゃあエータに頼むよ。今は熱々だから、これをひとまず冷ましてから半日ほど時間経過をお願いするよ」
「了解です!」
触手がニュルンと出て来て、一瞬で金型ごとベイクドチーズケーキを飲み込んでしまった。熱々だったけど、これは大丈夫なんだな。
火は苦手だって言ってたけど、熱いのは平気みたいだ。確かに考えてみたら今までもスープや揚げ物なんかも熱々のまま渡してるもんな。
なんとなく納得してマフィンの様子を見にいく。
「おお、これも綺麗に膨れてるじゃんか。よしよし、じゃあチョコ入りのマフィンも焼いてしまおう」
収納してあったチョコ入りのマフィンも、専用の金属のトレーに並べて空いたオーブンの中に入れる。
「じゃあこれも20分だから砂時計二回だな」
「はあい、じゃあ計ります!」
ゼータがご機嫌でそう言ってまた砂時計をひっくり返してくれた。
「ご主人、もうすぐ二回目の砂が全部落ちます!」
一回目のマフィンの時間を見てくれていたイプシロンの声に、慌ててもう一度オーブンを覗き込む。
「串を刺してみて、液がついて来なければ大丈夫……よし、もう大丈夫だな」
トレーごとオーブンから取り出して、用意してあった金網の上に取り出していく。
「ちょっと形が悪いのもあるけど、自分で言うのもなんだがかなり上手く出来たんじゃないか?」
金網に並んだ焼き立てのマフィンからは、めっちゃ良い匂いがしている。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
お皿を持ってものすごい勢いで振り回しながら軽快なステップと共に飛び跳ねるシャムエル様。まあ気持ちは分かる、これは食べたくなるだろう。
「じゃあ、この一番形が悪いのを試食用にするか」
真ん中部分じゃ無くて、横から膨れたためにかなり残念な形になったのを一つ取り出して、ナイフで切る。
俺の分は4分の1で、残りはそのままシャムエル様に渡す。
「ほら、これは味見だからな」
マフィンに視線が釘付けのシャムエル様は、興奮のあまり尻尾がいつもの倍くらいに膨れている。
「うわあい、美味しそう。いっただっきま〜す!」
そう叫んで、お皿に乗せてやったマフィンにやっぱり顔から突っ込んでいったのを見てから、俺はこっそり手を伸ばしてもふもふな尻尾を楽しんだよ。
そして切ったマフィンを口に入れる。
「おお、さすがは師匠のりんごの砂糖漬け。一欠片だけなのに存在はしっかり主張してる。めっちゃ美味え!」
これなら差し入れにも出来そうだし、この量ならちょっと甘いものが欲しい時にも重宝しそうだ。よし、あとでもっと作っておこう。
そんな事をしているうちに、二回目のチョコマフィンも無事に焼き上がった。
意外に簡単だな、お菓子作りって。
「これで、ベイクドチーズケーキとマフィンが二種類作れた訳だな。じゃあ後は……よし、俺が食べたいからプリンを作るぞ」
そこでふと思いついて固まる。
プリンといえば絶対に欲しいのがカラメルソースなんだけど、あれってどうやって作るんだ? ここにはインスタントのカラメルソースの素なんて無いぞ。
慌ててレシピを確認すると、当然だけどちゃんとあったよ。カラメルソースの作り方が。
「何々、カラメルソースって材料は砂糖と水だけなんだ。ええ。それでどうやってあの味になるんだよ?」
そう呟いて詳しいレシピを読むと、砂糖を半分の量の水で溶かしてそのまま火にかけ続けて焦がすらしい。なるほど、あの茶色は焦げた色だったのか。
納得して指定量の砂糖と水を片手鍋に入れて火にかける。別の鍋にも指定量の水を入れて火にかけておく。これはあとで使う分らしい。
「ええと、中火でしっかりと焦がす事。ううん、一応10分程度は焦がせって書いてあるな。ゼータ、砂時計一回分頼むよ」
沸いて来たところでタイマースタート。
鍋をひたすら揺すりながら、どんどん焦げて茶色くなるのを不安になりつつ見つめ続け、10分煮たところで火を止める。めっちゃ焦げたけど大丈夫なのか、これ?
「ここにさっき火を止めておいたお湯を注ぐのか。ええ! はねるので火傷に注意だと?」
振り返ってスライム達に待避命令を出す。この焦げが跳ねたら、多分当たったスライムは蒸発する。
俺の言葉にめっちゃ離れたところでアクアゴールドになったスライム達が、テントの張りに留まって怯えたようにこっちを見ている。よし、あそこまで離れたら大丈夫だろう。
「とは言え、俺も危険な事には変わりないよな」
一応出来る限り鍋から離れ、思いっきり腕を伸ばして遠くから焦げた砂糖液の入った鍋にお湯を注ぐ。
絶対、爆発したと思う。
なんだかものすごい音がして、ジュワジュワと鍋から湯気が立ち泡が溢れる。
「うわうわうわ〜!」
悲鳴を上げた俺は悪くないよな。
しばし沈黙……。
「あれ、大丈夫そうだな」
はねたのも吹きこぼれそうになったのも一瞬だけで、もう大丈夫そうだ。
「ええと、これを混ぜてもう一回火にかけてトロッとなったら終わり」
恐る恐る火をつけて、鍋を木べらでかき混ぜながらもう一度煮立たせる。だけどもう爆発する事は無かった。
若干怖い思いはしたが、無事にカラメルソースが出来上がったみたいだ。
戻って来たアクアゴールドに冷ましてもらったら、めっちゃ濃厚なカラメルソースになってたよ。
よし、これで母さんが作ってくれた硬めの蒸しプリンを作るぞ!
やる気満々で、プリンのレシピのページを開く。
もっと簡単にするつもりだったのに、お菓子作りが面白くてやめられない。
ちょっと危険な領域に足を踏み入れてしまった気がするけど、まあ、きっとシルヴァ達なら喜んで食ってくれるだろう。お菓子好きのランドルさん達も、そして、さっきからずっとキラッキラの目をして俺を見ているシャムエル様もな。




