揚げ物最高!
宿泊所に戻った俺は、まずは台所へ行きしっかり手を洗った。それから、備え付けの大理石の机の上に、サクラに頼んで順番に色々出してもらう。
「さて、それじゃあ長旅に備えてがっつり仕込んでおくとしよう。しかし、この肉の塊……トンカツ屋でバイトしていた頃を思い出すな」
そのトンカツ屋は大学の近くにあって、賄いで食事が出たから貧乏学生には有難いバイトだったんだよ。あの賄いで出た、とろけるチーズを挟んだチーズカツ、美味かったなあ……。
あ、いかんいかん。思い出したらよだれが出そうになったぞ。
うん、多分あれも作れそうだからやってみよう。モッツァレラチーズで出来るだろうからな。
小さく笑った俺は、大きな豚肉の塊を道具屋で買った肉切包丁で、まずは1センチぐらいの厚さで豪快に切っていく。
筋を切って軽く叩いてから塩胡椒して馴染ませてる間に、フライパンを使って炒ってたっぷりのパン粉を作る。
もう一度しっかり手を洗ってから、サクラに綺麗にしてもらい、前回使ってそのまま預けていたオリーブオイル入りのフライパンを取り出してもらう。
火をつけたコンロにフライパンを乗せて、温めている間に豚肉に小麦粉をまぶしておく。
「菜箸が欲しいな。でも、さすがに箸は無いか」
あるのはいくつかのトングだけだ。とき卵に豚肉を入れて、トングで掴んでパン粉の中に放り込み、素手でパン粉をまぶして油に入れていく。
「我ながらこの段取りの良さ! そうだよな、確かこんなだったよ」
小さく呟きながら、どんどん揚げていく。
油を切ったら大きめの木の皿に並べては、冷めないうちにサクラに預けていく。
「トンカツ1、2、3……」
皿を渡す度に、一生懸命数えながら飲み込んでいくサクラが可愛くなって撫でてやったら、嬉しそうに跳ね回ってたよ。
シャムエル様は、机の端でサクラと並んで、俺が手早くトンカツを作るのを面白そうに眺めていた。
端っこの一番小さいのも揚げる。これはつまみ食い用だ。
とき卵が足りなくなりそうだったので、追加で割り入れて、パン粉も追加しておく。
小さなトンカツをナイフで半分に切って、半分をシャムエル様の目の前に差し出した。
「ほら、味見。熱いから気をつけてな」
残りの半分を自分の口に放り込んだ。うん、思ったよりサクサクに揚がってるよ。オリーブオイルで揚げた事は無かったけど、十分美味しいよ。
「うわあ、衣がサクサクで美味しいね」
両手で持って、嬉しそうにトンカツを齧っているシャムエル様は、たまらなく可愛いかった。
撫で回してやりたくなるのを必死で我慢したよ。
ああ、あの尻尾……もう一度もふもふしたい!
揚げたトンカツを全部サクラに預けると、次はチーズを挟んだのを作ってみる事にした。
さっきよりも出来るだけ薄く切り、軽めにスパイスを振っておく。
モッツァレラチーズも出来るだけ薄めに……うん、これは無理だ。諦めて分厚く切って手で押しつぶそう。
ナチュラルチーズを普通のナイフで薄く切るのは、かなりの無理があったよ。
チーズを薄切り肉で挟んで、端っこに少しだけ粉を付けてしっかり押し付ける。
小麦粉をまぶしたら、さっきと同じ順番で、ガンガン揚げていく。
幾つかはチーズがはみ出してしまったが、思ってた以上に上手く出来たよ。これでサンドイッチを作ったら、絶対美味いと思うぞ。よし、ぜひ今度やろう。
こちらも、油が切れたものから順に、冷めないうちにサクラに渡していく。
「こっちは、チーズ入りトンカツ1、2、3、……」
並べたお皿を、数えながら飲み込んでいくのを見ながら考えた。
「あとは何を作っておくかな? 焼いたり炒めたりする程度なら、野外でも出来るだろうから、やるなら、今みたいに下拵えが必要な料理だからな。牛肉は、カツにするよりよりそのままステーキにした方が良いだろうし、あとは鶏肉か。あ! 唐揚げ!」
手を打った俺は、サクラにハイランドチキンのモモ肉の塊を出してもらった。
「いやあ、改めてみるとやっぱりサイズがおかしいよ。どんだけデカかったんだよ。あのハイランドチキンの亜種!」
当たり前だけど、業務用でもこれだけデカい鶏肉の塊は普通は無いよな。
気を取り直して、一口大に切り分けていく。
「このスパイス、万能だな」
スパイス屋で買った、調合スパイスは、本当に肉料理にバッチリ合うスパイスだった。
大きなお椀に鶏肉を入れて、スパイスと追加で黒胡椒もしっかり目に振り、置いておく。
「手は綺麗にしないとね」
生肉を触った手は、洗ってサクラに綺麗にしてもらい、別のボウルに入れた小麦粉に鶏肉をまぶして、順番に揚げていく。
「おお、唐揚げだぞ!」
自分で作って言うのもなんだが、唐揚げってテンション上がるよな。
籠が山盛りになったら、これも並べたお皿に山盛りにしてどんどんサクラに預けていく。
「唐揚げ1、2、3……」
ちゃんと、俺が言った通りの名前で、確認しながら飲み込んでいく。
「味見はしないとな」
そう言って、一つ口に放り込んだ。
「うん、小麦粉だとふんわりになるんだな。これはこれで美味いぞ。あれ? じゃあのカリカリに揚がるのは何を使ってるんだ? あ、そうだ片栗粉か! ううん、さすがに片栗粉は無いだろうな」
俺が食べながら呟いていると、トンカツをいつの間にか食べ終わっていたシャムエル様が、俺に向かって手を出している。
「あ、じ、み! あ、じ、み!」
何事かとおもったら、シャムエル様は尻尾を振り回して笑いながらそう言っていたのだ。
「あはは、そうだな、じゃあどうぞ」
小さめの唐揚げを渡してやると、両手で受け取って嬉しそうに齧り始めた。
「さっきのとまた全然違うね、でも美味しい」
目を細めて嬉しそうにそう言うのを見て、あまりの可愛さにもう笑っちゃったよ。
相当切ったモモ肉は、全部唐揚げにしたよ。
揚げ終わった唐揚げを、またお皿に山盛りにしながらサクラに全部預けて、後片付けをしていった。
結局、半分近く使ったオリーブオイルの瓶を手に取る。
「案外、軽く揚がったんだよな。これって多分、俺が知ってるオリーブオイルよりももうちょっと軽い感じだな」
この世界のオリーブオイルが全部そうなのか、それとも地方によっては他のオイルがあるのか、ここ以外の場所を知らない俺にはまだ分からなかった。
「新しい街へ行ったら、また朝市へ行くのが楽しみだよな」
いつの間にか定位置の右肩に戻ったシャムエル様に笑いかけて、机の上を全部片付けてから、イチゴを少しだけ出して洗っておいた。
サクラに聞きながら、残っていた野菜を洗ったり茹でたりしながら下ごしらえをしていった。
「この、ブロッコリーみたいなやつ。茹でてみたら美味しいや。これも、もっと買っておいても良かったな」
大きな鞘に入った豆を取り出しながら、茹で野菜を仕込む。
今、取り出しているのは、塩ゆでにすると美味しいと教えてもらった大きな豆だ。そら豆みたいに皮が分厚く無いから、塩ゆでしたらそのまま食えるらしい。
洗ってたっぷりの水を入れた鍋に、塩を多めに入れる。とりあえず半分の豆を茹でてみる事にした。
沸いたら取り分けた半分の豆を鍋に入れる。時計がないので、茹で時間は適当だ。
「もうそろそろかな?」
トングで一粒摘んで、ちょっと冷ましてから食べてみた。
「ええと、これはもうちょいだな。俺は柔らかいのが好きだからね」
適当に火から下ろし、カゴに取り出して冷ましておく。
「これ、残りはそのまま茹でて甘辛く炊いたら美味そうなんだけどなぁ。この世界には醤油が無いんだよな」
残念だけど、こればかりは仕方がない。
そう思って俺はある事に気が付いた。
「あ、そう言えば砂糖を買ってないぞ。どこかに売っていたかな?」
考えてみたが、店で見かけた記憶は無い。
「だけど、菓子パンが売ってるんだから、きっとどこかで売ってるんだろう」
そう考えて、明日、最後の買い出しの時に探してみる事にした。
夕食は、トンカツとサラダ、揚げた芋とパンと言う定食パターンだ。うん、我ながら美味しく出来たぞ。
汁物が欲しかったので、乾燥野菜で簡単スープも作った。
「あ、鍋は追加で何個も買ったのがあるんだから、一つくらい煮込んだスープを作っておいたら良いんだよな」
食べながら気が付いたので、食事の後に、一番大きな鍋でシンプル干し肉と野菜のスープと、牛乳とハイランドチキンの胸肉で、なんちゃってクリームシチューを作った。
これは鍋ごとサクラに預かってもらう。
「よし、これで料理の仕込みは完璧だな。これで安心して出発出来るな」
笑いながら、倉庫にベリーを迎えに行った。
宿に連れて帰ってきたら、もうする事はないので早めに休む事にした。
俺は防具と靴を全部脱ぎ、先にベッドで寝ているニニの腹毛に潜り込んだ。いつものようにマックスが横に来て転がり俺を間に挟む。巨大化したラパンが俺の背中、タロンは俺の腹の横で小さく丸くなった。
俺の元気の元、幸せパラダイス空間完成だ!
「おやすみ、明日は朝市を見て、ハイランドチキンを引き取ったら、いよいよ旅に出るぞ」
ニニの腹毛に潜り込みながらそう言うと、マックスは嬉しそうにひと吠えし、ニニは顔を上げて声の無いニャーをした。ラパンとセルパンも顔を上げて嬉しそうにしているし、椅子の背に留まっていたファルコも、大きく翼を広げて嬉しそうに羽ばたいた。
「楽しみですね」
嬉しそうなマックスの声に大きく頷いて、俺は目を閉じたのだった。