もう一つの騒動の顛末
「ああ、早駆け祭りの英雄御一行のお越しだね」
ギルドへ行くと、ちょうどカウンターにいたエルさんと会う事が出来た。
「クーヘンから伝言を聞いてきました。あの寄付の手続きの件ですよね?」
マックス達を入り口横の広い場所に座らせ、カウンターに座ろうとすると何故だか止められた。
「ちょっと込み入った話があるんで奥へ来てもらえるかな。ハスフェル達も一緒に。ああ、もちろん従魔達も一緒で構わないよ」
すでにギルド中の注目の的になってるマックス達をここにそのまま置いていって大丈夫か心配だったので、お言葉に甘えてマックス達もそのまま奥へ連れて行く事にして、俺達はエルさんの案内で奥にある別の部屋へ向かった。
「ここなら従魔達も窮屈じゃ無いだろうからね。従魔達は庭に出てもらっても構わないよ」
エルさんが連れてきてくれた部屋は、大きな窓のある明るくて広い会議室みたいな何も無い部屋で、裏庭に続く扉を開けてもらって従魔達は大喜びで庭に出ていった。
何となく真ん中の机に集まって座る。
「まずは早駆け祭りお疲れ様。今回も君達のおかげで大いに盛り上がったよ。アルバンによると賭け券の販売金額も史上最高額だったそうだし、あちこちの商店や屋台も軒なみ売り上げ倍増だったらしいからね」
「俺達も楽しかったですし、少しでも役に立てたのなら良かったですよ」
「今回、本当に君達には迷惑をかけてしまって申し訳なかった」
また改めて頭を下げられてしまい、俺達は慌ててエルさんの背中を叩いた。
「いや、それはもう解決したんでしょう? もう良いですって」
しかし、顔を上げたエルさんはこれ以上ないくらいに嫌そうな顔をしていたのだ。
「あの……もしかして、その、まだ、何か、あり……ました?」
出来れば否定して欲しかった。
恐る恐る聞いた俺の質問に、エルさんは思い切り嫌そうに頷いた。
……沈黙。
「もう行って良い?」
割と本気で立ち上がりかけたが、残念ながらエルさんに腕を掴まれてしまった。
「気持ちは本当によく分かるし、ついでに言うとこれに関しては私も本気で嫌になってる。でもお願いだから帰らないで」
帰るって、何処へ。
って突っ込みかけたけど、ちょっと本気で悲しくなりそうだったのでやめておいた。
「で、一体何があったんですか?」
思い切り聞きたく無いけど、聞かないと話が終わりそうになかったので一応聞いてみる。
そしてエルさんの口から、レース当日の驚きの矢笛事件の詳しい話を聞いた。
「矢笛をレース中に走っている従魔に向かって吹こうとした? おいおい、無茶するにも程があるぞ。万一本当にやられていたら、俺達はともかくケンは間違いなく生きてないな」
「だな。転んだマックスの背から吹っ飛ばされて、受け身も取れずに首の骨折って終わり。だな」
ハスフェルとギイの言葉にオンハルトの爺さんも真顔で頷いている。
「赤橋の辺りでやられてたら俺もそうなる未来しか見えないよ。誰か知らないけど、捕まえてくれた人に本気で感謝するよ」
大きなため息とともにそう言うと、エルさんも何度も頷いていた。
「それで目的がケンの殺害って事は、またあの馬鹿の弟子達からの依頼だったのか?」
「犯人はその場で取り押さえられて、その後の取り調べには素直に応じているみたいだね。ケンを郊外で襲ったあの二人組、彼らが自分達が万一しくじった時の為に、当日君が三周戦に参加するならとこっそり頼んでいたらしい。そんなところだけ仕事熱心にしなくていいのにねえ」
そう言ったエルさんは、俺より大きなため息を吐いて天井を見上げた。
「ちなみに矢笛を吹こうとした犯人の男は、いわゆる街の何でも屋で、違法スレスレの事はするが本来はそこまで悪辣な事はしない奴らしいよ。だけど前回の三周戦で、ハスフェルの単勝に相当な金額を賭けたらしくてね、そのあと酷い目にあったらしい」
もう、本気で嫌になってきた。
いらないところで無駄に仕事熱心な殺し屋達と、前回の賭けで負けて、憂さ晴らしに俺に無茶をしようとして捕まった馬鹿な奴。
もう一回思い切りため息を吐いた俺は、エルさんを見て首を振った。
「もういいです。俺はこうして生きてるんだし、怪我一つしてませんから。犯人逮捕に尽力してくれた方々に感謝して、俺はもうこれ以上は一切関わりませんので、後の処分はそちらにお任せします」
「もちろんだよ。もう犯人は逮捕しているし、これを君の耳に入れるかどうかも考えたんだけどね。でも、やっぱり狙われた以上は知らん振りは出来ないだろう?」
申し訳無さそうなエルさんの言葉に、顔を見合わせた俺達はもう何度目かも数える気もないため息を吐いたのだった。
「ええと、話を変えましょう。以前お願いしていた寄付の件ですが、手続きはどうすればいいですか? 出来れば定期的な支援をしたいんですがね?」
「ああ、感謝します。では書類を持って来ますから、このまま待っていてもらえますか」
エルさんも気分を変えるように明るくそう言うと、立ち上がって急いで一旦部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送り、また四人全員揃って大きなため息を吐く。
「どうやら、この件に関してはシルヴァ達が頑張ってくれたみたいだな。後でお礼を言っておこう」
ハスフェルの言葉に驚いて彼を振り返る。
「じゃあもしかして、最終の三周目に赤橋の手前辺りでシルヴァの姿が一瞬だけ見えた気がしたんだけど、気のせいじゃ無かったんだな」
「お前凄いな。あの速さで走ってて観客が見えたのか?」
驚くハスフェルに俺は笑って肩を竦めた。
「本当に見えたのは一瞬だったから確信はなかったんだけどね。さっきの話を聞いて、やっぱりそうだったんだなって思っただけだよ。でもそっか、また守ってもらっちゃったな。お礼に、今度のお供えする料理は豪勢にしないとな。何が良いかな? 肉? いや、やっぱりここはスイーツかな?」
腕を組んで考えていると、不意に後頭部の髪の毛を引っ張られた。
苦笑いして振り返ると、予想通りに収めの手が現れて俺に向かって手を振っていた。
「何がいい? 肉?」
いまいち反応が無い。
「やっぱりスイーツかな?」
その瞬間、大きくOKマークを作ってから消えていった。
当然ハスフェル達にも見えていたので、全員揃って大笑いになる。
「何やってるんだよ全く。でも了解。ご希望はスイーツだな。さすがに、いつもの料理みたいにすぐには作れないと思うけど、頑張って何か作るから待っててくれよな」
収めの手が消えた空間に向かってそう呟くと、もう一度ため息を吐いて背もたれに体を預けた。
「今回は、人の良い所と悪い所の両極端を見せられた結果になったな。孤児院の友達に、何の見返りもなく高級なお菓子を食べさせたくて頑張って走った子もいれば、一方的な逆恨みで人を殺すまで恨んだ奴もいる……人って面白いなあ」
「面白いって言ってくれるかい?」
そう呟いた時、開けっ放しだった扉から書類を手にしたエルさんが入って来て苦笑いしながらそう言って俺の横に座った。
「面白いとでも思わないと、正直言ってやってられませんよ」
「同意しかないね。でもまあ、もうこんな事はそうは無いと思うよ。お願いだから、もう参加しないなんて言わないでおくれ」
割と本気な声でそう言われてしまい、もう笑うしかなかった。
「俺達もこの祭りに関しては楽しんで参加してますから、そんな事言いませんよ。また来年の春も来ますのでよろしく」
「期待して待ってるよ。改めてこれからもよろしく」
差し出された手をしっかりと握り返し、それから改めて差し出された書類を受け取り目を通したのだった。