表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
644/2068

バッカスさんの店

「全く、お前は相変わらずだな」

 笑い過ぎて出た涙を拭いながら、ハスフェルが呆れたようにそう言ってまた笑う。

「いいじゃないか、もふもふは俺の癒しなんだからさ」

 胸を張ってドヤ顔でそう言ってやると、三人揃ってまた大笑いしてるし。まあ、俺も笑い過ぎてちょっと腹が痛いよ。



「はあ、笑った笑った。さて、それじゃあまずはクーヘンの店へ行くか」

 ようやく笑いの収まった俺達は、顔を見合わせてもう一度笑ってからそれぞれ手早く荷物をまとめた。

 と言っても全員収納の能力持ち。まあほぼそのままだったんだけどね。

 置いてくれてあった階段も乗り降り出来るあの手押し車に小さくなってもらった従魔達を乗せ、来てくれたスタッフさんと一緒に階段を降りて厩舎へ向かう。



「マックス! ニニ! お待たせ。もうここは引き払うから留守番は今日で終わりだぞ」

 そう言って俺を見て大喜びする二匹に順番に抱きつき、もふもふとむくむくを堪能した。

 ああ、やっぱりマックスとニニは俺の癒しだよ。

 一旦従魔達には厩舎で待ってもらい、フロントでスタッフさんに挨拶をして部屋の鍵を返す。

「お世話になりました。また来ることがあったらその時はよろしくお願いします」

「次は春ですね。またのお越しをお待ちしております」

 満面の笑みのスタッフさんにそう言われて、もう笑うしかない俺達だった。

 でもまあ、早駆け祭りは楽しいから次も来るけどね。

「ええ、そうですね。それじゃあ春を楽しみにしてます」

 笑顔のスタッフさん達に見送られて、俺達はお世話になった豪華ホテルを後にしたのだった。




「まだまだ大人気だな」

 ホテルを出た途端に街中の人達が集まってきて、大歓声と拍手で動けなくなる。

「皆さん、ご声援ありがとうございます。ですがもう祭りは終わりましたよ。また次回の早駆け祭りでお会いしましょう!」

 マックスの背の上で開き直って大きな声でそう言ってやると、またしても大歓声と拍手、そしてあちこちから同意する声と笑いが起こって人々が案外素直に散っていった。

「おお、なかなかやるじゃないか。さすがは二連覇の覇者だな」

 ハスフェルにからかうようにそう言われて、俺はこれ以上ない大きなため息を吐いた。

「いやあ、らしくないとは思うけどさ。あのままだといつまで経ってもクーヘンの店に行けそうにないしさ」

 遠い目になる俺を見て、ハスフェル達が何故か慰めてくれた。

 ってなわけで、ようやく人が引いてくれたので、従魔に乗った俺達はひとまずクーヘンの店へ向かった。




「おお、相変わらず繁盛してるな」

 クーヘンの店は今日も行列が出来ていた。

 外の道路沿いに移動式のポールが並べられていて、人の列はそのポールに沿って並んでいるみたいだ。最後尾は横の円形広場にまで連なっているが、ゆっくりと進んでいるので皆文句も言わずに大人しく並んでいる。

「どうするかな。ジェムの在庫の様子を聞き損なってるから、減ってるようなら追加しておきたかったんだけどな」

 行列越しに中の様子を伺っていると、俺達に気付いた行列しているお客さん達がまるで伝言ゲームのように前の人を叩いて何か言ってるのが見えた。

 そのまま店の中まで伝言ゲームは続き、しばらくするとクーヘンが店から駆け出して来た。

「おはようございます。まさかもう出発するんじゃないですよね?」

 慌てたようにそう言われて、俺達は苦笑いして首を振った。

「いやいや、いくら何でもそんなに慌てては出て行かないよ。とりあえず従魔達を走らせてやりたいから今日は外に出るつもりだけどね」

「ああ、そうだったんですね。昨日、バッカスさんとマーサさんが本契約を結びましたから、今日から早速店の掃除に入ってると聞きましたよ。行ってみますか?」

「おお、出来れば炉の様子だけでも早めに聞いておきたいんだがな」

 オンハルトの爺さんの言葉にクーヘンが笑顔になる。

「じゃあ案内しますので行きましょうか。ちょっと兄さんに知らせて来ます。店も、故郷から新しく人に来てもらったので、かなり余裕が出来てきたんですよ」

 おお、もう追加の人員を雇ってるんだ。商売繁盛そうで何よりだね。

 感心して待っていると、クーヘンがチョコに鞍を乗せて出て来た。

 まあ、俺達が全員従魔に乗ってるんだから、クーヘンだけ歩きってわけにもいかないよな。




 注目を集めつつも特に進路を遮られるようなこともなく、クーヘンの案内で職人通りへ向かう。

 冒険者ギルドからも近いその通りは、名前の通りに武器や防具を売る店を中心に、いかにも冒険者が好きそうな店がぎっしりと立ち並んでいた。

「こっちですよ」

 一番大きな通りから一本横道に逸れると、表通りよりも少し小規模で生活感のある品揃えの店が並んでいた。もちろん武器や防具を扱う店も多く、だけど大通りにある店よりは少し価格が控えめみたいだ。

 なるほど、この辺りなら初心者でも手が出やすい価格になってるみたいで、まだもの慣れない感じの若い冒険者達が多いように見える。

「あそこです。おお、もう表の覆いを外してるんですね」

 チョコから降りながらクーヘンが教えてくれた店は、間口はそれほど広くはないが、隣の店との間に騎獣を置くための場所がある、かなり立派な建物だった。

「へえ、すごい。立派な建物じゃないか」

 繊細な彫刻の入った、店の扉の上側にある飾りアーチを見上げながら感心したようにそう呟く。

 なんて言うか、もっと地味で無骨な店を勝手にイメージしていたので、小綺麗で明るいその建物はちょっと意外だった。

「この前にこの店を持っていた方がかなりの趣味人だったようで、建物の装飾にはかなりこだわりがあったみたいですね。バッカスさんも店を確認してかなり喜んでいましたよ」

 クーヘンの説明に感心しつつ、勝手に従魔達を繋いで開けたままになっている扉から中を覗く。

「バッカスさん。いますか?」

 クーヘンの呼びかけに、奥の扉が開いてバッカスさんが出てきた。

「おはようございます。ああ、ケンさん。皆さんもようこそ。まだ散らかっていますがどうぞ見てやってください。いやあ。ここはすばらしいですよ。改装は最低限で済みそうです」

 嬉しそうなその顔は、鼻先や顎髭が煤で黒く汚れているし指先も真っ黒だ。そして後ろから、同じように鼻先や前髪が黒くなったランドルさんも顔を出した。




「もしや、炉の状態を見ておったのか?」

 オンハルトの爺さんの言葉に、バッカスさんは満面の笑みになる。

「ええ、いくつか手入れは必要ですが、炉の状態はかなり良いのでほぼこのままで使えそうです。本当に良い店を紹介していただきましたね」

「おお、ならば掃除が済んだ暁には、言っておったように祝福を贈らせていただくとしよう」

 嬉しそうなオンハルトの爺さん言葉にバッカスさんも嬉しそうに頷いた。

「数日もあれば掃除もほぼ終わりそうですので、火入れの際には是非ともお願いいたします」

 深々と頭を下げるバッカスさんを見て、オンハルトの爺さんも嬉しそうに頷いている。

「良い火を贈らせていただこう。では、我らは今日のところは郊外に出る予定なのでな。また改めて来るとしよう。無理はせんようにな」

「はい。では皆さんもお気をつけて」

 二人揃ってもう一度頭を下げて、そのまま奥へ戻ろうとしたので慌てて呼び止める。

「ああ、待ってください。大したものじゃあありませんが良かったらこれ、昼飯にでもしてください」

 そう言って、昨日作ったサンドイッチを色々適当に取り出して大皿に乗せて渡しておく。まあ二人だったらあれくらいあればなんとか足りるだろう。

「ああ、これは嬉しいですね。ありがとうございます」

 受け取ったランドルさんが、嬉しそうにそう言い持っていた収納袋にそれを収めた。

「じゃあまた来ますね。頑張ってください」

 手を振って奥に戻る二人を見送る。



 クーヘンはこのまま店に戻るらしいので、店の前で別れる事にする。

「ああそうだ。エルさんが、ケンさん達に何か伝言があるそうなので、時間のある時にギルドに寄って欲しいって言ってましたよ」

 このまま出発する気満々だったけど、そんな事聞いたら知らん顔は出来ないよな。

 なのでこのままギルドに寄ってから出発する事にした。



 気軽な気持ちで立ち寄ったギルドで、俺達はまた驚きの事実を知らされる事になった。

 まさかね、まだあの騒動に続きがあったとは……。

 本当にもういい加減にしてくれ! って叫んだ俺は、悪くないと思う。断言!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ