夕食とホテル最後の夜
大量のサンドイッチの仕込みを終えた俺は、ソファーで休憩していて突然聞こえたノックの音に飛び上がった。
「ふえ? 何だ何だ? 誰か来たぞ」
慌てて振り返ると、笑ったギイがルームサービスのメニューを見せてくれた。どうやら俺がサンドイッチを作ってる間に、早めの夕食の注文をしてくれていたみたいだ。
「お待たせいたしました。ではどうぞごゆっくり」
手早く持ってきた料理を机の上に並べて出ていったのだが、見送った俺はもう笑うしかなかった。
スタッフさん達が持ってきてくれた料理は、いつも以上の物凄い量だ。追加の机が二台も用意されてるし……。
「おいおい、どれだけ食うつもりだよ」
呆れたようにそう言うと、ハスフェルは笑いながら料理を見た。
「まあ、無理すれば食えない量じゃないけどな。どうする? 食べ残しになるのもなんだから、先に収納するか?」
「あ、そう言う意味だったのか。じゃあ遠慮なく」
納得した俺は、適当に多そうな料理を選んでまとめて収納していく。
確かに、ここのルームサービスも美味しいから多めに注文して収納しておこうって言ってたな。すっかり忘れてたよ。
「ええと、こんなものかな?」
なんとなくいつもの量くらいを残してかなりの量を収納した。
うちのメンバーの場合、一食で食べる量がそもそも半端ないので出来ればもう少し欲しいところだが……まあ、取り敢えずはこれくらいにしておこうか。もし残ったら、収納しておけば良いものな。
その時、もう一度ノックの音がして、オンハルトの爺さんが扉を開けに行くと、スタッフさんが一人だけいて、一礼してクーヘンからの伝言を伝えてくれた。
それによると、どうやらバッカスさんの店舗兼住宅の契約は無事に完了したらしく、ランドルさんとバッカスさんはこのまま今夜はマーサさんの家に泊まるので、一足先に三人はホテルを引き払ったとの事だった。
「なんだ、すっかり仲良くなったみたいだな。了解です。じゃあ俺達も取り敢えず明日で一旦ここを引き払うか」
俺の言葉に三人が揃って頷く。
「良いんじゃないか。明日は郊外へ出るつもりだったから、その前に朝一番でクーヘンの店を覗いて詳しい話を聞いて、それから出かけてもいいんじゃないか?」
「良いなそれ、じゃあその予定で行こう」
スタッフさんを見送った後、改めて机の上の料理を見た。
「じゃあもう少し収納しておくとするか。さすがに、この量を俺達だけで食べるのはいくら何でも無理だよな?」
俺の言葉にまた三人が笑いながら頷く。
って事で、もう一度改めて一通りの料理を収納してから、残りで早めの夕食を終えた。
その後はもうダラダラと飲んで過ごし、俺はちょっと早めに休ませてもらった。
ベッドで待ち構えているセーブルにもたれかかりながら、そっと手を伸ばしてマックスよりもやや硬めの毛皮を撫でてやる。
「枕係りご苦労だったな。なかなかの寝心地だったよ」
「それなら良かったです。またいつでも言ってくださいね」
嬉しそうにそう言って小さな目を細めたセーブルは、そっと遠慮がちに俺の頬を舐めた。
大型犬並みの大きな舌が出て来て、先の方だけでちょろっと舐めるのを見て思わず笑ったよ。
「何だよ、遠慮しないでもっと甘えて良いんだぞ」
両手で大きな顔を掴んでぐしゃぐしゃにしてやる。
「私は力が強いですからね。あまり無茶を言わないでください。でもだからこそ、ご主人がそうやって私を信頼して体重を預けてくれるのは、最高に嬉しいです」
鼻先を俺に擦り付けるようにしてそんな事を言われたら、俺はもう堪らなくなった。
「大好きだよ。皆一緒だからな」
鼻先にキスをしてやってから、大きく伸びをしてもたれかかる。
ラパンとコニーをはじめ、他の子達もあっという間に定位置につき、最後にタロンとフランマが揃って俺の腕の中に飛び込んできた。
「じゃあ消しますね。おやすみなさい」
優しいベリーの声が聞こえた後、部屋が一気に暗くなる。
「ベリーもいつもありがとうな。おやすみ……」
そう言って目を閉じた俺は、柔らかなフランマの後頭部に顔を埋めてそのまま気持ちよく眠りの海へダイブしていった。
相変わらずの見事なまでの墜落睡眠だったね。
「良かったですね、セーブル。新たな大切な人が見つかって」
「はい、本当に夢のようです。何があっても絶対に今度は守ります。そして……いつの日かご主人が旅立たれる時には、今度は私も必ず一緒にいきます。今の私の願いはもうそれだけですよ」
「おやおや。欲の無い事ですね。でもそれはかなり遠い先の事になりそうですよ」
「そうなんですか?」
「まあ、これ以上は言わずにおきましょう。あなたはしっかりと、気が済むまでご主人に甘えてください」
ベリーとセーブルの会話を、俺の頭の上に座ったシャムエル様は黙って笑顔で聞いていた。
だけど俺はそんなことは知りもせずに、気持ち良く熟睡していたのだった。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
こっしょこしょこしょ……。
ふんふんふん……。
ふんふんふん……。
ふんふんふん……。
「うう、起きるって……待って……」
翌朝、いつものごとくモーニングコールチームに起こされた俺は、無意識で返事をしつつ胸元のフカフカを抱きしめた。
そしてそのまま当然二度寝の海へドボン……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
こっしょこしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん……。
ふんふんふんふん……。
ふんふんふんふん……。
「はい起きた……起きたって……」
返事はしたものの、相変わらずの寝汚さで目は全然開きません。
そろそろ起きないとまずい事になるんだけどなあ、などと考えつつ、でも最近は早起きが続いてたからしばらくやられてないからまあいいか、などと考えてのんびり構えている俺だった。
そのあと、巨大化したソレイユとフォールに舐められて、悲鳴を上げてベッドから転がり落ちる事になるのだった。
あはは、猫科の猛獣の舌はやっぱり半端ねえって。