大量のジェム買い取り再び
「さてと、今日はどうするかな。トンカツを仕込みたかったんだけど、お前ら食事は?」
俺の言葉に、ニニとマックスが二匹揃って首を振った。
「別に大丈夫だよ」
「私も平気」
「了解、じゃあ今日はこのまま戻って午後は食材の仕込みかな。それで、明日は午前中にもう一度街を見て何かあったら追加の買い出しかな。それで午後から、いよいよ新しい街へ向けて出発だ。どれくらいで到着するのか分からないけど、テントもあるから野宿も怖くないもんな。その途中で、お前らに順番に狩りに行って貰えば良いよな。機会があれば、俺も少しはジェムモンスターと戦っておくよ」
ジェムはもう充分過ぎるくらい有るけど、やっと戦いに体が慣れてきたところだからな。
勘が鈍らない程度には、俺も頑張ってジェムモンスター狩りをする事にしよう。
そのまま宿泊所に戻った俺は、まず、忘れていたタロンの飯を出してやる。
「ごめんな、すっかり忘れてたよ。早く飯を寄越せって言ってくれないと」
嬉しそうに鶏肉を食べるタロンにそう言うと、あっと言う間に食べ終えて顔を上げたタロンは、俺の手に甘えるようにそっと頬擦りをした。
「だって、ご主人は私のふみふみで悲しい事を思い出したんでしょう? なんだか申し訳無くて……」
小さくなるタロンの様子に、あの朝、俺のホームシックで皆に心配をかけた事を思い出した。
「ああ、違う違う。全然タロンのせいじゃ無いよ。気にしてたのか。ごめんよ」
思わず小さな身体を抱き上げてそっと抱きしめる。ああ、そうだよな。猫ってこんな大きさだったよな……。
しばらくの間、懐かしい小さなもふもふを堪能してから、俺はふと思った。
在庫の普通の鶏肉は、仕込みとタロンの飯でもう全部使っちまったからな。追加で、もっと鶏肉を買っておこう。それから、ハイランドチキンももう少し捌いておいてもらう。タロンの分も必要だからな。
タロンも、ハイランドチキンはやっぱり美味いらしい。今日お願いしておけば、出発するまでに引き取れるだろう。
思い立ったら即行動。
俺はサクラの入った鞄を持って、ギルドの本部に行こうとして立ち止まった。
「なあ、そういえば確認してなかったけど、ブラウンビッグラットとブラウンキラーマンティスのジェムって、どれくらいあったんだ?」
机の上にいるアクアと、鞄の中のサクラは一瞬沈黙してから一斉に喋り出した。
「えっとね。ブラウンビッグラットは294個で、ブラウンキラーマンティスはジェムが86個と、鎌は2個ひと組で全部で172個だよー」
「サクラのは、ブラウンビッグラットが348個と、ブラウンキラーマンティスが59個と亜種が一つ! 鎌は亜種の2個も全部合わせて120個だよー」
「あれ? これは引き分けかなあ?」
「サクラのは亜種もあるもん!」
「じゃあサクラの勝ちだね」
「わーい、勝ったよ」
「負けちゃったあ」
勝った負けたと、楽しそうな仲の良いスライム達に和んでいたが、俺はふと気が付いて大きなため息を吐いた。
この数のジェムを聞いて、少ないなって思ったんだよな、俺ってば……。
ちょっと遠い目になった俺は、深呼吸をして気持ちを切り替えると、まずギルドの建物に向かう。
その場にいた全員の注目を集めながらも平然と買い取りの列に並んだ瞬間、ギルドマスターが満面の笑みですっ飛んできた。
「おう、やっと来たな。買い取り金額の準備が出来てるからこっちへ来てくれ」
俺の腕を引っ張って、いつもの部屋に向かう。当然、ベリーも含めて全員ついて来ている。
「じゃあ、まずは買い取り金を渡すからな」
副ギルドマスターの爺さん達が、何やらでかい巾着をいくつも乗せた台車を押して来た。
「いや、本当に感謝の言葉もないぞ。どれも素晴らしいジェムだったよ」
ギルドマスターを含めて、俺の前に座った爺さん達全員が満面の笑みでこっちを見ている。
何と言うか……圧が凄いんですけど!
「まず普通のジェムは、一つ金貨10枚を付けさせてもらった。そして、亜種は金貨35枚を付けさせてもらった。どうだ。頑張ったんだぞ」
一つがそれって、確か、普通のは千個売りに出したよな。それで、
ええと、幾らになるんだ? あれ……おかしいな。簡単な計算が出来ないぞ。
あまりの凄い金額に、俺の頭の中はもう真っ白だった。
本気で、一瞬で白髪になったんじゃないかって心配するくらいに、静かに混乱していた。
うん、ネズミとカマキリも買い取りに出そうと思ってたけど、やめよう。主に、俺の精神的平安の為に。
サクラの入った鞄に、もらった巾着をどんどん入れていく。うん、深く考えてはいけない。
取り敢えず、出発までに旨い酒でも探して買う事にしよう。
何だか呆然としたまま、全部の巾着を鞄に入れ終えた。
「もう無いか? 何でも買うぞ」
やる気満々の爺さん達の圧に……負けました。
「ええと、あと在庫で売れるのは、ブラウンビッグラットと、ブラウンキラーマンティスですね。あ、こっちは鎌も有りますよ」
「全部出してくれ! 買うぞ、全部買うから出してくれ!」
もう、この展開も慣れてきたよ。はあ。
「じゃあ、ブラウンビッグラットは二百と、ブラウンキラーマンティスは五十個お願いします。あ、もちろん鎌もお願いします!」
飛びかかってきそうなギルドマスターの肩を抑えて、俺はそう叫んだ。
一気に大人しくなる爺さん達。もう面白すぎるよ、これ。
俺は鞄の中にいるサクラにそれぞれのジェムを取り出してもらって、机の上に置いていった。
爺さん達がジェムに群がっている間に、アクアにもこっそり鞄に入ってもらう。
「あの、それからもう一つお願いしたいんですけど」
「お前さんが出すものなら、何でも買い取るぞ!」
間髪入れず即答されて、思わず吹き出した。
いいのかね、責任ある立場の人が、そう簡単に安請け合いして。
「以前も引き取ってもらった、ハイランドチキンなんですけど、また捕まえましたので」
誤魔化すようにそう言って、六匹取り出す。
「肉以外は買い取りでお願いします」
今回は肉が目的だから、売らないよ。
爺さんは何か言いたげだったが、満面の笑みで頷いて、トレーに乗せたハイランドチキンを運んでいった。
「明日、出発なんだよな?」
「ええ、そのつもりですけど、あれを捌くのって、時間が掛かりますか?」
「いや、昼までには用意するよ、それで良いか?」
「了解です。それじゃあ、ジェムの買い取り分と一緒に頂きますね」
「分かった、準備しておくよ。それでお前さん、今日の予定は?」
俺の背後をチラチラ見ているギルドマスターに、俺は小さく吹き出してベリーを呼んだ。
「ベリー、ギルドマスターのご指名だよ。それじゃあ俺は宿へ戻ってるから、また後で」
姿を表したベリーが笑って、またかき消える。
「倉庫に果物が届いてるから、全部持って行ってくれよな」
ギルドマスターと一緒に部屋を出て、果物の置かれた倉庫へ行く。ここの奥にある部屋で、ベリーがいわば講義をしているんだって。
遠慮無く届いた果物を鞄の中に突っ込み続ける。
ベリーの食事用に、一箱分くらい、いろいろ取り出して置いておき、俺達はそのままベリーを置いて宿泊所へ戻った。
さあ、今度こそ、トンカツを作るぞ!