番外編……シルヴァの呟き
今回は、特別にケン視点ではなく、神様側のシルヴァの視点でお届けします。
三周戦の裏で、何があったのか?
神様達が、何故急に祭り見物に来たのかの理由も判明します。
私の名前はシルヴァスワイヤー。風の神です。
いくつも重なるこの並行世界の中で、私が見守り育てている世界は決して少なくは無い。
それぞれの世界中に新鮮な空気と風を送り、常にマナを循環させて維持する事が主なお仕事。
面倒な事も多いけれど、私を神として崇めて手を合わせてくれる人達の為にも、いつも優しい良き風を贈りたいと思ってる。
まあ、たまには……失敗もあるけどね。それだって必要な事なんだもの、ごめんね。
普段の私には基本的に、人の子のような血肉を持った身体は無い。
だけど今、時の狭間には少し前に作った血肉を持った私の身体が眠っている。これは古い友であるシャムエルの作った世界で、そこにいる複数の友達が関わる面白そうな事があって、少しだけ手を貸して欲しいと言われた時に、その世界へ行く為に作った大事な身体。
気に入っているので、しばらく使うつもりであのまま置いてあるのよね。
ほんの気まぐれで行ったそこで、私は、いえ、私達は人の子の友を得た。
その人とは、異世界からその世界を修繕するために来てくれた、本当にただの人間だった。
だけどそのただの人間はとても魅力的な人で、最高に美味しい料理を気安く作ってくれた。一緒にいても不思議なくらいに全く苦にならず、シャムエルやハスフェル、それからギイまでもがずっと一緒にいる意味が分かった気がしたわ。
気がつけば、私達も彼とずっと一緒にいたいと思ってしまうくらいに彼の事を気に入ってしまった。
だけど私達は、ハスフェル達とは違っていつまでも一つの世界だけにいるわけにはいかない。
ギリギリまで粘り泣く泣く別れて、後はもう見守るだけだと思っていたのに……。
まさか彼が、作った料理を自作の祭壇に備えてくれるなんて。
涙が出るくらいに嬉しかった。
彼は私達の事もちゃんと仲間だと思って、今でも大事にしてくれているのが分かったから。
だから彼の世界に、私達が出来る唯一の手段である恵みと収めの手を遣わした。
毎日、お供えをしてくれる度に、恵みと収めの手を通じて彼に私達の守護を贈っている。
実際には気休め程度の効果かもしれないけれども、同じく彼のことを気に入ってる皆が揃って幾つも重ねて掛ける事で、少なくとも彼を危険から守る程度の事は出来ているはずよ。
「ふふん。そろそろかなあ」
いつも楽しみにしているその時間が来たのに気付いて、私は鼻歌交じりに祭壇の前に向かった。
四角い机に簡単な布を敷いただけの、ごく簡単な小さな祭壇。
燭台も無ければ光る飾りの一つも無い。だけどとてもとても大切な祭壇。
ここに、彼が自作の料理を供えてくれる。もちろん私は実際に食べる訳ではなく、頂くのはこの料理に含まれる想いとマナ。彼の料理は、こっちで味わっても変わらないくらいに美味しい。
これがどれだけ稀有な事であるのか、知らないのは当の彼だけだろう。
この祭壇は私の所だけでなく、一緒にあの世界に渡ったグレイとレオ、それからエリゴールの所にもあって、いつも全員に同じものが届いている。
その日もなかなかに素敵な料理が届いて私は目を輝かせた。まあ、実際には開く目は無いけどね。
「へえ、トンカツとチキンカツの盛り合わせトッピング付きカレーライスなのね。ええ、サラダは彼のお母様直伝のレシピなの! そ、それは心して頂かないとね」
収めの手が届けてくれたそれらを、私は嬉々としていただく。
「ああ、なんて美味しいのかしら……。やっぱりもう一回戻りたいけど……駄目よね。用も無いのに勝手に何度も界渡りをすると、どこに揺り戻しがくるかわからないもの。それだけは駄目。ああせめて向こうへ渡れる大義名分があれば……」
せっかくの美味しい料理はあっという間にいただいてしまい、切ない思いを込めて水盤の向こうに広がる彼のいる世界を眺めた。
その時、彼の周りに不自然な揺らぎが見えて、私は慌てて水盤を凝視した。
間違い無い。また誰かが彼の命を狙っている。使いの精霊達を彼の周りに送り、取り敢えず監視を続ける事にする。
もちろん、その間も他の世界の様子を見たり、あちこちに風を送ったりしてるわよ。
何か動きがないか、心配しつつ見ていると突然水盤を通じてグレイが現れた。
この水盤は彼女が作ってくれたもので、これは彼女の為の扉でもあり、一方通行だけれど彼のいる世界の様子をいつでも眺める事が出来る優れた一品なの。
「はあいシルヴァ。お出掛けのお誘いに来たんだけど、忙しいかしら?」
「ええ、どこへ出掛けるの? あまり遠出は駄目よ」
たまにとんでもないことを平然としてのける彼女をやや警戒しつつそう尋ねる。
「彼のいる世界よ。どうやら私の滴が、彼の周りに不穏な気配があるのを察知したの。ほら、今ならお祭りって大義名分があるわ。彼の前には行けないけど、向こうで彼を守れるわよ」
その時、棚に飾ってあった花からレオが、壁の燭台の蝋燭からエリゴールが現れた。
「シルヴァ。ケンを守りに行くぞ!」
「もちろん行くわ!」
二人同時の声に、私とグレイは同じく同時に頷いたのだった。
そして、あの身体に収まった私は、仲間と共にハンプールの街へ到着した。
今の彼は、どうやらホテルに滞在しているみたいで安全は確保されている。
様子を探るために全員の放った精霊達が探ってきてくれた答えは、どれも同じだった。つまり、レースの時が一番危険だ。って事。
相談の結果、レース当日は精霊達の数を増やして常に彼を守る事にした。
「じゃあこれでひとまず私達がする事は終わりね。だったらレースまではせっかくの祭りを楽しまないとね!」
グレイとの意見の一致を見た私は、レオとエリゴールをおともに引き連れて久々の実食の出来る屋台巡りを大いに楽しんだわ。それくらい楽しんでもいいわよね?
そしていよいよ二日目の三周戦が始まった。
どうやら無事にスタートしたらしく、あの司会者さんがご機嫌で実況してくれている。
「いた。あいつらだ」
エリゴールの言葉に、私は即座に精霊を放つ。
見覚えのある赤い橋のたもとに立つその男が、隠すようにして手にしているのは一本の矢笛。
本来なら森で害獣除けとして使われたり、牧場で牛や山羊を集める時に使われるそれは、絶対に今ここで使ってはいけない物の代表だろう。
もしも走っている横からいきなりあれを放たれたら、マックスちゃんやシリウスちゃんであっても驚いて転んでしまうだろう。特に耳が良い魔獣達は、ジェムモンスターよりも大きな被害を被る可能性が高い。
あの速さで走っている時にそんな事になれば、ハスフェルはまだしも背に乗っている彼は絶対に無事ではすまない。人の子は、騎獣の背から振り落とされただけで簡単に死んでしまうんだからね。
絶対にそんな事はさせない。
こみ上げる怒りを鎮めるために小さく深呼吸をしてから、軽く指で風を紡いでごく小さな旋風を起こして飛ばしあの矢笛の中を埃だらけにしてやる。ついでにグレイが水滴を小さな球にして飛ばしたので、笛の中は泥だらけになった。
これでよし。
もうこれで矢笛の音は出ない。
あとは、矢笛を吹こうとした瞬間を現行犯で押さえて警備の軍人に突き出せば終わりね。
その男が動いたのは、最後の三周目の事だった。
今いるここは、前回のレースで彼らが更なる加速を見せた目印の場所。
そこで本当に男は矢笛を口にした。
その瞬間、エリゴールが持っていた槍の石突きがその男の背中を突き、私とグレイが持っていた激辛スープが男の頭上から降り注いだ。
「あらあ、ごめんなさい」
「つまずいちゃったわ、ごめんね」
態とらしく私とグレイが謝る。
しかし、激辛スープが目に入った男はそれどころではない。痛みのあまりその場にしゃがみ込んで顔を覆って呻き声を上げている。
口元には矢笛を咥えたままで。
「ええ、何を咥えてるのよそれ! 矢笛じゃない!」
また態とらしいグレイの声に周りが一斉にどよめく。
「そいつをとっ捕まえろ! 警備兵に突き出せ! レースを妨害するつもりだったぞ。こいつ!」
レオの声に、もう周りにいた人ほぼ全員が男を捕まえ大騒ぎになる。
大急ぎで警備兵を連れてきた誰かの声に人垣が割れる。街の人達のそれは見事な連携により、妨害犯はあっという間に逮捕された。めでたしめでたし。
そして驚きのレースの結果が司会者の口から正式に報告されて、街中が拍手と大歓声に包まれたのでした。
ううん。彼の側には行けなかったけど、何とか無事に彼を守る事が出来たわね。
大満足して手を叩き合った私達は、人混みを抜け出してもう一度改めて屋台へ突撃していったわ。
頑張った自分にご褒美だもの。これくらい当然よね?