全力疾走と最終順位
「さあ、ついに早駆け祭最後を飾る三周戦が始まりました! 綺麗に各選手スタートしていきましたね。先頭集団は、予想通りに上位人気を独占している従魔達だ。しかしプロフェッサーウッディと人情派の鬼教授フェルトのチームマエストロが遅れずに続く。そして後続達もほぼ全員が遅れずについて来ている。これはどうなるか分かりませんよ〜!一瞬も目が離せませんねえ! さあ、皆様。贔屓の選手の応援よろしくお願いします! 貴方のその歓声が選手の最後の力を生むかもしれませんよ〜!」
相も変わらずハイテンションな司会者の声が大きな音で街道中にこだましている。どう言う仕掛けなのか分からないけど、これはまさに俺が知ってる音響設備そのものだよ。これももしかして、バイゼン製とかだったら面白いな。
走りながら妙なところに感心していて、ふと思いついた自分の考えに思わず小さく笑ったらマックスの頭の上に座っているシャムエル様に妙な顔をされた。
「何笑ってるの?」
「いや、何でもない」
素知らぬ顔で首を振ると、密かに横目で周りを見渡した。
今回も、俺達は最初の二周半までは力を抑えて周りの速度に合わせて走る予定だ……ったんだけど、スタート直後からかなりの速度が出ている、俺達が先頭集団で走ってるって事はもっと早くなる可能性が大。下手すると、馬に乗ってる人達には周回遅れが出るんじゃね? ううん、それって興行的には大丈夫か?
『なあ、ちょっと早過ぎじゃないか? 前半は抑えて走る予定じゃなかったのかよ』
特に、マックスとシリウスがそれはもう張り切ってて、今も二匹が先頭集団から身体半分飛び出しているような状態だ。さすがにまずいと思って、ハスフェルに念話で話しかける。
『俺もそう思うけど、シリウスが走りたいって言ってるんだよなあ』
あまりにものんびりしたハスフェルの念話に力が抜ける。
『そりゃあマックスだってそうだけどさあ。周回遅れとかが出ると、さすがにまずくないか?」
チラッと後ろを振り返ると、馬に乗った参加者達も、今はまだほぼ遅れずについて来ている。
『まあ、とりあえずはこの速度を維持だな。ついて来られない奴には諦めてもらおう。ここは実力勝負だからな』
獰猛に笑ったハスフェルの言葉に、俺は肩を竦めて手綱を力一杯握った。
「マックス、まだ加速するんじゃないぞ。現状維持だからな」
「ええ、もっと走りたいです!」
また尻尾を扇風機にさせつつそんな事を言われて、俺は笑って首を叩いた。
「最後まで全速で走ったら、見ている人には何が何だかわからないと思うぞ。お前のファンの人たちに、走ってるお前の勇姿を見せてやらないとな」
「ああ、分かりました。そう言う事なら現状維持で走りましょう!」
どうやら、舞台で自分にも声援が送られてたのがわかってたみたいで、妙に嬉しそうにそう言うとチラッと隣を走るシリウスを見た。シリウスも何やら言いたげにこっちを見る。
従魔同士のアイコンタクトは一瞬だったけど、どうやら現状維持で話はついたみたいで俺は心の底から安堵したよ。
そのまま順位は膠着状態で二周目に突入する。
しかし、ここで予想通りに馬に乗った選手達がそろそろ集団から脱落し始めた。
「おおっと、ここでほぼ一つの集団のまま走っていたが動きが出たようです。遅れ始める選手が出てきました。さすがに未だかつてないこの早さについていけないか〜」
どうやら後続の馬チームに遅れが出始めたらしい。そりゃあ馬にすればこの早さはほぼ全力疾走状態なわけで、それで何キロも走れってのが無理な話だ。
それにしてはウッディさん達と前回棄権した二人組は、まだまだ余裕でついて来ている。
そして、少し人数が少なくなった先頭集団は三周目に突入する。
少し速度が上がったところで、更に残りの馬達が遅れ始めた。
「ああ、もうすこし頑張ってくれ!」
ウッディさんの悔しそうな叫び声を聞きつつ、俺達は更に加速した。ごめんよ。
「よし、一気に行くぞ!」
視界の先に赤煉瓦で作られた大きな橋が見えたところで俺達は一斉に弾かれたように加速して橋の前の広くなった道路を一気に走り抜けた。
大歓声がそれを後押しする。
一瞬、赤橋の横にシルヴァ達の姿が見えた気がしたんだけど、確認する間も無く見えなくなってしまった。
「見ててくれよな。絶対二連覇して見せるからさ」
俺は小さく笑ってそう呟くと、更に身体を低くしてマックスにしがみついた。
速い。速い。速い。
周りの景色が確認する間も無く後ろへ飛び去っていく。大歓声と拍手。そして俺達の名前を呼ぶ大声。分かるのはもうそれだけだ。
ほぼ横並びのまま、俺達はゴールライン目指して全員揃って更に加速して行ったのだった。
「行け〜〜!マックス!」
力一杯叫んだ俺の声に応えるように、更に加速するマックス。
風が顔を叩いてもう目も開けていられない。
「おお。ここで順位に更に変動があった模様です。ものすごい加速を見せた従魔達が一気に先頭集団から抜け出て物凄いデッドヒートを繰り広げております。誰も先頭を譲らない。ほぼ横並びのままでここまで来る模様。さあ、トップを取るのは誰だ! 二連覇か! それとも連覇は夢と消えるのか。さあ来い! 一位は誰だ〜!」
司会者の絶叫が響き渡る中、俺達は文字通り全員横一直線でゴールに雪崩れ込んだ。
本部前を通過した時にも、地響きのような大歓声が聞こえたけど、俺達にはそれを聞いている余裕は全く無かった。
とにかく、最後はものすごい加速だった。
もう最後は目を開けている事も出来ずに、振り落とされまいと必死になってマックスの背中にしがみついているような状態だったんだよ。マジで。
「おお、これは驚きの順位となりました! 何と、この早駆け祭の歴史の中でも、数度しかない事態になりましたよ。これは賭け券の払い戻しはどうなるのでしょうか? 皆様、お手持ちの賭け券は、絶対に手放さずに持っていてくださいね〜お願いしますよ〜」
何やら戸惑うような司会者の声に、俺はしがみついていた身体を起こして振り返った。
「おう、お疲れさん。最後の加速は凄かったな」
笑顔で手を降るハスフェルの胸元に緑のラインが入っているのが見えて、俺はちょっと泣きそうになった。
ああ、二連覇は夢と消え……。
ん?
周りの人達は、何故か俺とハスフェルを見て拍手をしておめでとうと笑っている。
慌てて自分の胸元を見たが、残念ながら何も色がついていない。
「うああ、順位外かよ。俺の賭け券を買って期待してくれた方、ごめんなさい〜」
思わずそう呟いて天を仰いだが、それにしては歓声がおかしい。ハスフェルとシリウスを呼ぶ声だけでなく、俺とマックスの名前を呼ぶ声も負けないくらいにあるのだ。
慌ててマックスの鼻先を見ると、そこには驚いた事にくっきりと入っていたのだ。
そう。前回と同じ、緑色の印が。