寝坊した日
ぺしぺしぺし……。
おお、そうそう、これだよこれだよ。
もふもふのニニの腹毛と、むくむくのマックスと、ラパンのふわふわ幸せパラダイス空間、タロン添え!
そして、俺の頬を叩く、有り難い尻尾の持ち主のシャムエル様……。
平和な日常の幸せを噛み締めながら、俺は最高の幸せである二度寝の海へダイブして行った。
ぺしぺしぺしぺし……。
待って、もうちょっとだけ、この幸せ空間を堪能させてくれってば……。
「もう、良い加減に起きなさいって!」
ちっこい手に思いっきり頭を叩かれて飛び起きた俺は、しかしもう一度ニニのもふもふの腹毛の海に撃沈した。
「お願い、あとちょっとだけ……」
「言っとくけどもう太陽は頂点を過ぎてるよ。幾ら何でも、寝過ぎだと思うな」
その言葉に、無言で上を向いて目を開く。
「うん。確かに……それは寝過ぎだな」
すっかり明るくなっている部屋を見渡して、俺は小さく吹き出した。
「ごめんごめん。もう起きるよ」
俺の言葉に、両隣に寄り添ってくれていたニニとマックスが、それぞれ起きて大きく伸びをする。ラパンも小さくなって毛繕いを始めた。
俺も、大きな欠伸をして思いっきり伸びをした。
「ああ、よく寝た。うん、おかげで体調もバッチリだな」
軽く肩を回しながら、まずは顔を洗うために水場へ向かった。
気持ちよく顔を洗って、いつものようにサクラに綺麗にしてもらう。
「それじゃあ、朝昼兼になっちまったけど、とりあえず飯にしよう。広場の屋台まで行くけど、お前らはどうする?」
防具を身に付けながら尋ねると、全員が付いて来るみたいだ。
「あ、ベリーは? また、ギルドマスターのところかな?」
部屋を見渡したが、ベリーの姿が無い。
「ベリーはあそこ」
右肩に座ったシャムエル様が指差したのは、陽の当たる庭だ。そして、その庭に出る扉が開いている。
「ケンタウロスは、陽の光も好きだからね。良いお天気の日は外に出ないと」
見ると、広い庭の真ん中あたりに陽炎のような揺らめきがあるのに気が付いた。
「成る程。ベリーは日向ぼっこ中なわけか」
俺がそう呟くと、揺らめきが部屋の中に入ってきて、一瞬でベリーの姿になった。
「おはようございます。もうすっかり回復されたようですね。もう少し日に当たりたいので、出掛けるのなら私もご一緒させていただきます」
俺を見たベリーは嬉しそうにそう言って笑うと、俺の背中を叩いてそのまま姿を消してしまった。もちろん、俺の目には隣に立つ揺らめきが見えてるけど。
皆一緒に外へ出て、いつもの広場へ向かう。
マイカップに入れてもらったコーヒーと、新しいパン屋で買ったハムと卵の巻き込まれた惣菜パンみたいなのを食べながら、なんだか人集りが絶えない屋台を見た。
「あそこって、さっきから全然人が途切れないけど、何の屋台だろうな?」
残りのコーヒーを持ったまま、何だか気になってその行列を見に行った。だって、人が並んでたらついつい並びたくならないか?
驚いた事にそこもパン屋だった。
しかも、それは以前俺が新作だと聞いて買い占めたメロンパンを売っていたロバのパン屋さんだったのだ。
荷馬車の手前、左右に立った四人の女性が、手早く接客してメロンパンを大きな紙のようなもので包んでいるのも見えた。
横から覗き込んでみると、荷馬車に作られた棚には、メロンパンだけがぎっしりと詰まっていた、だが既に半分近くはもう売れてしまっていて、更にまだこれだけの人がいれば完売は確実だろう。
嬉しそうな笑顔で、並んでいた人達が次々とメロンパンをまとめて買い込んで行く姿を見ながら、俺はここのおばさんとした会話を思い出していた。
甘い間食が食べたくなる昼から出した方が売れるんじゃないか、ってね。
どうやら、俺のアドバイスは大正解だったらしい。
もうちょっとメロンパンが欲しかったが、この行列を見て諦めてその場を離れようとした。
「あの、お待ちください! あの時の方ですよね」
荷馬車の裏側から、見覚えのあるおばさんが出てきた。
「ああ、やっぱり貴方でしたか。凄いですね。大人気じゃないですか」
「はい、あの時教えていただいて、翌日昼からの販売分で作って来たら、本当にあっと言う間に完売したんです。しかも翌日、買った方全員が知り合いの方を連れて買いに来てくださって、おかげさまで大人気になりました。以来、毎回焼く数を増やして、今ではいつもの屋台とは別に、菓子パン専用の馬車も作ったんです」
目を輝かせるおばさんの報告を聞いて、俺も嬉しくなった。
これって所謂二店舗目だよな。うん凄いよ。
「良かったですね。それじゃあ頑張って。でも、無理はしちゃ駄目ですよ」
忙しそうなので、そのまま失礼しようとしたら、おばさんはいきなり俺の腕を掴んで離した。
「ああ、失礼しました。あの、少しだけ待っていただけますか」
慌てたようにそう言うと、おばさんは荷馬車の後ろへ行き、大きな包みを抱えてすぐに戻ってきた。
「もう一度お会いできたら、絶対お渡ししようと思って毎日焼いていたんです。ようやくお渡し出来ます。どうぞ新しい菓子パンです。お持ちください」
それは俺でも両手で抱えないと持てない程の、大きな包みだった。
「それでは、失礼します!」
包みを俺の手に押し付けて深々と頭を下げたおばさんは、俺に断る隙を与えず、そのまま荷馬車の後ろに走って戻ってしまった。
見ていると、荷馬車の後ろにもう一台の古い荷馬車があって、そこにもメロンパンがあと半分ぐらい入っていた。
前で販売している荷馬車棚に入ったメロンパンの在庫が無くなりそうになると、おばさんが後ろから在庫を補充しているのだ。
「あれ、全部売り切るんだ。本当に大人気なんだな」
手にした大きな包みからは、甘くて良い匂いがしている。
「俺、何にもしてないのに、焼きたてメロンパン貰っちゃったよ」
サクラにこっそりと渡して飲み込んでもらう。
こっちを見て、笑って手を振るおばさんとスタッフに手を振り返して、俺たちはその場を後にした。
貰った包みの中身は、以前買ったのよりも更に大きくなったメロンパンで、歩きながら一つ頂いたけど、最高に美味かったよ。