一周戦と一日目の終了
「はあい、お疲れ様でした。最後の方がゴールしましたのでこれにて半周戦は終了となりま〜す。ではこのまま表彰式に移らせていただきます。言っておきますが舞台の上で表彰するのは、最初にゴールした方だけですからね」
完全に面白がっている口調の司会者の言葉に、会場のあちこちから笑いと拍手が起こる。
ゴール前では、半周戦の最後の完走者となった控えめに言ってもかなりふくよかなご婦人が、指で摘めそうなくらいに小さなチワワみたいな犬を抱き上げて観客に披露していた。
そしてすぐに舞台の上では、司会者の言葉通りに半周戦の勝者の表彰式が始まっていた。
その後で、その舞台から一段下がった舞台の前ではいつもの勝手に表彰式が行われた。つまり駆けっこ組の一位から三位までと、そのあとの好き勝手に歩いてゴールしていた人達の一位から三位までだ。どちらもきちんと一位から三位までの飼い犬と飼い主の両方に花冠が贈られていて、楽しそうなその様子にまた会場からは笑いと拍手が起こっていた。
犬仲間達による勝手に表彰式を見て和んでいたら、もう次のレースの時間になったみたいだ。
つまり、ここからが本格的な戦いとなり、賭け券が発売されているレースになる。
あっという間に片付いた舞台に上がってきた司会者が、いつものマイクを手にして両手を大きく広げる。
「さあ、お待たせいたしました。本日最後のレースとなります、いよいよ本格的な早駆けになりますので一気に速度が上がりますよ。皆様。賭け券のご購入は終わっておりますか? もう間も無く、一周戦の賭け券の発売が終了しますよ。贔屓の選手に賭けるもよし。贔屓の馬に賭けるもよし。さあ盛り上がって参りましょ〜!」
うぉ〜〜〜〜!
今までとは桁が違う、ものすごい大歓声が沸き起こり、のんびりジュースを飲んでいた俺は驚きのあまりもうちょっとでジュースを溢すところだった。
「危ない危ない。そう言えばこれ、懐かしのミックスジュースっぽくって意外に気に入ったんだけど、どこで売ってるんだろう? 屋台だったらもう手に入らないかなあ」
手にした木のカップを見ながら小さく呟く。
「確かこれってエルさんからの差し入れだって聞いたな。よし、あとで聞いてみようっと」
激うまジュースも良いけど、他にもジュースを仕入れておくのもいいかと思って密かにそんな事を考えていたら、いきなり銅鑼が鳴ってもう一度飛び上がった。いつの間にか一周戦のレースが始まってたよ。
「さあ、始まりました先頭集団を率いるのはバムロン選手と馬のピーキー! これが前回三位の実力だ〜! そしてその後をピタリと続いているのは、前回四位だったマシュー選手の駆る馬のメディ! 早い早い、この二人が先頭集団から頭一つ抜け出た格好だ!」
相変わらず暑苦しい司会者の解説を聞きながら、俺は聞き覚えのある名前に反応する。
「あれって前回テントの修理をお願いした道具屋のマシューさんだよな。おお、すごいすごい。頑張ってるじゃんか」
「マシューさんは、今回は絶対表彰台に登るんだって言ってそれはもう張り切っていましたからね。トラブルでもない限り、上位に食い込むと思いますよ」
嬉しそうなクーヘンの言葉に、俺も身を乗り出すようにしてレースの行方を見守った。
よく考えてみたらあのバカの弟子がいなくなったので前回一位と二位だった選手がいなくなったわけで、こうなるといわば群雄割拠状態で、誰でも表彰台に上がれる可能性が出てくる。なので参加者はもう全員揃って大張り切り状態らしい。
当然、観客達も大喜びで贔屓の選手を応援している。
大歓声の中、先頭切って走って戻ってきたマシューさんと馬のメディを見て、俺達も立ち上がって声援を送った。
「行っけ〜〜〜〜!」
拳を握って力一杯叫ぶ。
声援に後押しされるように一気に加速した先頭集団がゴールに駆け込む。
物凄い大歓声の中、嬉しそうに手を振るマシューさんの胸元に緑の線が入っているのを見て、俺は歓声をあげた。
「ああ! 緑の線が入ってるって事は、もしかしてマシューさんが一位?」
「みたいですね。これはすごい」
クーヘンも嬉しそうに笑っている。
「先頭集団がゴールしました。今年の一周戦の一位はマシュー選手と馬のメディ! そして第二位はバムロン選手と馬のピーキー! ゴール直前まで繰り広げられた激しい先頭争いを制したのはマシュー選手と馬のメディでした! 三位は……」
司会者の声もかき消されそうなくらいのものすごい大声援が沸き起こる中を、嬉しそうに手を振り回して大喜びしているマシューさん達。
そして会場からは、惜しみない拍手と歓声が送られていたのだった。
マシューさんが念願の表彰式が終わると、もう今日のイベントは全て終了だ。
まだ興奮と騒めきの残る会場を後に、俺達は一旦控えのテントに戻った。
「お疲れ様。今日の予定はこれで全部終わりだからね。明日に備えてゆっくり休んでくれたまえ」
一緒に入ってきたエルさんにそう言われて、こっそり屋台巡りをしたかった俺は遠い目になる。
まあ、今の俺はもう確実にこの街の人達に面が割れてるし、俺だけ出かけるなんて事を従魔達が許してくれる筈もなく、そうなると大注目のパレード状態になるのは目に見えているので俺は屋台巡りを泣く泣く諦めたのだった。
「そうだエルさん! いくつか聞きたい事があるんですけどよろしいですか?」
テントを出て行きそうなエルさんを慌てて引き止める。そんな俺に、エルさんが不思議そうに振り返った。
「どうしたんですか?」
「まず、今日差し入れてくださったあのジュース。めっちゃ濃厚で美味しかったんですけど、あれってどこで売ってるんですか?」
いきなりの俺の質問に、隣にいたクーヘンが突然吹き出したんだけど、俺、何か変なこと言ったか?
「例の話かと思っていたら、いきなりそれですか」
笑いながらクーヘンにそう言われて、彼が話していた寄付の話を思い出す。
「いや、当然そっちも聞くつもりだったけど、どちらかと言うとそれはレースが終わってからギルドでゆっくり話をしようと思っていたからさ。だけどあのジュースがもしも祭り限定の屋台のジュースだったら、俺は泣くよ。だから優先順位はこっちが先なんだって」
真顔のその言葉に、クーヘンだけでなくエルさんやハスフェル達までが吹き出して大笑いになったんだけど、どうしてだ?




