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それぞれの走る意味と思い

 舞台の上では、混合戦の前に子供達の表彰式が始まっていた。

 盾と一緒に賞品の大きなお菓子の入った箱をもらって、三位までに入った子達は揃って満面の笑みになっている。

 噂のチサ選手と猫のミーシャも、小さな花束と一緒にお菓子の包みをもらって嬉しそうにしていたよ。



「有名菓子店の超豪華詰め合わせかあ。子供達にとっては夢の景品だろうな。しかも自力で取ったんだもんな。一気に食べるか、毎日ちょっとずつ食べるか、あるいは誰かと一緒に食べるか。その子の性格が出そうだよな」

「確かにそうだな。貧しい家の子なら、滅多に手に入らないお菓子だろうからなあ」

 ハスフェル達も表彰式を見ながらそんな事を言って笑っている。

「それならこんな話があるぞ。前々回は完走、前回一位で今回も一位だった仔馬に乗ったリックって男の子は、賞品のお菓子を神殿に寄付して孤児院の子供達に食べさせたんだぞ。それで、それを聞きつけた菓子店の店主が大感激して、今回から賞品にしたのと同じ量を神殿の孤児院にも寄付する事にしたらしい」

 ウッディさんの話に、俺達は揃って目を見開く。

「何その感動話は! そのリックって子は何て出来た子なんだよ。あの年にして人格者って凄えぞ」

 思わずそう叫ぶと、苦笑いしたウッディさんも頷いている。

「その噂を聞きつけた街の人々も、当然そう言って彼を褒め称えたんだ。そうしたら彼は何て言ったと思う?」

「さあ、なんて言ったんだ?」

 すると、ウッディさんだけでなく、隣にいたフェルトさんやクーヘンまでが嬉しそうに顔を見合わせた。

「俺は教育者として長く大学に在籍しているが、ああいう話を聞くと、己の無力さを思い知らされるよ」

 フェルトさんの言葉に、俺はハスフェルやギイと顔を見合わせて首を傾げた。

「彼はこう言ったんだ。友達に街一番のお菓子を食べさせてあげたかっただけなんだってね」

「ええ、つまり孤児院に友達がいたって事?」

「国が運営している各街にある小学校や高等学校へ行けるのは、残念ながらある程度家庭が裕福な子や特別に優秀な子に限られる。それ以外の子達は、神殿や大学が行っている学び舎塾と呼ばれる無料の小学校へ行くんだ。そこで生きていく為に必要な、簡単な読み書きや算術を教えてもらえる」

 成る程、いわゆる寺子屋的なあれだな。

「あの子は、神殿が運営している学び舎塾に通っているそうだ。そこで友達になった子が、その神殿の孤児院の子だったらしい。お菓子なんて生まれてこの方食べた事もないほどのあまりにも慎ましい孤児院での生活を聞いて、彼はこう考えたわけだ、早駆け祭りに勝てば有名菓子店の豪華なお菓子がもらえるってね。あの乗っている仔馬は神殿を援助している商会からの借り物らしい。健気じゃないか。友達の為に走るなんてさ」

「確かに」

 ハスフェルたちが感心したように頷きながらそう呟く。

「それで前々回、頑張って完走して貰った高級菓子をその友達と一緒に食べたらしい。だけど、その話を知った孤児院の他の子達が、彼だけ食べてずるいと文句を言い出して、その友達が虐められる騒ぎになったそうだ」

「ええ、つまり一人だけお菓子を食べたからずるいって事?」

 頷くウッディさん達を見て、俺は悲しくなった。

「どうして友達思いのその子がした事で、当の友達が苛められなきゃならないんだよ」

 俺の呟きに、またハスフェルたちが揃って頷く。

「そこで孤児院のいじめっ子の前に乗り込んでいったリック少年は、壮絶な殴り合いの末にこう啖呵を切ったらしい」

「次は君達だけじゃなく、孤児院の全員に食べさせてやるから大人しく待ってろ。とね」

「何その男前発言!」

 思わずそう叫んで拍手する。隣では、ハスフェル達も同じく拍手している。

「それで前回見事に優勝して、豪華お菓子の詰め合わせをもらって孤児院に乗り込んだリック少年は、言葉の通りに彼らの目の前でお菓子の箱を開けて、全員に、一つずつだったけれど本当にお菓子を食べさせたらしい」

「リック少年、偉すぎるよ」

「それでその話を聞きつけた菓子店が、早駆け祭の景品と同じ量を今後孤児院に寄付する旨を発表してこれまた大騒ぎになったんだ。おかげで神殿やギルドに寄付を申し出てくれる人が続出してね。ボロボロだった孤児院の建物は、来年には建て替え工事が始まるらしいぞ」



 もう、拍手するしかない。

 一人の少年が起こした、ただ友達に美味しいお菓子を食べさせてやりたかったって行動が発端になり、孤児院の建て替えにまで発展したなんてな。

 無駄に稼ぐだけ稼いで金貨を口座に放り込んだきり塩漬けにしている自分が恥ずかしくなってきたよ。うん、後で俺も孤児院に寄付だな。いや、この場合は神殿に寄付すべきか? だけど金にうるさい聖職者に当たったら最悪だしなあ。



 内心でどうするのが良いか悩んでいると、クーヘンがそっと俺の腕に手を当てた。

「もしかして、ご自分にも何が出来るかって、そう考えてくださっていますか?」

「そりゃあ、こんな話を聞いたら知らない振りは出来ないだろう?」

「ありがとうございます。それなら、件の孤児院はおかげでたくさんの方にご寄付いただいているそうですので、孤児院ではなくギルドにお願いできませんでしょうか。冒険者ギルドのエルさんに寄付の意思を伝えていただければ、事務手続きをやってくださいます。そうすれば、寄付は各ギルドが行っている療養所や学び舎塾への運営資金として使用されますから」

「あ、もしかして、俺達がクーヘンに開店前にジェムを贈った時にギイが言ってたあれ?」

「ええ、そうです。秋から私の店も協賛させていただいています。金額は任意ですので、無理のない範囲で結構ですよ」

「了解。じゃあ祭りが終わったらエルさんに相談して手続きしてもらうよ」

 おかえりなさいと言ってくれたこの街は、俺にとっても大事な街になっている。喜んで協賛させてもらうよ。出来れば、一時的じゃなくて継続支援って方向で!




 俺達がそんな話をしている間に、子供達の表彰式は終わり、半周の混合戦が始まったらしい。

「さあ、次は半周の混合戦だ。みなさま、応援よろしくお願いします」

 そこで一旦言葉を止め、腕を突き上げる。

「今スタートいたしました! まあ、半周戦はここからはスタートの様子は見られないんですけどね。ちなみに私は連絡係を通じて状況を知る事が出来ます。司会者の特権ですねえ。ううん、良い気分だ」

 相変わらず司会者の言葉に、あちこちから笑いが起こっている。

「さあ、最初に駆け込んで来たのは誰だ〜」

 司会者の言葉とほぼ同時に、馬に乗った団体が駆け込んできて一気に会場が沸き、そのまま一気にゴールした一団に拍手が送られる。

 それからしばらくして、犬を連れた駆けっこ組が雪崩込んで来た。こちらはかなり本気で走ってる人達だ。

 それからまたしばらくして、最後尾の一団が駆け込んできた。

 と言っても、こっちはもう完全に走る気無し。周りに手を振りながら早足で歩く人や、犬を抱き上げて周りに見せながら歩いている人など様々だ。

「これこれ、この犬の飼い主全員集合みたいな長閑さが良い感じなんだよなあ」

 腕を組んで笑いながらそう言うと、周りからも同意するような笑い声が起こって、俺たちは揃って拍手を送ったのだった。



 良いねえ、これこそ本当の平和な早駆け祭りって気がするよ。

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