早駆け祭の始まりと予期せぬ観客達
「マ〜〜〜ックス! お願いだから抱きつかせて〜〜!」
女性達の叫びにどっと会場が沸き、あちこちから同意する声と笑いが起こる。
何だよ。彼女達が手を振ってたのは、俺じゃなくてマックスか。
脱力した俺は、彼女達に向かって笑って手を振ってから、見せつけるみたいにマックスに抱きついてやった。
笑いながら悲鳴を上げる女性達。それだけじゃなく会場のあちこちからも笑いと黄色い悲鳴が上がる。
隣でクーヘンが吹き出す音が聞こえて、俺も抱きついたまま声を上げて笑った。
さらば、俺のモテ期。
べ……別に、泣いてなんか無いやい!
そのまま拍手に見送られて一旦テントへ移動する。
「あはは、人気者だな。マックス」
もう一度抱きついてから、用意されていた椅子に座る。
机の上には、いつの間にか様々な料理が並べられていた。
「あれ、これって……?」
「先ほど、マーサさんと兄さんが持って来てくれたそうです。屋台で買って来たものだって」
クーヘンがスタッフさんから何か耳打ちされていたのはそれだったみたいだ。
確かにいかにもな屋台飯が並んでいる。そうそう、こういうのが食べたかったんだよ。
大喜びで有難く食べたよ。
ホットドッグやハンバーガー各種は山盛りに用意されていたし、薄めのお好み焼きっぽいのはパリパリで美味しかった。
がっつり肉だけの串焼きは、スパイスが効いててめちゃ美味しかった。まあ、肉はちょっと硬かったけどね。
鶏肉の串焼きは甘辛の醤油味で、これも激ウマだったよ。他には焼きおにぎりみたいなのまであって、俺的には大満足だったね。
「昼はどうするんだい……って、もう食べてるのかい」
エルさんの声がして、テントの垂れ幕が上がる。
「マーサさんと兄さんが差し入れてくれましたよ」
クーヘンの言葉に、エルさんが苦笑いして持って来ていた料理を渡してくれた。
「残念。出遅れたか。でもせっかくだからこれも食べてくれたら嬉しいよ。ああ、午後からはどうするんだい?」
「また特別観覧席をお願いしても良いですか? せっかくだから、他のレースも見たいです」
「了解だ。じゃあ時間になったら声をかけるから出て来てくれるかい。案内するからね」
そう言って手を振って出て行ってしまう。
また山盛りに置かれた料理やお菓子の数々を見て、大喜びした俺達だった。
「ああ、ちょっと食い過ぎたかも」
差し入れのほとんどを平らげ、すっかり寛ぐ俺達。
少し余った分は、ハスフェルが収納しておいてくれた。
「そろそろ時間だけど、良いかい?」
エルさんの声が聞こえて、すっかり寛いでいた俺達は慌てて起き上がった。
危ない危ない、ちょっとマジで寝かけてました。
『じゃあ行って来てくださいね』
またベリーの声が聞こえて、小さく手を上げた俺は手ぶらで立ち上がる。
エルさんとスタッフさんに案内してもらって、見覚えのある観覧席に座る。
ううん、特別観覧席はやっぱり眺めが良いねえ。
ちょっとだけ優越感に浸りつつ、賑やかな観客席を眺めながらレースの開始を待った。
観覧席正面の、外環と街へと続く広い道と、交差点にあたる広場が祭りのメイン会場になっている。
広場では曲芸団なんかが出て、あちこちで賑やかに芸を披露したりしている。
「楽しそうだな」
隣に座ったクーヘンとそんな話をしていると、ウッディさん達もやって来て、笑って手を叩き合う。
そろそろ始まりそうで、正面を向いて改めて観客席を見渡した時、俺は思わず叫び声を上げそうになった。
だって、人混みの中に見えたのは、間違いなく、山盛りのクリームの乗ったパンケーキのお皿を持ったシルヴァとグレイの二人だったんだから。
それから多分レオらしき人も、その隣に一瞬だけど見えた。ってことはエリゴールもそこら辺にいるんだろう。
無言で手を伸ばして、クーヘンの隣に座るハスフェルの腕を叩く。
『なあ、あそこ! シルヴァとグレイがいるんだけど! 俺の見間違いじゃないよな?』
念話でそう伝えると、ハスフェルとギイが驚いたように俺が指差す方角を見る。
それからしばらくして揃って吹き出した。その隣では、オンハルトの爺さんも笑っている。
『ああ、みたいだな。あいつら揃って祭りに浮かれて出て来たみたいだな』
笑いながら念話でそう言われて、ちょっと遠い目になる。
『良いのかよ。神様がそんなにホイホイと簡単に出て来たりして』
『良いんじゃないか? 祭りなんだし』
笑ってそう言われて何と無く納得した。確かに神様が出てくるお祭りってのはいかにもありそうだ。
『そっか、お祭りだってのは、神様が出てくる良い大義名分か』
『まあな。だけどそれにはいくつか制約があって、買い食い程度なら許されるが、あまり直接人と関わることは許されない』
『それってつまり、俺達とも直接関わらないって事?』
思わずちょっと拗ねたみたいな言い方になってしまった。
『悪いがそういう事だ。だけど賭け券は買ってると思うから、期待には応えてやらないとな』
『そっか。それなら頑張らないとな』
何となくしんみりしながらそんな話を念話でしていると、急に黙った俺を心配したクーヘンが俺の顔を覗き込んできた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
「ああ、悪い悪い。ちょっと前回の祭りの時の事を思い出してたんだよ」
誤魔化すようにそういうと、笑顔で頷いてくれた。
「あの時は、他にも大勢お仲間が来てくださっていて賑やかでしたね。皆さんお元気でしょうか?」
「間違いなく元気だと思うぞ。もしかしたらこの会場のどこかに来ているかもな」
「それは良いですね。じゃあ頑張って二連覇ですか?」
「おう、当然だよ」
「今度は負けませんよ」
顔を見合わせて拳をぶつけ合ったけど、今度は黄色い歓声はどこからも聞こえてこなかった。
解せぬ!