ジェムの買い取りと今後の予定
「ええと、幾つ要ります?」
スライム達の中にある、ブラウングラスホッパーのジェムの在庫の数を思い出して若干遠い目になったが、気を取り直してギルドマスターを見た。
うん、ちょっとでも減らしてもらえるなら、俺としては有り難いんだけどね。
「いや、だからお前さんがいいだけ出してくれれば……まさか、そんなにあるのか?」
「全部出したら、確実にギルドが破産するくらいには」
目を輝かせて俺を見るので、断言してやった。
「おお、そんなにあるのか。では五百、いや、千個までなら買うぞ。どうだ!」
「亜種のジェムもありますけど、普通のジェムだけで良いですか?」
ギルドマスターに背中を向けて、持った鞄にこっそりサクラに入ってもらう。
「それなら、亜種も百個買うぞ!」
仁王立ちの決死の形相でそう叫ばれて、俺は小さく吹き出して頷いた。
「普通のが千個と、亜種のが百個だってさ」
俺の言葉に頷いたサクラが、鞄の中で吐き出してくれたジェムを、ゴロゴロと倉庫の床に並べていった。
おお、千個出すとちょっとしたジェムの小山になるな。
「これで普通のジェム千個ですね。こっちが亜種になりますよ」
隣に、亜種のジェムを積み上げていく。
おお、改めて見ると亜種のジェムはデカい!
無言で目の前の小山を見たギルドマスターは、真顔で俺を振り返った。
「本当に感謝の言葉も無いよ。これで相当長い間、未稼働の街灯も含めて、街にある全ての装置を稼動出来る」
ん? 今、聞き捨てならない事を言ったぞ。街灯以外に、まだ何か有るのか?
「これの買い取り金額を渡すのは明日でも良いか? さすがにこれだけの数になると、鑑定に時間が掛かるだろうからな」
「ああ、それで構いませんよ。それよりあの、ちょっと聞いても良いですか?」
亜種のジェムを手に取っていたギルドマスターが、俺の声にまた振り返る。
「なんだ? 俺に答えられる事なら、答えてやるぞ」
俺は、サクラの入った鞄を足元に置いてジェムを見た。
「街灯以外に、装置って何があるんですか?」
一瞬何を言ってるんだ? って顔をしたが、俺の聞きたい事が分かってくれたようで、苦笑いしてジェムを俺に見せた。
「そうか、お前さんは樹海出身だったな。それならまあ、知らなくても無理ないかもな」
「いや、自分でもいろんな知識が偏ってる自覚はあるんで、教えてもらえるなら、なんでも聞きますよ」
「良い姿勢だ」
大きく頷いたギルドマスターは、ジェムを見ながら教えてくれた。
「例えば登録の石。これはお前さんも見たと思うが、ギルドに登録する時に、手を乗せた平たい光る石があっただろう」
何だって?
ああ、何だかコピーみたいな不思議な事した、あの石か!
思い出して手を打つ俺を見て、ギルドマスターは吹き出した。
「あれは、工房都市で作られてる品物でな。人の手を記憶して、用意した鱗のカードに覚えさせる事が出来る。様々な契約ごとに使われていたんだが、最近ではジェムの激減で本当に困っていたんだ。うちのギルドでも、稼動しているのはもうあれ一台だけだったんだよ。これだけの上位のジェムがあれば、遠慮無く使える」
ほほう、プラスチックっぽいあのカードの正体は、鱗だったのか。別の疑問まで解消して、俺は一人で納得していた。
「井戸に取り付けた汲み上げ機もそうだ。あれが動かなくなったおかげで、水源の無い家は、いちいち井戸から水を運ばなくちゃならなくなって。毎回大変な思いをしているんだ。そして、重い荷物を運ぶ時の手押し車に取り付ける補助輪。あれも、有るのと無いのでは大違いだからな。これだけジェムがあれば、倉庫に置いてある稼動補助輪を順番に貸し出せる」
おお、お助け道具が本当に色々あるんだな。俺が売ったジェムが街の役にも立つみたいだね。よしよし。
「まあ他にも色々あるが、とりあえず一番動かしたいのはその辺りだな」
成る程、勉強になった。そして思ったよ。
何となく俺が最初に思っていたよりも、この世界は中世時代そのままって訳じゃなさそうだ。
電気の代わりにジェムが働いてて、機械もある程度の物は作れている感じだ。化学の代わりに術と呼ばれる魔法もあるから、冷蔵庫用の氷だって作れちゃうんだろう。
これは、噂の工房都市へ行ったら、もっと面白そうだ。
嬉しくなって俺は立ち上がった。
「ありがとうございます。勉強になりました。あ、じゃあ、後二泊させてもらいますんで、受付で手続きしてきますね」
ベリーを連れて倉庫を出ようとしたら、突然腕を掴まれた。
「待て、お前さん……まさか、この街を出て行くつもりなのか?」
真顔のギルドマスターに、俺はちょっと困ってしまった。
「いや、もともと10泊したら次の街へ行く予定だったんですよ。まあ、色々あって予定は狂いまくってますけど」
ショックを受けるギルドマスターの腕を叩いて手を離させる。
「そうだな。お前さんをこんな辺境に縛るのは間違ってるよな。了解だ。好きな時に旅立ってくれ。ただ、一つお願いがあるんだが聞いてもらえるか?」
改まってそんな事を言われて、俺は何事かとギルドマスターの顔を見つめた。
「行く先々の街で、そこのギルドに顔を出してやって追加登録してやってくれ。地図に名前の乗っている街ならギルドの建物は必ずある。だから、出来るだけギルドに顔を繋いで、在庫に余裕のあるジェムを売ったり、依頼を受けてやってくれ。腕の良い冒険者は、どこのギルドでも大歓迎だからな」
「ええと、もう一つ質問なんだけど、じゃあこのギルドカードで、例えば隣のチェスターの街へ行っても、ここと同じように金を払わずに入れるって事?」
「もちろん、これがあればどこの街でも入れるぞ。それに最初の一度目は、その街の名前の記載が無いギルドカードを出せば、小さな木札をくれる。どこの街でもそうだが、それを持ってギルドへ行って追加登録すれば、ギルドの管理する宿の宿泊費を割り引いてくれたり、食事が出たりするからな。何があるかは街によって違うが、使わない手はないだろう?」
「有り難いですね。それはぜひ活用させてもらいます」
笑った俺は、今度こそ倉庫を後にして一旦ギルドの建物に戻った。後ろからギルドマスターが付いて来る。
一緒に開いた受付に行き、後二泊分延泊をお願いした。
受付でのしばしの問答の末、結局、俺は宿泊費を払わせて貰えなかった。
ギルドマスターが嬉々として書類にサインするのを見て、こっそりそのポケットに、ブラウングラスホッパーの亜種のジェムを一つねじ込んでおいてやった。
さて、今夜はゆっくり寝て、明日は一日食材の仕込みかな?