参加者紹介の始まり〜!
「うおおおおおおおお!」
俺達が従魔達と一緒にテントから出た途端、湧き上がった物凄いどよめきと大歓声に俺は本気で飛び上がったよ。
「うわあ、何これ。怖すぎる」
咄嗟にマックスにしがみつきながらそう呟くと、慰めるようにマックスが頬擦りしてくれた。
「大丈夫ですよ、ご主人。何があろうと私がついていますからね」
「お、おう、頼りにしてるよ」
誤魔化すようにそう言って笑い、もう一度しっかりマックスの太い首に抱きついてから顔を上げる。
スタッフさんの案内で俺達はそのまま、本部前にある一段高くなった舞台の横に連れて来られた。
もう、舞台の前は見渡す限り、隙間なくぎっしりと人で埋まっていた。
「おお、前回の覇者のご登場だぞ」
聞き覚えのある声に振り返ると、ウッディさんとフェルトさんが、綺麗な栗毛の馬と一緒に手を振っている。
「いよいよですね」
「ええ、よろしく」
笑って拳をぶつけ合っていると、それを見た観客達から何故か黄色い歓声と拍手が起こった。
えっと、今の黄色い歓声の意味は何?
その後、他の参加者の人達とも挨拶を交わしていると、見覚えのある司会者が出て来て舞台の真ん中に立つところだった。
「それでは皆様! お待たせ致しました! ただいまより早駆け祭を開催いたします!」
やや芝居じみた身振りで大きく手を伸ばしてそう言った司会者は、舞台袖を見て一礼した。
「では、まずは今回の祭りの主催者である商人ギルドのギルドマスターからご挨拶をいただきましょう。ギルドマスターアルバン! お願いします!」
拍手と口笛の音があちこちから聞こえる中、豪華な服に身を包んだアルバンさんが進み出て来た。
「おお、案外格好良いじゃないか。豪華に着飾ってもイケメンだと嫌味にならないんだなあ」
案外イケメンなアルバンさんの爽やかな笑顔を見ながら若干失礼な感想を抱いていると、司会者からマイクのようなものを渡されたアルバンさんは、胸を張って観客に向き直った。
「皆様お待ちかねの早駆け祭りの始まりです。二日間、大いに楽しみ、そして大いに散財してください」
大爆笑になる会場を見渡して、アルバンさんは満足そうに大きく頷いた。
「私からは以上です! 皆様の幸運を祈る!」
爆発したような大歓声の中、拳を握ったアルバンさんはそれを頭上に突き上げた。
「うおおおおおおおおおおおおお〜!」
雄叫びとも取れる大声を上げたアルバンさんに、会場中が続く。
会場にいる人々はもう皆大喜びだ。
「あれが、商人ギルドのギルドマスターが毎回やる祭りの名物みたいなものでね。あの挨拶の内容から最後の雄叫びまでがお約束の展開なんだよ」
「それからアルバンさんは実はすごい照れ屋でね。堅っ苦しい挨拶なんて絶対嫌だって言って、ギルドマスターになって初めての時、半分冗談であれをやったんだよ。そうしたらもう大受けでさ。以来、毎回同じ挨拶で通してるんだ」
笑いながらウッディさん達が説明してくれる。アルバンさんの意外な一面を知って俺達も笑いながら拍手したよ。
「それでは、早駆けレースの参加者を順番に紹介させていただきます!」
アルバンさんからマイクを返してもらった司会者は、俺達がいるのと反対側の舞台袖にアルバンさんが下がるのを見送ってから正面に向き直った。
会場が一気に静かになる。
まずは未成年達の紹介から始まり、舞台に上がって行ったのは幼稚園児から小学校低学年クラス。
前回同様に、犬やロバ、それから仔馬を連れている子達もいる。その中に、見覚えのある猫を連れた女の子の姿を見つけて俺は笑顔になる。
「あ、あの猫を連れた子、また出てるんだ」
笑顔で観客に手を振る女の子を見て、そういえば彼女にテイマーの才能があるって言ってたシャムエル様の話を思い出した。
時折笑い声が混じる中を紹介はどんどん進み、次は中高生くらいまでのクラスになる。
ここに来ると一気にレースらしくなって、連れているのは、全員がマーサさんが乗っているのと同じような大きさのポニーみたいな馬達だ。
「裕福な家の子達で将来の騎手候補だって言ってたな。確かに着ている服なんかもそんな感じだ」
紹介されて得意げに胸を張るその様子は、いかにも背伸びしている感じがして笑いが出る。
「ううん、あの年齢特有の背伸びしてる感じが小っ恥ずかしくて良い感じだ。若いって良いねえ」
思わずそう呟いた時点で我に返る。
ううん、若いとか言ってる時点で俺もおっさん決定だな。ちょっと泣いてくるわ。
次に一周二周と、参加者達が順番に紹介されていく。
こちらも前回同様、何でもありの参加者達と、ガチで参加している組とに見事に分かれてたよ。
そしていよいよ三周戦の参加者紹介を残すだけになった。
「それでは皆様お待ちかね! 早駆けレースの花形。三周戦の参加者紹介に移らせていただきます!」
またものすごい大歓声が沸き起こってよそ見していた俺は飛び上がった。
ううん、この大歓声はヘタレな俺の心臓に悪いって。
参加者紹介の順番は、以前と同じ申し込み順なので、俺達は多分また一番最後らしい。
「最初は、走る火の玉。デュクロ! さあ、前回の雪辱を果たすことが出来るか! 今回はどんな走りを見せてくれるか期待しましょう!」
一番最初に舞台に上がったのは、大型の馬を引いたやや年配の男性で、あの馬には見覚えがあった。
「なあ、あれって……確か前回のゴール前で俺達の前に転んだ人じゃないか?」
小さな声でハスフェルにそう言ったが、隣にいたクーヘンにも聞こえていたみたいで彼が教えてくれた。
何でも、相棒の加速の王子レンベックって人と二人で前回、最後まであのバカ達と先頭集団を競り合っていた常連参加者達らしい。
しかしあの時、例の馬鹿が、いきなり矢笛と呼ばれる特殊な音が出る笛をあの時彼らに向かって吹いたせいで、驚いた馬が転んでしまい、結局レースは棄権したんだって。うわあ、それはお気の毒だったんだな。
矢笛は、文字通り矢のような鋭い音が一瞬だけ出る特殊な笛らしく、馬や牛など音に敏感な動物が嫌がる音が出るんだそうだ。だけど人の耳には聞けない音らしく、もちろんレースでは使うなんて絶対に駄目。禁止されている道具だ。
「あの馬鹿。本当に無茶苦茶だったんだな」
呆れたような俺の言葉に、一緒に聞いていたウッディさん達も嫌そうな顔をしている。
どうやらこの話は他の参加者達も聞き及んでいたらしく、クーヘンの説明に皆も怒ったような顔をしている。
「だから、今回は正々堂々と戦うって、参加者達の間ではいつも言ってるんだ。もちろんケンさん達だって正々堂々勝負してくれるだろう?」
「当たり前だよ。ズルして勝ったって嬉しくも何とも無いって」
「そうだよな。それが普通の反応だよな」
嬉しそうに笑ったウッディさんと、もう一回笑って拳をぶつけ合った。
また観客達から黄色い歓声が上がる。
ええと、あれってマジで何に対しての黄色い歓声なのか俺にはさっぱり分からないんだけど……俺は悪く無いよな?