厩舎にて
「マックス! ニニも元気か!」
前回同様、綺麗な厩舎の中でも広い小部屋になったところに一緒にいたマックスとニニが、俺の姿を見た途端に大興奮している。
俺に気付いて駆け寄って来た別のスタッフさんが、手早く鍵を開けてくれた扉から中に入る。
「ご主人! ご主人!」
大興奮して飛び跳ねて大興奮した声でそう言いながら、勢いよくマックスが飛びかかって来る。
「うわあ、待て待てマ〜ックス! ステイだステイ!」
いくら干し草が敷いてあるとは言え、俺が立っている場所はかなり硬めの土の床だ。柔らかい草地と違ってそこに押し倒されるのは遠慮したい。
俺の叫ぶようなステイの声に我に返って、即座に大人しくなってその場に座るマックスを見て厩舎のスタッフさん達が大きくどよめく。
「よしよし、良い子にしてたか。明日から祭りの開始だ。覚えてるだろう? 明日は選手紹介があって、明後日にはいよいよ早駆け祭り本番だぞ。今回も絶対に勝つからな。よろしく頼むぞ」
手を伸ばして良い子座りしているマックスに抱きつき、そう言いながら力一杯撫で回してやる。
「任せてください! 完璧な走りをお見せしますよ」
大興奮して扇風機みたいになってる尻尾のせいで、辺り一面に干し草がばら撒かれてスタッフさんが慌てている。
すみませんねえ。マックスの尻尾は興奮すると扇風機になるんですよ。
内心で掃除するスタッフさん達に謝って、俺はマックスとニニを交互に何度も撫でて抱きしめてやった。
「おう、マックスも元気いっぱいだな」
笑ったハスフェルの声が聞こえて、顔を上げて振り返る。
「何だ、ハスフェルも来たのか」
振り返ったそこには、ハスフェルと一緒に懐かしい面々が立っていた。
「ウッディさん、フェルトさんも!」
そこに立っていたのは、現役の大学教授コンビ、チームマエストロのウッディさんとフェルトさんだった。
「お久し振りですケンさん。いやあ、今回も表彰台に上がるつもり満々で、毎日必死になって訓練していたんですけれどね。新たな魔獣使いの参加者達の話を聞いて本気で泣きたくなりましたよ。私のあの努力の日々を返してくださいって」
泣く振りをしながらそう言っているが、顔は完全に笑っている。
「勝負はやってみないと分かりませんよ。ここまで来たら、あとはもう力一杯走るだけですって」
「そうですね。せっかく参加するんですから、レースを楽しむくらいの気持ちじゃないとね」
「確かに、期待して待ってる学生たちの為にも、頑張ってみるとしようか」
そう言いながら笑顔で差し出された二人の手を、順番に握り返す。
「そうそう、その意気です。お互い頑張りましょう」
顔を見合わせて笑顔で頷き合った。
「それにしても、改めてみるとやはりマックスやシリウスは大きいですね。ううん、私が言うのも何ですが、やはり馬と従魔では力の差は歴然としていますね」
マックスを見て苦笑いするウッディさんの言葉に、俺も苦笑いしつつ頷く。前回のレースを走ってみて、実は全く同じ事を俺も思ってたんだ。
あの九連勝していた馬鹿達が乗っていた最高の馬達でさえ、俺達の従魔の本気の走りの前には全くついて来られなかった。はっきり言って短距離走の選手と幼稚園児くらいの差があった。
そもそも最初の二周と半分までは、俺達は完全に流して走っていたんだから、あそこも本気で走っていたら、多分彼らとの差は周回遅れどころじゃなかっただろう。
「もう少し魔獣使いが増えて来たら、三周戦を馬とそれ以外の騎獣で分けてもいいんじゃないですかね。賭けるレースが増えてお客は喜ぶと思いますよ」
何となく言った言葉だったが、それは案外面白そうな気がした。三周全力で走ったらどれくらいの速さになるんだろう。ちょっとマックスの本気走りを見てみたい。
「それは良いですね。今すぐじゃなくても、将来的には本気で考えてみようか」
「確かにそれも面白そうだなあ。個人的には良いと思うぞ」
いきなり別人の声が聞こえて、俺とウッディさんが揃って飛び上がる。
「ああ、驚かせてすまない」
そこには、ギルドマスターのエルさんとアルバンさんの二人が笑顔で立っていたのだ。
「あれ、お帰りになったんじゃあないんですか?」
そう尋ねると、二人揃って笑って肩を竦めている。
「あの後、ホテルの支配人といろいろと打ち合わせをしていてね。今から帰るところなんだけど、丁度ハスフェルの姿が見えたから、声を掛けて一緒について来て厩舎に顔を出したんだよ」
「ああ、それはご苦労様です」
納得して一礼した。
そりゃあここのホテルには、早駆け祭り参加者がレースに参加する馬達と一緒に泊まってるって言っていたから、主催するギルドとしてはホテルとの打ち合わせも必要なんだろう。
ちなみにハスフェルは、マックス達の隣の場所にいるシリウスのところへ行って、さっきの俺のように抱きついて仲良く何やら話をしている。
うん、シリウスも可愛がってもらってるみたいでなによりだね。
「あ、それならさっきの話に一つ提案です」
ハスフェルからエルさん達に視線を戻して俺は口を開いた。
「前回のレースの後思ってたんですけど、三周戦は今まで通りに馬、あるいはそれに近い動物にして、その上にもう一段、五周か六周くらいで魔獣使いのみが参加出来るレースを増やせば良いんだと思うんですよね」
「五周か六周? そんなに走れるか?」
真顔のアルバンさんの言葉に、俺とハスフェルが顔を見合わせる。そして同時に同じ事をした。つまり自分の従魔に聞いたのだ。
「どうだ? あの倍くらい走れるよな?」
「当然です。必要なら最初から最後まで全力疾走出来ますよ!」
マックスだけでなく、シリウスまでが声を揃えてそう答えてくれたんだけど、それを聞いただけで大興奮して尻尾を振り回している。
またしても飛び散る干し草の山。スタッフさん、ごめんなさい。
「従魔達は大喜びでやるって言ってますね。他のジェムモンスター達も問題なくそれくらい走りますよ。まあ、レースに出るなら従魔の種類はある程度限られるでしょうが、もう少し魔獣使いが増えて来たら参加者も増えるだろうから絶対盛り上がると思いますね」
実際には、賞金や商品の事もあるし賭け券の種類だって増えるわけだから、やるとしても簡単な事ではないだろう。
だけど、従魔達だけでレースとかめっちゃ楽しそうじゃん。もしもやるなら絶対出たい。
マックスのむくむくな毛を撫でてやりながら、いつか沢山の魔獣使いとその従魔達と一緒に大騒ぎしながら走る日を夢見て、俺はもう一度その太い首に抱きついたのだった。
「これからもよろしくな」
何となく改まってそう言うと、喉を鳴らしながら頬擦りしてくるニニと鼻で鳴きながら力一杯甘えて頬擦りしてくるマックスに押されてしまい、俺は結局、干し草だらけの床に笑って悲鳴を上げながら押し倒されてしまったのだった。