大馬鹿の依頼の仕方って……
「あの、謎だった殺害依頼の件。判明したよ」
何故だか朝からものすごく疲れていそうなアルバンさんが、そう言ってコーヒーを一口飲んだ後、またしても大きなため息を吐いた。
「ケンが言っていたそうだが、馬鹿と馬鹿がつるんで事件を起こしたらこんな展開になるってのだな。俺は今、心の底から同意してるぞ」
聞きたく無い思いがまた大きくなる。
「ものすごく聞きたく無いですけど、一応聞きます。その根拠って?」
俺を見てまたため息を吐いたアルバンさんは、乾いた笑いをこぼして肩を竦めた。
「今回の事件の、まず第一の疑問」
そう言って右手を突き出して指を一本立てて見せる。
「ケン達が出先の野営地であの二人組に襲われたところを返り討ちにして確保してくれた。おかげで我々も問題にしていた凶悪犯を逮捕出来た。取り調べの際、彼らは確かに証言した。あの二人から君を殺すように依頼を受けた。とね」
黙って聞いている俺達だけで無く、エルさんも一緒に真剣に頷く。
「それに対して、あの馬鹿の弟子二人はこう証言している。確かにジェムの横流しについてはその通りだが、自分達は彼を殺せとは言っていない。とね」
そう言って二本目の指を立てる。
「こうなると、普通はどちらかが嘘をついていると考えるだろう。取り調べている軍部は、馬鹿の弟子二人が嘘をついているのだろうと考えていた。まあそうだろう。元冒険者の二人には、君との直接の接点は一切無く殺す理由が無い」
そう言って最初の一本目の指を折る。
「しかし、馬鹿の弟子二人は頑としてそれだけは認めようとしない。この街の軍部でも、あそこまで本人達が否定するのなら、やはりおかしいとの事になり改めて取り調べが行われた」
俺は、真剣なアルバンさんの説明を聞いて、ホテルに缶詰で暇だったとは言え、毎日酔っ払って遊んでいた自分がちょっと恥ずかしかったです。ごめんなさい。
「そこで別件を担当していたベテランの取調官に彼らの取り調べを代わってもらい、全員から改めて聞き取りを行ってもらったらしい。まあ担当官が変われば質問や聞き方が変わってすんなり白状したりする事も多いと聞く。特に今回担当してくれた取調官は、軍部の中でも解決者と呼ばれるくらいに優秀な人らしい」
笑ってそういうのを聞いて、刑事ドラマなんかで出てくる人情派の刑事を思い出した俺だった。
どうやらこの世界にも、刑事ドラマの主人公タイプの人がいるみたいだ。
ううん、ちょっと懐かしい事を思い出したよ。土曜日の夜にやってた人情刑事シリーズ、実は結構好きだったっけ。これは父さんが好きだったんだよな。
一人遠い目になっていると、アルバンさんが最初の一本目の折った指を指差す。
「その取調官は、まず元冒険者二人にこう聞いたそうだ。どんなふうに依頼を受けたんだ? 書面で交わしたのか? それとも伝言を聞いた? 報酬は?って感じにな」
何だか本当に刑事ドラマのストーリーを聞いてる気がしてきて、思わず身を乗り出す。
「知り合いを通じて二人を紹介され、一度だけ会っているそうだ。その際に、書面は無く、口頭で前金と一緒にこう言われた。前回の早駆け祭りの勝者である魔獣使いのケンが標的だ。と」
真剣なアルバンさんの説明に、改めてこの件は自分の事だと実感した途端、何だかあらぬところが今更ながらにヒュンって縮こまった。
無言で固まる俺に誰も気づかず、話は進む。
「その際にこう言われたそうだ。彼に全てをめちゃめちゃにされ、大事な兄貴分は強制労働送りになった。なので自分達には彼に復讐する権利がある。とな。前回の祭りの後、彼らが逮捕された際には相当な騒ぎになったから、冒険者達も噂では知っていた。なのでまあ、逆恨みでも何でも、金さえ出してくれるのなら自分達には関係無いとも思ったそうだ」
「逆恨みだってわかってるんなら、せめて依頼を断ってくれよな」
「まあ、金さえ出せば皆お客なんだろうさ」
俺の嫌そうな呟きに、笑ったハスフェルがそう突っ込む。
「それにしても、その弟子達だって金に苦労してたんだろうに……あ、そうか。それで金を工面するために処分予定の偽物のジェムをクーヘンの所に盗みに入ったわけか!」
「そうみたいだね」
嫌そうなエルさんの言葉に、全員が呆れたようなため息を漏らす。
「そこでこの馬鹿の弟子二人から、こう聞いたそうだ」
一本目の指を指差してアルバンさんがまたため息を吐く。
「一言一句違わずに、こう言われたそうだ。祭り当日、ケンを自分達の目の前から消してくれ。と」
「それって……」
思わずそう呟いた俺に、アルバンさんは嫌そうに顔を歪めて頷いた。
「それを聞いた二人はこう理解したらしい。つまり、消してくれ。は、殺せって意味の隠語だとね」
「いや、普通そう思うだろう。消せって言われたら犯罪者はそう思うぞ!」
思わず力一杯叫んで机をバンバンと叩く。
「何だ、詳しいんだな」
笑ったハスフェルとギイに両側から肩を掴まれ、俺は情けない悲鳴を上げる。
『元の世界では、そういう話を読むのが好きだったんだよ』
ここで元の世界の話を声に出すわけにはいかず、こっそり念話で説明する。その際に、元がテレビドラマだなんて言ってもそれはそれでまた説明が大変なので、本を読んでる事にしておいた。
『なるほど、ケンのいた世界ではそんな娯楽があったわけか』
感心したような念話が届き、笑って手が離される。
「な、つまりはそう言う事さ。改めて馬鹿の弟子二人からも聞き取りを行った結果、確かにそう言ったとの証言も得られた。彼らは文字通りそのままの意味で、祭り当日に、自分達の目の前から君がいなくなっていれば良いと、つまりレースに出られなければ良いと思っていたらしい」
「それで、元殺人者に向かって消してくれって……馬鹿すぎる」
頭を抱えた俺の呟きに、全員が揃ってこれ以上無いくらいに大きく頷く。
「成る程。馬鹿の弟子は馬鹿では無く大馬鹿だったわけだな」
腕を組んだオンハルトの爺さんの呟きに、全員揃って堪えきれずに吹き出しその場は大爆笑になった。
俺は一緒に笑いながら、ちょっとあまりの情けない顛末に遠い目になっていた。
もう、ここまで登場人物が全員揃って馬鹿ばっかりだと、本気で腹を立てるのも怖がるのも馬鹿馬鹿しくなってきたよ。いやマジで。