お祭り前日のあれやこれや
「おはよう。今準備するからもう少し待ってくれよな」
身支度を整えて居間へ出ると、ハスフェル達だけでなく、ランドルさんとバッカスさん、そしてクーヘンまでもう全員揃っていた。
どうやら俺が起きたのは最後だったみたいだ。
「おはようございます。相変わらず朝は弱いんですね」
笑いながらクーヘンにそう言われて、俺は笑って誤魔化しておいた。
作り置きのサンドイッチやなんかを適当に取り出して並べて、コーヒーと激うまジュースも取り出して並べておく。
「昨日も思ったんですが、このジュース本当に美味しいですよね」
「気に入った?」
「そりゃあもう、毎日でも飲みたいくらいですよ。しかし、一体何を入れたらこんなに美味しいジュースになるんですか?」
それを聞いた俺は、笑って激うまリンゴとぶどうを取り出して、ブドウはそのまま、りんごは皮ごとカットしてお皿にのせた。
「まあ、騙されたと思って食べてみてくれよ」
不思議そうにしつつ、リンゴを一切れ摘んだクーヘンは、そのまま無言になった。
「このぶどうも食べてみろよ。皮ごと食べても大丈夫だからな」
小さく頷き、大粒のぶどうも一粒口に入れる。
何度か咀嚼してからしっかりと飲み込み、大きく深呼吸してから俺を振り仰いだ。
「一体、一体これは何処産のリンゴとぶどうなんですか!」
当然の疑問に俺達が揃って肩を竦める。
「カルーシュの街から山側に行ったところにある、飛び地の中で発見した」
「と、飛び地ですって!」
クーヘンの叫びに、俺たちは笑って頷く。
「ちなみに、ランドル達とはそこで知り合ったんだ。二度目に飛び地へ行った時に、俺達がテントを張って寝ているところへ彼らがやって来てな、それで仲良くなったんだよ。飛び地では野営が出来る場所は限られているからな」
「その際に、ケンさんからテイムの仕方について教わったんです。ハンプールの英雄の噂は聞いていましたからね」
嬉しそうなランドルさんの言葉に、クーヘンが嬉しそうに笑って頷く。
「確かに飛び地で出会ったって仰っていましたね。それで、貴方の紋章にもあのマークが入っているんですね。ではもしや、あのマークの下にある記号は、貴方のお名前ですか?」
「ええそうです。ここへ戻って来て魔獣使いの紋章を授けていただきました。その際にケンさんにお願いして、あの紋章のマークを使わせてもらったんです」
「そうだったんですね。では弟子仲間ですね」
笑顔のクーヘンの言葉に、ランドルさんも笑顔になる。
「兄弟子殿。どうかよろしくお願いします。ですが早駆け祭りでは手加減は致しませんよ」
「もちろんです。正々堂々と勝負しましょう」
二人が、笑顔で互いの拳を突き合わせるのを俺達も笑顔で見つめていた。
「すっかり遅くなったな。じゃあ食べるとしよう」
サンドイッチに手を伸ばすハスフェルの言葉に全員揃って元気に返事をして、それぞれに好きなサンドイッチを取った。
俺はいつものタマゴサンドを二切れとキャベツサンドだ。それから少し考えてトマトと鶏ハムも一緒にお皿に取った。
「飲み物は豆乳オーレにしよう。あとはいつものジュースだな」
ハスフェルがクーヘンに混ぜた激うまジュースの説明をしているのを見て、笑って立ち上がった俺はいつもの簡易祭壇に少し遅くなった朝食を並べた。
「サンドイッチとトマトと鶏ハムのシンプルモーニングだよ、豆乳オーレといつものジュースと一緒にどうぞ」
いつもの収めの手が俺を撫でてからサンドイッチを順番に撫でていくのを見ていた。
最後に豆乳オーレを撫でて消える収めの手を見送ってから、俺も自分の席についた。
お皿を持って待ち構えているシャムエル様に、タマゴサンドを丸ごと一切れと、その横にトマトと鶏ハムも乗せてやる。蕎麦ちょこには豆乳オーレを、コップにはジュースを入れてやってから、最後に手に持ったキャベツサンドをシャムエル様に先に齧らせてやる。
断面部分を全面1センチくらい勢いよく食べたシャムエル様は、小さなゲップを一つしてからお礼を言って、両手で持ったタマゴサンドを物凄い勢いで食べ始めた。
「相変わらず豪快だなあ」
苦笑いした俺は、少し小さくなったキャベツサンドに噛り付くのだった。
食後の果物を食べていたところで、ノックの音がしてエルさんの声が聞こえた。
「おはようございます。もう起きてますか?」
「おう、今食事が終わったところだ」
ハスフェルがそう行って立ち上がり、扉を開けに行った。
「いよいよ明日には秋の早駆け祭りが始まるね。期待しているよ」
座ったエルさんの前にも果物を置いてやり、何となくそのまま皆で黙々と果物を食べる。
りんごに手を伸ばしたエルさんは、さっきのクーヘンと全く同じやりとりをハスフェル達と繰り広げていたよ。
「あ、そういえば今回の賭け券ってまだ買ってないよな」
「確かにそう言えばそうだな。じゃあ後で買いに……行くのは無理だな。またクーヘンに変装して買いに行ってもらうか」
「それなら後で各自の部屋まで届けてあげるから、希望の内容を言ってくれればいいよ」
聞こえていたらしいエルさんが笑顔でそう言い、改めて俺達に向き直った。
「改めて、今回の騒動に君達を巻き込んでしまった事をお詫びするよ。君達が無事で本当に良かった」
ため息と共にそう言い、俺を見る。
「実はケンを襲ったあの元冒険者なんだけれどね」
何やら言いにくそうなエルさんの様子に俺は眉をしかめる。
「聞きたくないですけど、聞かないともっと気になりますからね。何か問題でも?」
「彼らは、あの馬鹿の弟子二人から君を殺すように依頼されたとはっきりと言ってる。しかし、あの馬鹿二人はそんな事は頼んではいないの一点張りだ。ジェムの粗悪品の転売については案外素直に認めたんだけどね。殺害依頼の件だけをあそこまで否定されると、逆に真実味が増してきて、取り調べの軍部も困っているみたいだ」
「それって、どちらかが嘘をついているって事ですよね?」
「まあそう考えるのが妥当だろうけど……」
俺の言葉に、困ったように顔を見合わせるエルさんとハスフェル。俺はもう、困ってため息を吐くぐらいしか出来ない。
「俺は楽しく走りたいだけなんだけどなあ」
そう言ってもう一回大きくため息を吐いた時、またしてもノックの音がして俺は飛び上がった。
「おはようございます。アルバンです」
「おはようございます。どうぞ入ってください」
ギイが開けてくれた扉から、一礼したアルバンさんが入って来る。
「ああ、ここに来ていたのか。丁度良い、エルも一緒に聞いてくれるか」
ため息と共に一気に椅子に座ったアルバンさんの様子が、何やらものすごく疲れているみたいに見えてしまい、俺は黙ってコーヒーを入れてあげた。
「おう、ありがとうな。それで報告だ、あの謎の殺害依頼の件、判明したぞ」
思いっきり嫌そうなその口調に一気に聞く気が失せたけど、当事者である以上聞かないわけにもいくまい。
座り直す俺に向き直り、アルバンさんはもう一度これ以上無いくらいの大きなため息を吐いたのだった。