ただいま
かなりの速度で草原を駆け抜けながら、俺はまだしばらくは背後を警戒していたが、特に彼らが後を追ってくる事もなさそうだった。よしよし、とりあえずはもう安心かな。
「街においてきたベリーが心配してるだろうな。二日も放ったままで悪い事したよ。早く帰ってやらないと」
何の連絡も無しに二日近く放って置かれたら、心配もするだろうし不安にもなるだろう。
俺は心配になってそう呟いたが、右肩に座っているシャムエル様に笑って頬を叩かれた。
「大丈夫だよ。ベリーには、しばらく帰れないけど心配しないでって連絡だけはしてあるからね」
「ええと、どうやって連絡したのか聞いても良い?」
携帯どころか無線もないだろうこの世界で、一体どうやって連絡を取り合うって言うんだよ?
いや、もしかしたら俺の知らない方法が、案外この世界には普通にあるのかもしれないぞ。
「えっとね、それは企業秘密なんだから、聞いちゃ駄目なの!」
何がおかしいのか、そう言って笑うシャムエル様を見て、俺も笑うしかなかった。
そうだよな。さすがに携帯や無線は無いよな。
まあ、創造主様だもんな。俺の知らない方法で上手い事やってるんだろうさ。うん、きっとこれも深く考えてはいけないんだろう。
「そっか。まあそれなら良いや」
疑問を明後日の方角に放り出して肩を竦めた俺は、上空に戻って来たファルコに気付いて手を振った。
その時、近くの茂みから戻ったニニも飛び出して来て、マックスの横についた。
「おかえり」
そう声を掛けてやると、こっちを見て、口だけ開けて鳴く真似をした。
おお! この大きさでやっても可愛いぞ。
猫の必殺技!声の無いニャー頂きましたー!
あまりの可愛さに、無言で悶絶したよ。
まったく! うちの子達はどうしてこんなに可愛いんだろうな。
傾き始めた夕日を見ながら走っていると、ようやく街道が見えて来た。
見覚えのある光景に、何だか安心したら涙が出そうになったのは気のせいって事にしておく。
さり気なく街路樹の横から街道に入る。相変わらずの大注目も、もう慣れたよ。
いつもよりも短い行列で、日が暮れる前に街へ入ることが出来た。
「おかえり。ずいぶんとまた遠出してたんだな」
すっかり顔見知りになった城門の兵士にそう言われてしまい、俺はとりあえず笑って誤魔化したよ。
「まずはギルドに顔を出して、ベリーを引き取ってこよう」
道の端を一列に並んで、俺はマックスに乗ったままギルドの建物へ向かった。
「何だか街が妙にざわめいてるな。それに屋台の数が少ない?」
広場を通った時、いつもなら円形広場をぐるっと一周、通路の部分以外はリング状に屋台がぎっしりと立ち並んでいるのに、今日は出ていない店が多い。店の屋根を畳んで、組み立て資材が置かれたままの状態だ。
「これってもしかして……地震の影響だったりする?」
小さな声で、右肩に座ってるシャムエル様にそう話し掛けた。
「どうやらそうみたいだね。だけどまあ、そういう事なら、もう大丈夫だからじきに落ち着くだろうね」
「そうだな。ってか、早く落ち着いてくれないと、申し訳なくて俺の良心が痛むよ」
「ケンは悪くないよ」
驚くシャムエル様にそう言われたが、そう簡単に割り切れるもんじゃないよな。
気を変えるように大きく深呼吸をして、到着したギルドの建物に中へ入っていった。
「おお、ようやく戻ってきたな」
奥からギルドマスターが走って出てきて、有無を言わさず、俺を引っ張っていつもの倉庫へ向かった。
倉庫の扉が閉まるまで、二人とも無言だった。
「おかえりなさい。無事で何よりです」
山積みになった果物が入った箱の横から声がして、ベリーが姿をあらわす。
「ただいま。ええと二日も戻れなくて本当にごめん……」
しかし、ベリーは笑って首を振り俺の謝罪を遮った。
「貴方が謝る必要は有りませんよ。私が一緒に行っていれば良かったですね。そうすれば、少しはお役に立てたでしょうに」
どうやら、ベリーは何があったのか知っているようだ。
なんと言っていいのか分からず戸惑っていると、真顔のギルドマスターにいきなり腕を掴まれた。
「で、詳しい話を聞こう。一体何があったんだ?」
ええ、そこは俺に説明を求めるわけ?
ベリーが、説明してくれてたんじゃないのかよ!
困ってシャムエル様を見ると、小さく頷いた。
「いいよ、ギルドマスターは知るべき人だからね。全部話して構わないよ」
俺は、その場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「本気で嘘みたいな話ですけど……それでも聞きます?」
真顔で頷かれて、俺はもう一度頭を抱えて人生最大のため息を吐いた。
「ブ、ブラウングラスホッパーの異常繁殖だと!」
血相を変えて、今にも飛び出しそうなギルドマスターをなんとか捕まえて座らせる。
俺たちは、ベリーが二日の間に食べて空になった果物の箱に座って話をしていた。ベリーも一緒に聞いている。
「それはもうものすごい数でした。真っ黒な雲が迫ってくるみたいで……」
「どうやって止めたんだ? グラスホッパーの大繁殖に対抗出来る対策はたった一つだ。こちらも人海戦術で火の術を使ってひたすら数を削るしか無い。はっきり言って、死傷者が万単位で出てもおかしく無いとんでもない消耗戦になるのは確実なんだ。それを……一体どうやって止めたんだ?」
「ええと、もう一人協力者がいました。殆どそいつの術で止めたんです」
またしても真顔で沈黙される。怖いから、その無言の真顔はやめてって。
「……もしや、あの地震はそういう事か?」
「ええと、まあ、そんなところです」
ギルドマスターは、無言で顔を覆って俯いてしまった。
その後、戦いの現場になったその場所も、もう何の問題も無く安全なので心配しないで良い事も伝えておいた。
だけど、どうやったのか具体的な事は、結局最後まで一度も質問もされなかった。
「それじゃあ、もう危険は無いのか?」
俺の膝に移動して一緒に話を聞いていたシャムエル様が、何度も頷くのを見て、俺も大きく頷いた。
「少なくとも、大繁殖していたグラスホッパーは殲滅しました。ご安心を」
「本当に心から感謝するよ。お前さんがいなければどうなっていたか考えただけで、気が遠くなりそうだ」
満面の笑みでそんな事を言われて、心底驚いた。
「そう簡単に俺の言葉を信じるんですか? 俺が嘘をついているとは思わないんですか?」
あまりに素直に信じられて、逆に俺の方が戸惑ってしまった。逆の立場だったら、俺なら何を馬鹿な事を言ってるんだと、一笑に付しただろうに。
「じゃあ逆に尋ねるが、ここで俺に嘘を言って、お前さんに何か益があるか?」
「いやまあ、それはそうですけど……」
「まあ良い。とにかく、お前さんには本当に感謝するよ。それじゃあ、休みを兼ねて好きなだけ泊まっていってくれ。もう、お前さんから宿泊費は一切頂かんからな」
「いやいや、それは駄目ですって。ちゃんと払いますから受け取ってください!」
慌ててそう叫んだ俺だったが、ギルドマスターは笑って相手にしてくれない。
さらに抗議をしようとして立ち上がりかけて、もうこれ以上ないくらいの満面の笑みのギルドマスターの次の言葉に、俺は座っていた箱から転がり落ちたよ。
「なあ、それならおまえさん、ブラウングラスホッパーのジェムを持ってるんだろう? 持ってるなら買うから、好きなだけ出してくれよ!」
「何で、真剣な話をしていたのに、いきなりそっちの話になるんだよー!」
ちょっと本気で叫んだけど、俺は悪く無いよな?