カレー作りとハイランドチキンのオーブン焼き
「へえ、こんな風にして、まずはそのカレールウってのを作るんですか」
ギイに教えられて、オリーブオイルと小麦粉をせっせと焦がさないように炒めているランドルさんが感心したように呟いている。
サクラが切ってくれた玉ねぎを、ハスフェルが飴色になるまでフライパンで炒めてくれている横で、同じくフライパンでオンハルトの爺さんが焼いているのは、これもサクラが切ってくれたグラスランドブラウンブルの肉だ。
今回は、ちょっと豪華にするために大きめに切ってもらったからボリューム満点だ。
バッカスさんは、俺が書き出したレシピを見ながらニンジンとジャガイモをアクアに渡して切ってもらい下準備をしてくれている。
どうやらこの中では、バッカスさんが一番まだ料理が出来るみたいだ。
「今炒めているそれと一緒にこれを全部まとめて大鍋に入れて、この干し肉から取ったスープでこの香草の束と一緒に煮込むわけか。それで仕上げに、今作っているカレールウでとろみを付ける。なるほど、かなり濃厚なシチューになりそうだな」
真剣にレシピを読み込んでいたバッカスさんが、感心するように頷きながらぶつぶつと呟いている。
バッカスさんが手にしているのは、俺が作った適当ブーケガルニではなく、師匠が用意してくれた、本格煮込み料理用のブーケガルニだ。多分、これがあるだけでもカレーの味が一段上がるはずだ。
「出来上がったら、それをご飯に乗せて皿の中で混ぜながら食べるんだ。トンカツやチキンカツと一緒に食べると美味しかったぞ」
ギイの説明に、二人が目を輝かせる。
「おお、それは美味そうですね。では夕食を楽しみにしています」
「だけど残念ながら、これは今日は食べないんだ」
「ええ、どうしてですか?」
情けない悲鳴を上げる二人に、ハスフェル達が一晩置いた方が美味しくなるのだと一生懸命説明していた。
それを聞いてまた目を輝かせて歓声を上げるランドルさんとバッカスさん。
何だろう、この林間学校の子供達みたいな展開は。
この世界の守護神達が、普通の人間であるランドルさんやドワーフのバッカスさんと仲良く異世界の料理であるカレーを作っている。
しかも、その守護神達にも俺達みたいに先輩に苛められて泣いていたような幼い頃があったなんて。
そのあまりにも不思議で、この世界の平和そのものみたいなその光景がどうにもおかしくて、実は俺はさっきから笑いが止まらない。
「その笑いは、何に対する笑いだ?」
苦笑いしつつ俺を振り返ったハスフェルの質問に、俺は肩を竦めて首を振った。
「何でもない。平和だなって思っただけだよ」
多分、俺が言いたい事は分かっていたのだろう。鼻で笑ったハスフェルは素知らぬ顔で、また玉ねぎを炒めているフライパンをせっせとかき回し始めた。
「確かに平和だなあ。祭りが始まれば、それどころじゃなくなるだろうけれどさ」
「確かにそうだな。引きこもってると外の様子がわからないから、街がどうなってるのかちょっと興味があるよ」
ハイランドチキンとグラスランドチキンのもも肉を、キッチンカウンターの中に来てくれたサクラから取り出しながらそう言うと、顔を上げたギイがこっちを振り返ってバルコニーのある窓を指差した。
「何だ、知らないのか? そこから見たら街の様子がよく見えるぞ。間近に迫った祭りの準備で、人も多くなってきてるしあちこちで大騒ぎになってるぞ」
「へえ、そうなんだ」
確かに考えてみたら、ここへ来てからバルコニーに出たことって無かった気がする。
肉を置いて手を洗ってから、一度バルコニーへ出てみる事にした。
「おお、街が一望出来る。すげえ」
ここは五階なんだけど、俺の知るビルの五階よりもはるかに高いように感じる。多分、各階の天井の高さが、俺の知るそれよりもはるかに高いからなんだろう。
「おお、確かに人が多いなあ。へえ、あんなところに屋台が出てる。ああ、良いなあ……屋台飯食いたい」
バルコニーの手すりから身を乗り出すようにして下を見ていると、なぜか急に下に見える人達が騒めき出した。
「ん? 何だ? 何かあったのか?」
更に身を乗り出すようにして下を見ようとしたら、いきなり誰かに首根っこを掴まれた。
「こらこら、身投げでもするつもりか。全く」
笑ったギイに、俺は無抵抗で子猫のように首根っこを掴まれたまま部屋に連れ戻される。
「誰かが身投げすると思われてたみたいだぞ」
俺のいた場所から下を見たハスフェルが、笑いながら戻ってくる。
「はあ? どう言う意味だよ、それ」
「言葉の通りさ。いきなり高級ホテルのバルコニーから人が身を乗り出せば、街一番の最高級ホテルを観光気分で見上げていた、下にいる街の人達はどう思っただろうなあ」
「うああ。確かに言われてみればその通りかも」
乾いた笑いをこぼした俺は、キッチンへ連れ戻されたので大人しく料理を再開した。
「へえ、ここには一体型の大型オーブンが設置されてるんだ。これならグラスランドチキンのもも肉でも半分くらいに切れば丸ごと焼けそうだな」
俺の感覚的には、それでも普通の鶏を一羽、丸ごと焼くよりもまだ大きいと思う。
オーブンには予熱が必要だろうから、火を入れて先に加熱しておく。
これも当然だが大型のジェムが入っていて、簡単な温度設定の目盛りがあった。タイマーらしきものはないので、ここはスライム砂時計の出番だな。
小さく笑って、師匠のレシピを確認しながら下味をつけるための調味料を大量に混ぜ合わせていく。
「何々、醤油と酒と砂糖とみりん、それからおろしニンニクだな。よしよし全部あるぞ」
これは混ぜるだけなのですぐに出来た。
それから、味が染み込みやすくする為に、大きなフォークでもも肉を滅多刺しにする。
「こんな感じで、こっちの肉にも細かい穴を開けてくれるか」
ソフトボールサイズになったスライム達がカウンターの上で並んで指示されるのを待っている。
なので、順番に右からアルファに肉に穴を開けてもらい、ベータにはすり下ろしにんにくを作ってもらう。
大きな金属製の調理用バットに、穴を開けて半分に切ったハイランドチキンのもも肉を並べて、上から混ぜ合わせた調味液を回しかける。
ハイランドチキンのもも肉を四枚分計八個作り、待ち構えていたガンマとデルタに一時間ほど置いてもらうように頼む。
「ゼータは、またタイマー役をお願いするよ」
「了解です!」
ニュルンと触手が出てきて敬礼を取った後、持っていた砂時計を取り出して嬉しそうにその上に留まった。
うちのスライム達は、いちいち仕草が可愛い。
使ったまな板を片付けようと振り返った俺は、いつの間にかピカピカに綺麗になった、生肉を切っていたまな板の上を見て笑顔になる。それからすぐ横でドヤ顔になってるイプシロンを手を伸ばして撫でてやった。