二日酔いの朝と今日の予定
「うう……頭、痛い……」
頭の中に割れ鐘があるかの如く酷い反響でガンガンと鳴り響く物凄い頭痛に、俺は呻き声を上げて頭を抱えた。
「ええと、何でこんな事になってるんだ……」
開いた目の前に見えたのは、予想通りの部屋の絨毯だった。
「ええと、もしかして……また、床で寝たのか……」
ガンガンと痛む頭を抑えてそう呟くと、耳元でサクラの声が聞こえた。
「大丈夫、ご主人。これ飲む?」
いつもお世話になってるあの美味しい水の入った水筒を差し出されて、俺は呻くような声でお礼を言って水筒を受け取った。
今回もしっかりと蓋が外されていて、サクラの気遣いに感謝したよ。
だけど、横になったままではさすがに水を飲めない。
俺が起き上がれなくてもがいていると、柔らかな身体が背中を下から押し上げるようにして起き上がらせてくれた。そして更に力が抜けた俺の頭を後ろからしっかりと支えてくれる。
「これはラパンとセルパンだな。いつもありがとうな」
以前シャムエル様に身体を貸してバッタの大群と戦った後に死にかけた時、こんな感じで介抱してもらったんだっけ。
何となくそんな事を思い出したら笑いが出て来た。
「あの時とは大違いだよな。今日のは、単なる飲み過ぎだって」
自重気味にそう呟き、一気に水筒の水を口に含んだ。
「うああ、やっぱり美味い。くうう〜染み渡るよ」
軽い体の痺れと共に、身体中に水が染みていくみたいな感じ。
二日酔いの朝に飲む、この美味しい水の効用を実感する瞬間だ。
「全く、本当に毎回毎回飽きもせずにそんなに酔っ払えるねえ」
座った俺の膝の上に現れたシャムエル様に呆れたようにそう言われて、俺は笑って肩を竦めた。
「なぜ、酒を飲むか? それは目の前に美味い酒があるからだよ」
「馬鹿じゃないの?」
更に呆れたように冷たくそう言われて、俺は声もなく撃沈した。
完全にラパンとセルパンに身体を預けた形になっているが、全く不安は無い。
そして気がつけば、俺の左右には巨大化したソレイユとフォールが、俺の体が横に倒れないように支えてくれていたのだ。
「ありがとうな」
もう一度美味しい水を口に含んでしっかり飲み込んでから、手を伸ばして二匹を撫でてやる。
「全く、仕方のないご主人ですねえ」
「本当にねえ。床で寝るのが趣味みたいですよ」
「あはは、否定出来ないところが辛いなあ」
笑ったソレイユとフォールの言葉に、俺も一緒になって笑って美味しい水を飲み干した。
「で、やっぱりこうなってるわけだな」
落ち着いて見渡した部屋は相変わらずの惨状で、やっぱり何故だか上半身全員裸で……。
「うん、見なかった事にしよう」
目の前の惨事への突っ込みを全部まとめて明後日の方向にぶん投げた俺は、ため息を吐いて立ち上がり、顔を洗いに洗面所へ向かった。
「おい、起きろよ」
顔を洗って、ついでに軽くお湯で絞った布で体を拭いてからサクラに綺麗にしてもらった。
まあ気分的なものだけど、ちょっとはさっぱりした気がする。
本当はお風呂に入りたいんだけど、残念ながらここには湯船が無いんだよな。
身支度を整えた俺は、床に転がってそれぞれに従魔達に寄り添われて気持ちよく爆睡している仲間達を起こして回り、一昨日同様に彼らを洗面所へ追い込んでおく。
「さて、やっぱり朝昼兼用になったけど、今回もお粥だな」
師匠が作ってくれていたおかゆは、中華粥みたいなのもいくつかあったので、それを出す事にする。
適当に鍋に取りコンロに火を入れて温める。
「お粥が減って来てるなあ。後で少し作っとくか。要は水を多めにして普通に米を炊けば良いんだよな? ご飯はまだまだあるから、ご飯に水を入れて炊き直すのもありか。以前の俺は酔っぱらった翌日の朝に、冷凍してあったご飯を鍋に水と一緒に入れて温めていただけの即席お粥とか作ってたなあ。溶き卵を入れると美味しかったんだっけ」
お粥の鍋をかき混ぜながら、不意に懐かしいそんな事を思い出してちょっと笑ったよ。
「いかんなあ。ここにいると気が緩んでるみたいだ。あれしきの酒で酔い潰れるなんて情けない」
「全くだ。そろそろ気を引き締めないと、祭り当日に二日酔いでは目も当てられんぞ」
ハスフェルとギイが、苦笑いしながらそんな事を言って洗面所から出てくる。
「そっか、ここに来て五日目だから、よく考えたらもうすぐ祭り当日じゃん」
指を折って数えながら俺も苦笑いする。うん、祭りが終わるまで酒は封印だな。
「まあとにかく食おうぜ。お粥でいいだろう?」
取り出したお椀に入れた温まった海老と岩海苔の入った中華粥を見せると、嬉しそうな返事が全員から返ってきたよ。
「今日もだらだら……と言いたいところだけど、俺は料理をするぞ」
お粥をしっかり食べた後は緑茶でのんびりと寛いでいたんだが、そう言った俺は大きく伸びをして立ち上がった。
だって、こんな豪華なキッチンを使える機会なんて滅多に無いんだから、一度くらいはちゃんとした料理で使ってみたい。
「ご苦労さん。俺達でも手伝えそうな事ってあるか?」
「おう、混ぜたり炒めたりするくらいなら出来るぞ」
ハスフェル達がそう言ってくれた時、ランドルさんが手を上げた。
「手の込んだ料理は駄目ですが肉を焼くくらいなら、何とか出来ますよ」
「じゃあ、俺は鶏肉のオーブン焼きと照り焼きを作ろうと思ってるので、また皆には手分けしてカレーを作ってもらっても良いか」
手を打った俺の言葉に元気な三人の返事が聞こえて、ランドルさんとバッカスさんは首を傾げている。
「俺の故郷の料理なんですけど、これでシチューを作るんです」
カレー粉の入った瓶を見せると、揃ってさらに不思議そうな顔になる。
「カレースープですか?」
「いや、もっと濃厚で……ええと、じゃあ説明しますから手分けして手伝ってもらえますか。ハスフェル達は一度手伝ってくれて一緒に作っているので、分からなかったら彼らに聞いてください」
部屋にある立派なキッチンは俺が使う事にして、大きい方の机にコンロや鍋などのいつもの調理道具と材料を一通り取り出して並べると、興味津々のランドルさんとバッカスさんにカレー作りの手順を説明してから、俺は自分の料理をするために豪華なキッチンへ向かった。