夕食と酒の席での話
「あの……」
ノックをして入って来た夕食を持って来てくれたスタッフさん達は、あちこちに散らばったクッションやマット、そして位置が変わって妙な向きになっている机と椅子と、床に転がって笑い転げている俺達五人を見て戸惑うように顔を見合わせた。
「ああ、すみません。ちょっと真剣に追いかけっこをしていたもので。おい、お前らも手伝え。夕食を置く場所がないだろうが」
何故かドヤ顔のハスフェルにそう言われて、俺達も何とか笑いを収めて立ち上がった。
そして手分けして散らかった部屋を片付ける。苦笑いしたスタッフさん達も手伝ってくれた。
「大変お待たせいたしました。ではごゆっくりどうぞ」
「いやいや、待たせたのは俺達のせいですって」
笑って顔の前で手を振り、一旦下がるスタッフさんを見送る。
「で、やっぱりこうなる訳か」
呆れたように振り返った机の上は、あの大きな机に乗り切らずに、簡易の机まで用意されて並んでいる豪華料理の数々で埋め尽くされていた。
「どれも確かにめっちゃ美味しそうなんだけど、やっぱり量がおかしい。ここには六人しかいないはずなんだけどなあ……」
呆れたようにそう呟いた俺は、自分の席に座った。
「とか言いつつ、お前もしっかり食ってるじゃないか」
大量の料理が半分ほど各自の腹の中に収まった頃、笑ったハスフェルがまだ山盛りになってる俺の皿を見て絡んできた。
「当たり前だろうが。あるものはしっかり美味しくいただくよ。万一余ったら当然全部収納する」
「確かに、それ目的で頼んでおくのもありかもな」
「自分で言ったけど、確かにいい考えだよな。じゃあ今度は収納する分も計算に入れて多めに頼んでくれよ」
お鍋やお皿ならまだまだ空きがあるから、せっかくおいしいご馳走が部屋まで届く仕組みがあるんだから、生かさない手はない。
「おお、了解だ。じゃあ明日の夕食はそれでいこう」
何故だか嬉しそうなハスフェルの言葉に、何も考えずに頷いた俺は分厚く切った鶏ハムを別のお皿に取って振り返った。
「ヤミー、また違う味かもしれないけどここのホテルの鶏ハムだよ。良かったら一切れどうぞ。ちょっと薄味だけど俺は美味しいと思うぞ」
そう言って、立ち上がって少し離れた場所にお皿を置いてやる。
「うん、ありがとうご主人。食べてみるね」
小さくなった雪豹のヤミーが走って来てお皿の前にきちんと座る。
「はいどうぞ」
笑ってそう言ってやると、嬉しそうに声の無いニャーをした後、鶏ハムの塊に齧り付いた。
「どうだ?」
「うん、確かにちょっとご主人の師匠が作ってくれた鶏ハムよりも薄味ね。でもこれはこれで美味しい!」
一口齧ってしっかり飲み込んだヤミーは満足気にそういうと、残りの鶏ハムをせっせと食べ始めた。
「お前らは? ハイランドチキンの胸肉……いるんだな」
肉食チームが、目を輝かせてヤミーの横に並ぶのを見て、俺は改めて鞄に入ってくれているサクラから、従魔達用のお皿を取り出し、手早くハイランドチキンの胸肉を切り分けてやった。
「胸肉は従魔達も食べるから、逆にもも肉がガッツリ余ってきてるんだよな。もも肉を使ったメニューを考えるか。照り焼きと唐揚げ以外で……あ、大きなオーブンがあるんだから、大きな塊でそのまま焼くのもありだな。よし、明日は一日料理をする事にしよう」
嬉しそうに並んで仲良く食べる従魔達を見て、また少し離れたところに果物の入った箱を出しておいてやる。
草食チームが嬉しそうに駆け寄って来て、箱の中に飛び込んで行った。
ベリーとフランマの揺らぎが駆け寄るのを見て、俺は小さく手を振ってから席に戻った。
「おかえり、ご苦労さん」
笑ったハスフェルの言葉に、苦笑いして椅子に座る。
「食べる前に、従魔達に食事をあげようと思ってたんだけどなあ。すっかり忘れて食べ始めちゃったよ」
「大騒ぎでしたからね」
笑ったランドルさんの言葉に、俺も笑って頷くのだった。
料理がほぼ駆逐された頃には、ハスフェルが出してくれたお勧めの酒の瓶が机の上に乱立していた。
そして、またしても話題は誰かさん達の小さな頃に話になり、身を乗り出す俺とランドルさんとバッカスさんが、マッチョ二人に叩きのめされるという一幕もあった。
「ええ、いいじゃん別に。減る訳じゃ無いんだからさあ」
「俺たちの精神が確実に削れるから絶対に駄目だったら駄目だ!」
叩かれた頭を押さえながら文句を言うと、どこかで聞いた覚えのある台詞に対して、同じく見事にシンクロした聞き覚えのある台詞が返ってくる。
結局、ハスフェルとギイの必死の抵抗によりその話はまた後日ってことになり、逆にそれぞれが冒険者になってからどんなことがあったかって話で大いに盛り上がった。
ランドルさんとバッカスさんが樹海の話を聞きたがったので、俺が食われかけたタートルツリーの話をして大笑いになったよ。
だけど、さすがにそこは上位冒険者達。ひとしきり笑った後は、樹海にいるジェムモンスターについて詳しく聞きたがったので、ハスフェルとギイが二人に詳しい話をし始めた。
なんとなく俺はちょっと距離を置いて座り、机の上でショットグラスに入ったウイスキーを飲んでいるシャムエル様に向き直った。
「なあ、単なる疑問なんだけど、ちょっと聞いて良いか?」
「うん? 何々? どうしたの改まって」
不思議そうにそう言うと、グラスを置いて俺を見上げた
「さっきの話だけどさあ、ハスフェル達の子供時代って言うけど、あいつらに子供時代なんて本当にあったのか?」
小さな声でそう尋ねると、シャムエル様は呆れたように立ち上がって腰に手を当てて俺を見上げた。
「それはあんまりな質問だねえ。じゃあ逆に聞くけど、もしも子供時代が無かったら、彼らはどうやって生まれて来たって言うのさ」
目を瞬いた俺は、困ったようにシャムエル様を見る。
「だって、調停の神様と、闘神の神様なんだろう?」
「そうだよ」
しばし無言で顔を見合わせ、俺は少し考える。
「神様ってくらいだから、最初からああなのかと思ったけど、神様も赤ちゃんで生まれて成長する訳? じゃあ、いつかは彼らも年老いていくわけか?」
「ああ、質問の意図はそう言う意味だったわけか」
納得したように笑ったシャムエル様は、またショットグラスを持ち上げてグイッといった。
「当然、人間みたいな肉体とは違うけど、私たちも母親から命をもらって生まれてくるよ。そして成人するまでは人と同じように年長者達に様々な事を教わって大きくなるんだ。それで成人した後は好きな姿で安定する。私達は、普段は人のような血肉のある肉体を持っている訳では無いから、自然に老いる事は無いよ。オンハルトはもうずっとあの姿だし、ハスフェルとギイはここに来た当初に比べたら少し歳を取った姿になってるね」
「ハスフェル達は、この世界にいる時は人としての事しか出来ないって聞いたけど、あの肉体は言ってみれば不死な訳?」
「不死とはちょっと違うけど、まあ普通の人の身体に比べたら遥かに頑丈で長持ちするよ」
「へえ、そうなんだ」
「だけど切られたら血が出るし、最悪の場合、命を失う事だってあり得るよ」
目を見開く俺に、シャムエル様は笑って頷いた。
「だけどそんな時は、以前シルヴァ達が来た時にも説明したと思うけど、彼らの魂そのものが消えて無くなる訳じゃないからね。しばらくしたら、また新しい身体を作って戻って来るよ。人間達は、ハスフェルの血を引く子供が帰って来た。くらいに思っているみたいだね」
「成る程なあ。そう言う事か」
感心したように呟き、俺も飲みかけていたウイスキーの水割りをゆっくりと飲み干した。
「まあ、ケンも私が念入りに作ったから、心配しなくても相当長持ちするからね」
「え? ごめん、聞いてなかった。今、何て言ったんだ?」
「なんでもないです」
目を細めて笑ったシャムエル様は、残りのウイスキーを一気に飲み干し俺にグラスを差し出した。
「お代わりお願いします! ついでにあの干し肉とナッツもお願い!」
「へいへい、ウイスキーのおかわりとつまみの追加だな」
誤魔化すように言われた言葉に首を傾げつつ、ため息を吐いた俺は、自分とシャムエル様のおかわりを用意する為に立ち上がって、半分以上空になってる瓶が乱立する机に手を伸ばしたのだった。