内緒の話は命がけ?
「なあなあ、さっきの話の続きを希望します!」
「二人の幼少の頃の事もっと聞きたい聞きたい!」
廊下に転がって悶絶しているハスフェルとギイを引っ張って立たせ、ひとまず部屋に戻って来た俺達だったが、部屋に入るなり声を揃える俺とランドルさんとバッカスさんの三人に、一番後ろにいたオンハルトの爺さんが嬉々として口を開きかける。
「うるさ〜い! 駄目だ駄目だ!」
「もうこの話は終わりだ!」
俺達とオンハルトの爺さんの間に突進してきたマッチョ二人が、そう叫んで手を振り回して邪魔をする。
「ええ、そんな事言うなよ。別に減るわけじゃないんだからさあ」
笑ってそう言った俺の言葉に、二人が揃って同時に振り返る。
何そのシンクロ率。ちょっと怖いぞ。
「俺達の精神が確実に削られるから、駄目だったら駄目だ!」
「ええ、神経まで筋肉なんだから絶対大丈夫だろうが」
「お前は、俺達をなんだと思ってる」
「アハハ。冗談だよ。だけど割と本気で聞いてみたい」
「ダ〜メ〜だ!」
真顔でハスフェルにそう言われたので、俺も大真面目に答えてから、互いに顔を見合わせて乾いた笑いを零して肩を竦めた。
「ところで腹が減ったが、夕食はどうする?」
ギイの言葉に振り返ったハスフェルが、わざとらしく大きく頷く。
「そうだな。じゃあケンも疲れているだろうから夕食は何か頼むか」
「じゃあ選ぼう」
「おう、また任せるから程々に頼むよ」
思いっきり話を逸らした感ありありだが、まあここは誤魔化されておこう。
「そうか、じゃあ任されてやるよ」
笑ったハスフェル達が、メニューボードを見ながら相談を始める。
「じゃあ、食事が届くまで少し休憩させてもらうよ」
そう言ってソファーに座ると、良い子で留守番していた従魔達を順番に撫でたりもんだりしてやる。
さり気なくオンハルトの爺さんが、ソファーの隣に座ってスライムを撫で始める。
オンハルトの爺さんを挟んだ反対側にランドルさんとバッカスさんが座り、こちらもさり気なく従魔を撫で始める。
「で、二人の子供の頃ってどんな風だったんですか?」
小さな声で俺がそう尋ねると、スライムを順番にニギニギしながらオンハルトの爺さんが満面の笑みになった。
「そりゃあ可愛かったぞ。周りのご婦人方を揃って虜にしておったからなあ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
小さく吹き出した俺の言葉に、オンハルトの爺さんも笑っている。
「そうですよね。今でも二人とも充分すぎるくらいに男前ですからねえ」
「だなあ。まさに闘神の化身の如し。だものなあ」
「その彼らの子供時代なら、そりゃあさぞかし可愛らしかったでしょうからね」
それを聞いて、ランドルさんとバッカスさんも納得したように頷き合っている。
「強くなければならなかったハスフェルは、特に厳しく育てられておったからなあ」
苦笑いしたオンハルトの爺さんがそう言って小さく首を振る。
「そこまで強さに拘るというのは、何か理由でも?」
不思議そうなランドルさんの言葉に、苦笑いしたオンハルトの爺さんは首を振った。
「まあ、いろいろあるからそこは聞かんでやってくれるか。彼ら以外にもその時の俺は何人か鍛えていたが、特にあの二人が一番年少で負け続きだった。ギイは泣き虫だったし、ハスフェルは痩せっぽちだったからなあ」
さり気なく、またしても爆弾発言いただきました!
目を見張る俺達に、オンハルトの爺さんはまたしても満面の笑みになる。
「先輩達にからかわれては揃ってピーピー泣いておったのが、昨日の事のように思い出せるな。いや懐かしい」
「あの二人が、泣き虫と痩せっぽちで、負け続きで先輩に苛められてピーピー泣いていたなんて……」
改めて口に出したら、もう笑いが止まらない。
俺達三人は、慌てて口を押さえたが間に合わず、思いっきり吹き出して大爆笑になった。
しばらく笑いは収まらず、集まって来ていた従魔達にすがるようにして笑い続ける。
「何やら楽しそうだなあ」
「俺達も仲間に入れてくれよ」
耳元で、笑みを含んだハスフェルとギイの声が聞こえて、その瞬間に俺達の笑いはどこかに吹っ飛んでいってしまった。
「いや、あの……えっとぉ……」
ダラダラと冷や汗が流れる額を拭う事も出来ない。
「俺、ちょっと用を思い出したので、失礼しま……」
さり気なくそう言って立とうとしたが、グローブみたいな大きな手が、後ろからがっしりと俺の両肩を掴む。
「つれない事言うなよ。で、何の楽しい話をしてたんだ? ん?」
「いや、あの……えっとぉ……」
ランドルさんとバッカスさんも、背後からギイが肩を組んでいて二人ともがっしりと確保されている。
俺は黙って足元を見た。ミニテーブルとの間はかなりの隙間がある。
それを確認した俺は、誤魔化すように咳払いをしてそれから頭を軽く後ろに振った。
予想通り、ハスフェルの顎にクリーンヒットする。
「痛い!」
右手が離れた瞬間、俺はそのまま立ち上がるのとは逆に、膝を曲げてソファーから滑り降りるみたいにしてミニテーブルとの隙間に転がって逃げた。
慌てたハスフェルがソファーを乗り越えて追いかけてくる。
「捕まってたまるか!」
叫びながら机を大回りして部屋中を逃げ回った。
それを見たランドルさんとバッカスさんも、ギイの確保から逃げ出して部屋の中を走り始めた。
歓声をあげた二人が両手を広げて追いかけてくる。
「こっち来るな〜!」
ソファーに置いてあったクッションを投げつけ、ソファーを飛び越し、扉の前に置いてあった衝立越しに右に左に逃げ回り、寝室のベッドの周りを走り回って俺達は必死になって逃げ回った。
途中から、もうどうして逃げていたんだか分からなくなってきて、お互い笑いながら転がって逃げ、机の下をスライディングして逃げるといった具合で、夕食の用意をしたスタッフさん達が来るまで、初めて役に立った無駄に広い部屋の中を、俺達は延々と笑い声を上げながら走り回って遊んでいたのだった。
「若い奴らは元気でいいのう。面白き仲間達に乾杯」
一人だけ知らん顔でソファーに座っていたオンハルトの爺さんは、勝手にお酒の瓶を取り出して、大騒ぎしている俺達を楽しそうに眺めながら、シャムエル様と一緒にのんびりと飲み始めていたのだった。